まだ二十歳そこそこだったろうか、フリーターの僕と大学生の西沢君で遊んでいたのだが、ふと思い出した。
西沢「今日ホワイトデーじゃない?」
僕「そうか、そうだな」
西沢「そういや、横田さん、みんなにチョコくれたじゃない。お返ししないとね。横田さんは今日ヒマかな?」
僕「どうかな」
西沢「横田さんに電話してみよう」
僕「そうしよう」
横田「今日ヒマよ〜」
そうして、西沢君の愛車プレリュードで横田さんを迎えに行った。
西沢「どこか行きたいとこある?横田さんの好きなとこに行こう。今日はホワイトデーだから、バレンタインのお返し代わりにね」
気配りの西沢君である。
横田「ホント?嬉しい〜。じゃあ、ディズニーランドがいいわ」
それで3人でディズニーランドに行くことになった。
時刻は夕方4時になろうとしていた…。
フリーターの僕は後部座席に陣取り、大学生の横田さんが助手席、大学生の西沢君が運転手だ。
ディズニーランドへは、僕は車で行った事はなかったが、西沢君の運転でいつの間にかディズニーランドに着いた。
何を話していたか覚えていないが、6時くらいに着いたのは覚えている。
着いたはいいが、ディズニーランドは夜10時までだ。
夕方5時からのパスポートを買っても勿体ない気がしたので、中に入るのを躊躇する。
そして、入場口のそばをうろつきながら、写真を撮ったり、おみやげを買ったりして、ディズニーランドを後にする。
ディズニーランドの周りを周回して夜景を見ながら語る。
西沢「中に入らなくて良かったの?」
横田「うん、どうせ入っても少ししか見れないし」
僕「僕はおみやげ買ったしね。お、夜景キレイだね」
西沢「今度、もう一つディズニーランド作るらしいね」
横田「そうだってね、いつ頃できるのかな?」
僕「え?拡張工事?敷地を広げるの?」
西沢「よく分かんないけど、別物じゃないかな」
僕「ふ〜ん」
それはディズニーシーの事だった。
その頃はまだ整地を始めた頃だった。
意外にも綺麗なディズニーランド周辺の夜景を後に帰宅する。
西沢「こんなドライブでごめんね。急に誘ったりして」
横田「ううん、楽しかったよ。今日はありがとう」
僕「うん、僕もおみやげ買ったしね」
横田「今度は、なぁちゃんも誘って行こうよ」
西沢「そうだね、予定が合うといいね」
僕「僕は水曜だったら確実に空いてるかな」
そうして、ディズニーランドまで行ったのに中に入らないドライブは終わった。
2005年11月30日
Drive物語14 〜3月14日・ディズニーランドを見に〜
ニックネーム SNJ at 01:35| Comment(4)
| Drive物語T
2005年11月28日
懐かしのCD
今日は、懐かしのCDを購入した。
中学の時に聴いていたCDなのだが長年廃盤になっており、この前復刻されたので欲しかったのだ。
まぁゲームミュージックなのだが。
んで、聴いてみると、何年振りかに聴いた曲は、記憶と違っていた…。
でも、良い曲だ。
これらの曲に影響を受けて、僕は曲を作るようになったのだが、再会できて嬉しい限り。
しかし、音数が少ない。
音数が多いからといって良い曲とは違うのだが、昔は厚みのある音だと思ってたのが、意外に薄い音だった。
昔は聴き取れなかった音が聴き取れるようになったからか…?
もう一枚買った、武器格闘ゲーム「ソウルキャリバーV」のサントラは、オーケストラ風で厚みがある。
普通にBGMとして聴けるメロディーだ。
でも、古いCDの方も、味があって好きだ。
FM音源6重和音。少し前の携帯電話と一緒だ。
電子音バンザイ!
中学の時に聴いていたCDなのだが長年廃盤になっており、この前復刻されたので欲しかったのだ。
まぁゲームミュージックなのだが。
んで、聴いてみると、何年振りかに聴いた曲は、記憶と違っていた…。
でも、良い曲だ。
これらの曲に影響を受けて、僕は曲を作るようになったのだが、再会できて嬉しい限り。
しかし、音数が少ない。
音数が多いからといって良い曲とは違うのだが、昔は厚みのある音だと思ってたのが、意外に薄い音だった。
昔は聴き取れなかった音が聴き取れるようになったからか…?
もう一枚買った、武器格闘ゲーム「ソウルキャリバーV」のサントラは、オーケストラ風で厚みがある。
普通にBGMとして聴けるメロディーだ。
でも、古いCDの方も、味があって好きだ。
FM音源6重和音。少し前の携帯電話と一緒だ。
電子音バンザイ!
ニックネーム SNJ at 22:40| Comment(0)
| 日記
2005年11月26日
Drive物語13 〜夜の柏・ドライブ前奏曲〜
僕がまだ二十歳かそこらの頃、友人の西沢君は大学生だった。
西沢君が颯爽と愛車「プレリュード」を駆る中、僕はフリーターで車は持ってないし、ペーパードライバと言ってもいいくらい運転はしなかった。
よく西沢君のプレリュードで、小ドライブに出たものだ。
夜、家の近所を走り回る。
その当時発売されたCDを聴きながら走り回るのだ。
「この曲いいよね〜」
「この前に出た新曲なんだけどどうかな?」
「前のアルバムの方が良かったね」
「最近デビューしたこのバンドさ…」
などと、話しながらいろんなジャンルの曲を聴いた。
ミスチル、B’Z、MY LITTLE LOVER、中島みゆき、松任谷由実、さだまさし、TMNなどいろいろだった。
でも何故か、音量は控えめだった。
車の中で聴くには、僕には小さ過ぎる音量だったが、西沢君はうるさい音量は嫌いだったのだろう。
こういう夜のドライブでは、たいていファミレスなどに寄ってダベったりするものだが、僕らは一切ファミレスには入らなかった。
お腹が空いた時は、モスバーガーによく行った。しかも、テイクアウトだ。
走りながら食べると危ないので、駐車場に停めてから、車内で食べた。
停まって食べるなら、店内で食べればよかったのに…。
しかも、停まっている駐車場は、市民体育館の駐車場で、ライトもほとんどない暗がりだ。
なぜ、そんなとこに停まって食べてたのかは、謎である。
でも、それが楽しいひと時だった。
部屋で音楽を聴いているよりも鮮明に、流れる風景と同化したサウンドだからこそ、あの当時聴いた曲は記憶に残っている。
今では、夜に友人とふらりとドライブをするなんて事はなくなった。
あんな緩やかな時間は貴重だったのだな。
この小ドライブ、僕は一切のガソリン代を払ってない。
通算すれば、300キロ以上は走り回っただろう。
学生でお金がない中、すみませんでした…。
西沢君が颯爽と愛車「プレリュード」を駆る中、僕はフリーターで車は持ってないし、ペーパードライバと言ってもいいくらい運転はしなかった。
よく西沢君のプレリュードで、小ドライブに出たものだ。
夜、家の近所を走り回る。
その当時発売されたCDを聴きながら走り回るのだ。
「この曲いいよね〜」
「この前に出た新曲なんだけどどうかな?」
「前のアルバムの方が良かったね」
「最近デビューしたこのバンドさ…」
などと、話しながらいろんなジャンルの曲を聴いた。
ミスチル、B’Z、MY LITTLE LOVER、中島みゆき、松任谷由実、さだまさし、TMNなどいろいろだった。
でも何故か、音量は控えめだった。
車の中で聴くには、僕には小さ過ぎる音量だったが、西沢君はうるさい音量は嫌いだったのだろう。
こういう夜のドライブでは、たいていファミレスなどに寄ってダベったりするものだが、僕らは一切ファミレスには入らなかった。
お腹が空いた時は、モスバーガーによく行った。しかも、テイクアウトだ。
走りながら食べると危ないので、駐車場に停めてから、車内で食べた。
停まって食べるなら、店内で食べればよかったのに…。
しかも、停まっている駐車場は、市民体育館の駐車場で、ライトもほとんどない暗がりだ。
なぜ、そんなとこに停まって食べてたのかは、謎である。
でも、それが楽しいひと時だった。
部屋で音楽を聴いているよりも鮮明に、流れる風景と同化したサウンドだからこそ、あの当時聴いた曲は記憶に残っている。
今では、夜に友人とふらりとドライブをするなんて事はなくなった。
あんな緩やかな時間は貴重だったのだな。
この小ドライブ、僕は一切のガソリン代を払ってない。
通算すれば、300キロ以上は走り回っただろう。
学生でお金がない中、すみませんでした…。
ニックネーム SNJ at 04:12| Comment(2)
| Drive物語T
2005年11月24日
2005年11月23日
Sporting Chance9 ヒザの壊滅・高跳び
僕はジャンプ力がない。
小学校6年生の時の記録を覚えている。
27cm。
30cm定規にも満たない記録だ。
同じクラスの太った女の子が22cmだった。それと大して変わらない。
他の女子で、53cmという子もいたが、僕の2倍の記録である。
さて、そんなジャンプ力のない僕が、中学2年の体育の授業で走り高跳びをする事になった。
走っていって、左足で踏み切った。
コキッ。
ジャンプした瞬間、左ヒザから音がした。
骨折したかと思ったが着地は痛くなかったので立ち上がろうとしたら、左ヒザに力が入らなくなっていた。
立ち上がれないまま、友人の肩を借りて保健室に行くと、保健の先生に「これはオスグートだね。成長期に運動してるとなったりするのよ」と言われた。
オスグートとは、ジャンプ時などに、膝の軟骨が膝上の筋肉が収縮する事によって引っ張られて、はがれてズレてしまう症状だ。
外見的には、膝頭が出っ張って見える。
その後は左ヒザの激痛に悩まされた。
体重を掛けると痛いし、もしもヒザをどこかにぶつけようものなら、激痛で動けなくなる。
そんな状態だったので、しばらく卓球部を休む事にした。
しかし、僕は卓球部の部長だったので、長く休む訳にもいかない。
まだヒザが痛かったが、部活に復帰した。
しかし、ランニング中も激痛が走るので、やはりもう前みたいには動けなかった。
部活は、休んだり、休まなかったりで、終わった。
部活を引退すると、フットワークなどでヒザを使う事もなくなり、段々と痛みは治まっていった。
ただ、思いっきり走ると痛かった。
ズレた軟骨は、元には戻らないそうで、もしも状態がひどい場合は、手術でヒザの骨を削らなくてはならないし、水も溜まるので、注射器を刺して水を抜かなければならない。
そんなわけで僕はもう運動をする気もなく、高校では絶対に運動部に入ろうとはしなかった。
高校でもまた高跳びの授業があった。
その頃には右足踏み切りに替わっていた。右足は足首に捻挫癖がついていたが、左はもう跳べなかったので、右足に替えたのだ
27cmしか跳べなかった左ヒザを捨て、右足を頼りにしたのだが、それが奏功して、高校3年の時は垂直跳びが63cmまでUPしていた。
どうにか平均値を跳べるくらいの力がついて、僕は安心した。
その後、ジャンプ力を上げようとしたが、68cmを頂点に下がり続けている。
今では左ヒザも軟骨が固まって痛くなくなり、フットサルをやっても大丈夫になった。
小学校6年生の時の記録を覚えている。
27cm。
30cm定規にも満たない記録だ。
同じクラスの太った女の子が22cmだった。それと大して変わらない。
他の女子で、53cmという子もいたが、僕の2倍の記録である。
さて、そんなジャンプ力のない僕が、中学2年の体育の授業で走り高跳びをする事になった。
走っていって、左足で踏み切った。
コキッ。
ジャンプした瞬間、左ヒザから音がした。
骨折したかと思ったが着地は痛くなかったので立ち上がろうとしたら、左ヒザに力が入らなくなっていた。
立ち上がれないまま、友人の肩を借りて保健室に行くと、保健の先生に「これはオスグートだね。成長期に運動してるとなったりするのよ」と言われた。
オスグートとは、ジャンプ時などに、膝の軟骨が膝上の筋肉が収縮する事によって引っ張られて、はがれてズレてしまう症状だ。
外見的には、膝頭が出っ張って見える。
その後は左ヒザの激痛に悩まされた。
体重を掛けると痛いし、もしもヒザをどこかにぶつけようものなら、激痛で動けなくなる。
そんな状態だったので、しばらく卓球部を休む事にした。
しかし、僕は卓球部の部長だったので、長く休む訳にもいかない。
まだヒザが痛かったが、部活に復帰した。
しかし、ランニング中も激痛が走るので、やはりもう前みたいには動けなかった。
部活は、休んだり、休まなかったりで、終わった。
部活を引退すると、フットワークなどでヒザを使う事もなくなり、段々と痛みは治まっていった。
ただ、思いっきり走ると痛かった。
ズレた軟骨は、元には戻らないそうで、もしも状態がひどい場合は、手術でヒザの骨を削らなくてはならないし、水も溜まるので、注射器を刺して水を抜かなければならない。
そんなわけで僕はもう運動をする気もなく、高校では絶対に運動部に入ろうとはしなかった。
高校でもまた高跳びの授業があった。
その頃には右足踏み切りに替わっていた。右足は足首に捻挫癖がついていたが、左はもう跳べなかったので、右足に替えたのだ
27cmしか跳べなかった左ヒザを捨て、右足を頼りにしたのだが、それが奏功して、高校3年の時は垂直跳びが63cmまでUPしていた。
どうにか平均値を跳べるくらいの力がついて、僕は安心した。
その後、ジャンプ力を上げようとしたが、68cmを頂点に下がり続けている。
今では左ヒザも軟骨が固まって痛くなくなり、フットサルをやっても大丈夫になった。
ニックネーム SNJ at 23:45| Comment(0)
| Sporting Chance
2005年11月22日
思い出のゲーム10 〜どうぶつの森〜
元々はNintendo64、そしてゲームキューブでも2作発売された、ほのぼのゲームです。
自分は森の住人となり、その森で暮らすどうぶつたちと仲良くするのですが、どうやって仲良くするかというと、どうぶつたちが、アレ持って来い、コレを渡してくれ、アレ食いたい、コレ欲しいだの我が儘を言っているのを叶えてあげると、感謝されて仲良くなります。
でも、せっかく仲良くなった住人も、引っ越していってしまう事もあります。
いなくなったら二度と戻りません。
その時は、もっと願いを叶えてあげれば良かった…と思います。
どうぶつの森は、現実の時間とリンクしているので、時計を正確に合わせれば、お正月、エイプリルフール、つり大会、花見、月見、花火大会、ハロウィン、クリスマスなどのイベントがリアルタイムに楽しめます。
本物のクリスマスに、どうぶつの森の中でクリスマス…。寂しいもんです。
ハロウィンは、飴玉を大量に用意しておきます。
なぜならハロウィンの日は、どうぶつたちがカボチャのお化けの格好をして、寄ってたかって飴玉を取っていくからです。
でも、カボチャのお化けの中に、一体だけ本物のハロウィンがいて、話しかけるとアイテムをくれるんです。
だから、どうしても、本物を探し出さなきゃならない。
大抵は、どうぶつが変装していて飴玉を取られます。
さて、アイテムを集めると、そのアイテムを自分の部屋に置けるようになります。
レイアウトは自由に。壁紙や床の模様も替えられます。
そうして、どうぶつたちを手なずけ、アイテムを増やし、自分の家を大きくしていくのです。

友人の村に遊びに行く事もできます。
その場合、その村には友人は存在しない事になってしまうのですが、だからこそやりたい放題です。
木を切り倒し、花を踏み躙り、落とし穴を仕掛けまくり、ゴミを埋め、手紙にゴミを添えてポストに投函したり。
後で、友人が自身の村を訪れた時にはゲンナリするでしょう。
僕が、知人にメモリーカードを貸した時、僕が自分の村に100個以上も埋めておいたハニワが全て掘り起こされ、持っていかれました。
まぁ、持っていっていいと言ってあったので、別にいいのですが、全部掘り起こすのは大変だったと思います。
ついでに、別荘に置いておいた金のスコップや金の釣竿も持っていかれました。
そこまではいいのですが、さらに、僕の村のどうぶつたちが、その知人についていって引越してしまい、15人くらいいた村人が6人になっていました。
メモリーカードが戻ってきた時には、僕の村はガラ〜ンとしてました…。
もう、盗賊の上に、人さらいです。
そのどうぶつの森シリーズ最新作が、ニンテンドーDSで、明日発売になります。
今度は、ワイヤレスで友人の村に遊びに行けて、自分と友人が同時に村に存在できるので、いろいろ遊べます。
とても楽しみです。
しかし、先週発売の「ポケモン不思議のダンジョン」も面白いのに、間髪入れずに「どうぶつの森」も発売ですからね。
さらに、再来週にはマリオカートDSも出ます。
これは、やるヒマなくてピンチです。
自分は森の住人となり、その森で暮らすどうぶつたちと仲良くするのですが、どうやって仲良くするかというと、どうぶつたちが、アレ持って来い、コレを渡してくれ、アレ食いたい、コレ欲しいだの我が儘を言っているのを叶えてあげると、感謝されて仲良くなります。
でも、せっかく仲良くなった住人も、引っ越していってしまう事もあります。
いなくなったら二度と戻りません。
その時は、もっと願いを叶えてあげれば良かった…と思います。
どうぶつの森は、現実の時間とリンクしているので、時計を正確に合わせれば、お正月、エイプリルフール、つり大会、花見、月見、花火大会、ハロウィン、クリスマスなどのイベントがリアルタイムに楽しめます。
本物のクリスマスに、どうぶつの森の中でクリスマス…。寂しいもんです。
ハロウィンは、飴玉を大量に用意しておきます。
なぜならハロウィンの日は、どうぶつたちがカボチャのお化けの格好をして、寄ってたかって飴玉を取っていくからです。
でも、カボチャのお化けの中に、一体だけ本物のハロウィンがいて、話しかけるとアイテムをくれるんです。
だから、どうしても、本物を探し出さなきゃならない。
大抵は、どうぶつが変装していて飴玉を取られます。
さて、アイテムを集めると、そのアイテムを自分の部屋に置けるようになります。
レイアウトは自由に。壁紙や床の模様も替えられます。
そうして、どうぶつたちを手なずけ、アイテムを増やし、自分の家を大きくしていくのです。

友人の村に遊びに行く事もできます。
その場合、その村には友人は存在しない事になってしまうのですが、だからこそやりたい放題です。
木を切り倒し、花を踏み躙り、落とし穴を仕掛けまくり、ゴミを埋め、手紙にゴミを添えてポストに投函したり。
後で、友人が自身の村を訪れた時にはゲンナリするでしょう。
僕が、知人にメモリーカードを貸した時、僕が自分の村に100個以上も埋めておいたハニワが全て掘り起こされ、持っていかれました。
まぁ、持っていっていいと言ってあったので、別にいいのですが、全部掘り起こすのは大変だったと思います。
ついでに、別荘に置いておいた金のスコップや金の釣竿も持っていかれました。
そこまではいいのですが、さらに、僕の村のどうぶつたちが、その知人についていって引越してしまい、15人くらいいた村人が6人になっていました。
メモリーカードが戻ってきた時には、僕の村はガラ〜ンとしてました…。
もう、盗賊の上に、人さらいです。
そのどうぶつの森シリーズ最新作が、ニンテンドーDSで、明日発売になります。
今度は、ワイヤレスで友人の村に遊びに行けて、自分と友人が同時に村に存在できるので、いろいろ遊べます。
とても楽しみです。
しかし、先週発売の「ポケモン不思議のダンジョン」も面白いのに、間髪入れずに「どうぶつの森」も発売ですからね。
さらに、再来週にはマリオカートDSも出ます。
これは、やるヒマなくてピンチです。
ニックネーム SNJ at 23:58| Comment(0)
| ゲーム
2005年11月21日
Google Earthというのが…
久しぶりの更新です。
今日、帰宅。
でも、また明日から仕事です。
昨日は1時間半しか寝てなかったですが、今は気が立って眠くありません。
さて、「Google Earth」というフリーソフトがあるのを知りました。
どういうものかと言うと、衛星写真がダウンロードできて見れるソフトです。
解像度も高く、自分の家も見えます。
屋根の色、車の色、庭の広さ、全て丸見え。
宇宙からは、こんなにも見られてたんですね。
いつ撮ったのかな?
こんなに繋げるのは相当の苦労だと思うんですが。
このソフト、世界中が見れますよ。危険です。発禁じゃないのか?
気になったらダウンロードしてみて下さい。でも、かなりメモリを食います。
すぐフリーズする。やっぱり危険。
今日、帰宅。
でも、また明日から仕事です。
昨日は1時間半しか寝てなかったですが、今は気が立って眠くありません。
さて、「Google Earth」というフリーソフトがあるのを知りました。
どういうものかと言うと、衛星写真がダウンロードできて見れるソフトです。
解像度も高く、自分の家も見えます。
屋根の色、車の色、庭の広さ、全て丸見え。
宇宙からは、こんなにも見られてたんですね。
いつ撮ったのかな?
こんなに繋げるのは相当の苦労だと思うんですが。
このソフト、世界中が見れますよ。危険です。発禁じゃないのか?
気になったらダウンロードしてみて下さい。でも、かなりメモリを食います。
すぐフリーズする。やっぱり危険。
ニックネーム SNJ at 23:58| Comment(2)
| 日記
2005年11月17日
ポケモン不思議のダンジョン
今日は、ポケモンシリーズの新作「ポケモン不思議のダンジョン」が発売された。
ニンテンドーDSのソフトだ。
不思議のダンジョンシリーズは、洗練されたシステムで、今までに、風来のシレン、トルネコ、チョコボ、ドルアーガといろんなキャラでゲーム化されてきたが、遂にポケモンと不思議のダンジョンが融合した。
ポケモンは、2年ちょい前までは全く興味なかったのに、試しにやってみたらポケモンが好きになった。
ゲームボーイアドバンスのポケモンは、合計すれば700時間はやっているだろう。
この時間を他に回せば、いろいろ成長できそうだ。
ちなみに、ポケモン不思議のダンジョン、買ったけどまだやってない。
ニンテンドーDSのソフトだ。
不思議のダンジョンシリーズは、洗練されたシステムで、今までに、風来のシレン、トルネコ、チョコボ、ドルアーガといろんなキャラでゲーム化されてきたが、遂にポケモンと不思議のダンジョンが融合した。
ポケモンは、2年ちょい前までは全く興味なかったのに、試しにやってみたらポケモンが好きになった。
ゲームボーイアドバンスのポケモンは、合計すれば700時間はやっているだろう。
この時間を他に回せば、いろいろ成長できそうだ。
ちなみに、ポケモン不思議のダンジョン、買ったけどまだやってない。
ニックネーム SNJ at 23:51| Comment(0)
| ゲーム
2005年11月16日
Sporting Chance8 奇怪体操・マット運動
マット運動というのがある。
長いマットを敷いて、その上をでんぐり返しや後転などで移動していく運動だ。
僕はそれが苦手だった。
回転している内に目が回り、気分が悪くなってしまうのだ。
幼稚園の頃は、側転が横にズレたりして、意図したとことは違う場所に着地したりする。
でんぐり返しが斜めにズレるなどあったが、フォームの改善などで、小学校の頃にはだいたい出来るようになるものだ。
中学になると、倒立や、ハンドスプリングとかいう、走っていって飛び込みながら、手をマットに突っ張り、前方回転する技もやらされた。
試しに体育館で倒立をしてみたところ、足を上げた途端にグラついて背中の方に倒れこみ、激しく背中を打ち、呼吸が出来なくなったりしたもんだ。
もちろんハンドスプリングなんてものも出来ない。
校庭の砂場に向かって走っていってジャンプし、前宙をしようとして、砂場に背中から落ちた事もある。
なんか出来そうな予感がしていたのに、背中が砂まみれになっただけで終わった。
高校になって久しぶりに、体育の授業でマット運動が出てきた。
すると、なんと後転が出来なくなっていたのだ。
出来るには出来るが、斜めにズレてしまい、綺麗に出来ないのだ。
そこで、後転の練習をしまくっていたのだが、だんだん目が回り、遂には気分が悪くなって、保健室に行った。
高校生活で唯一の保健室だった。
きっと三半規管が弱いのだろう。
その後も練習を重ねたが、友人から、僕の「後転からハネ起きする技」が気持ち悪いと言われた。
奇怪体操に見えたらしい。
ヨガっぽくゆっくり動いていたからか?
そのマットの授業で、生徒一人一人が自分で演技を組み立て、マットを1往復するというのがあった。
例えば、マットに向かって走っていって、ハンドスプリング、前転、後転、そしてマットを戻って来る時に、最後はロンダート(助走から側転→バック転→バック中)で締める…といった感じだ。
僕は、最初だけ飛び込み前転をしたものの、あとは無難に前転、後転、側転で組み立てた気がする。
ちなみに後転は綺麗に出来るようになった。
授業中、マットの上で、前宙をやってみたら頭頂部から落下した。一人パイルドライバーだ。
友人から、今のはヤバかったと言われた。
でも、あまり痛くなかった。回転にエネルギーが逃げたのだろう。
修学旅行でも、布団の上で前宙をした。
また頭頂部から落ちた。
かなり痛かった…。
友人から、自分の運動能力を考えろと言われた。
それ以来、前宙はやっていない。
長いマットを敷いて、その上をでんぐり返しや後転などで移動していく運動だ。
僕はそれが苦手だった。
回転している内に目が回り、気分が悪くなってしまうのだ。
幼稚園の頃は、側転が横にズレたりして、意図したとことは違う場所に着地したりする。
でんぐり返しが斜めにズレるなどあったが、フォームの改善などで、小学校の頃にはだいたい出来るようになるものだ。
中学になると、倒立や、ハンドスプリングとかいう、走っていって飛び込みながら、手をマットに突っ張り、前方回転する技もやらされた。
試しに体育館で倒立をしてみたところ、足を上げた途端にグラついて背中の方に倒れこみ、激しく背中を打ち、呼吸が出来なくなったりしたもんだ。
もちろんハンドスプリングなんてものも出来ない。
校庭の砂場に向かって走っていってジャンプし、前宙をしようとして、砂場に背中から落ちた事もある。
なんか出来そうな予感がしていたのに、背中が砂まみれになっただけで終わった。
高校になって久しぶりに、体育の授業でマット運動が出てきた。
すると、なんと後転が出来なくなっていたのだ。
出来るには出来るが、斜めにズレてしまい、綺麗に出来ないのだ。
そこで、後転の練習をしまくっていたのだが、だんだん目が回り、遂には気分が悪くなって、保健室に行った。
高校生活で唯一の保健室だった。
きっと三半規管が弱いのだろう。
その後も練習を重ねたが、友人から、僕の「後転からハネ起きする技」が気持ち悪いと言われた。
奇怪体操に見えたらしい。
ヨガっぽくゆっくり動いていたからか?
そのマットの授業で、生徒一人一人が自分で演技を組み立て、マットを1往復するというのがあった。
例えば、マットに向かって走っていって、ハンドスプリング、前転、後転、そしてマットを戻って来る時に、最後はロンダート(助走から側転→バック転→バック中)で締める…といった感じだ。
僕は、最初だけ飛び込み前転をしたものの、あとは無難に前転、後転、側転で組み立てた気がする。
ちなみに後転は綺麗に出来るようになった。
授業中、マットの上で、前宙をやってみたら頭頂部から落下した。一人パイルドライバーだ。
友人から、今のはヤバかったと言われた。
でも、あまり痛くなかった。回転にエネルギーが逃げたのだろう。
修学旅行でも、布団の上で前宙をした。
また頭頂部から落ちた。
かなり痛かった…。
友人から、自分の運動能力を考えろと言われた。
それ以来、前宙はやっていない。
ニックネーム SNJ at 23:57| Comment(0)
| Sporting Chance
2005年11月15日
Sporting Chance7 夢の架け橋・運梯
校庭の隅などに運梯というのがある。
はしごを横にして渡した形のやつだ。
その下を手でぶら下がって、次の棒へと掴み変えながら移動していく遊具だ。
僕はそれが苦手だった。
身のこなしの軽い友達は、一段抜かしやニ段抜かしで渡っていく。
体を揺らした反動を利用して渡っていく様は、まるで猿のようだ。
僕もやってみたいのだが、両手でぶら下がって片手を離すと、そのまま次のバーが掴めずに落ちてしまうのだ。
家族で公園に遊びに行って、妹がそれを楽しそうにやっているのに、僕は出来なかった。
僕はぶら下がったまま、次のバーへは移動できないままだ。
妹とは雲泥の差だ。いや、運梯の差か。
すると親に、お前は何も出来ないやつだな〜と言われる。
僕は、そうして運動が嫌いになっていった。
大人になって腕力がついてから、運梯をやってみると、足が地面についてしまい、やっぱり出来なかった。
無理やり足を曲げてやっても、体を揺らすのが難しい。
なお、運梯の上に立って渡っていくという荒業もある。
それはそれで、高所で怖かったりするのだが…。
はしごを横にして渡した形のやつだ。
その下を手でぶら下がって、次の棒へと掴み変えながら移動していく遊具だ。
僕はそれが苦手だった。
身のこなしの軽い友達は、一段抜かしやニ段抜かしで渡っていく。
体を揺らした反動を利用して渡っていく様は、まるで猿のようだ。
僕もやってみたいのだが、両手でぶら下がって片手を離すと、そのまま次のバーが掴めずに落ちてしまうのだ。
家族で公園に遊びに行って、妹がそれを楽しそうにやっているのに、僕は出来なかった。
僕はぶら下がったまま、次のバーへは移動できないままだ。
妹とは雲泥の差だ。いや、運梯の差か。
すると親に、お前は何も出来ないやつだな〜と言われる。
僕は、そうして運動が嫌いになっていった。
大人になって腕力がついてから、運梯をやってみると、足が地面についてしまい、やっぱり出来なかった。
無理やり足を曲げてやっても、体を揺らすのが難しい。
なお、運梯の上に立って渡っていくという荒業もある。
それはそれで、高所で怖かったりするのだが…。
ニックネーム SNJ at 23:02| Comment(2)
| Sporting Chance
2005年11月14日
運動不足
先ほど7日間の仕事が終わり、今帰宅。
しかし明日からまた仕事。
12月4日はフットサルの試合なのに、体を動かす時間がない。
また体重も増えてんじゃないだろうか…。
腕がプヨプヨだ。腹もタプタプ、顔もパンパン。ある意味、弾けてる?
明日は午後から仕事だから、午前中にはジムにでも行きたいとこだ。
と言って、午前は寝てたりして、またタプタプに。
しかし明日からまた仕事。
12月4日はフットサルの試合なのに、体を動かす時間がない。
また体重も増えてんじゃないだろうか…。
腕がプヨプヨだ。腹もタプタプ、顔もパンパン。ある意味、弾けてる?
明日は午後から仕事だから、午前中にはジムにでも行きたいとこだ。
と言って、午前は寝てたりして、またタプタプに。
ニックネーム SNJ at 20:32| Comment(0)
| 日記
2005年11月12日
ばってぃんぐ
今日も仕事終わりに、仕事場の近くのバッティングセンターに行った。自転車で30分くらい。
途中、ちょうど今、事件で報道されているマブチモーターの社長宅の横を通ると、警官がパトロールしていた。今は容疑者扱いされるのはマズイ。呼び止められなくてよかった。
バッティングセンターに着き、105kmの球を打っていると、当たり損ないの打球が、5つ隣のレーンのストラックアウトの6番辺りを直撃した。
120球ほど打ってから帰った。
帰りは道に迷い、墓地の横の道を通った。
墓地の前は学校。その横は畑と林。
なかなか抜けられなくて心細くなった。
途中、ちょうど今、事件で報道されているマブチモーターの社長宅の横を通ると、警官がパトロールしていた。今は容疑者扱いされるのはマズイ。呼び止められなくてよかった。
バッティングセンターに着き、105kmの球を打っていると、当たり損ないの打球が、5つ隣のレーンのストラックアウトの6番辺りを直撃した。
120球ほど打ってから帰った。
帰りは道に迷い、墓地の横の道を通った。
墓地の前は学校。その横は畑と林。
なかなか抜けられなくて心細くなった。
ニックネーム SNJ at 02:13| Comment(2)
| 日記
2005年11月11日
Sporting Chance6 果てなきキャッチボール
中学3年の秋頃だろうか。
「受験」の二文字が身に纏わり付く中、同じクラスの小野君とキャッチボールをした。
当時は、ファミコンソフトの「ファミリースタジアム」が流行っており、僕も小野君も野球への関心は高かった。
僕はとりわけ、変化球への憧れが強かった。
速球よりも変化球に美学を感じていた。
キャッチボールに使っていたのは、硬球でも軟球でもなく、ゴムボール。
中でも、表面に縫い目の凹凸が付けられたゴムボールを気に入って使っていた。表面がフラットなゴムボールは変化球が曲がりにくいのだ。
そんな僕らが、キャッチボールをしに公園にやってきた。
受験勉強など知ったことか。
西武ライオンズのファンの小野君と、中日ドラゴンズのファンの僕と、15mほど離れてゴムボールを投げ合う。
小野君はスロースターター。肩が温まるまでは、軽めの投球だ。
かたや僕は、序盤から飛ばす。
カーブ、スライダー、シュートと変化球を投げまくる。
スライダーはコントロールも出来ないし、投げ方もあやふやだが、カーブには自信があった。
横の変化のみを意識し、1m以上曲げる。ゴムボールだから可能な投法だ。
スピードはない。山なりに飛んでいって曲がっていく軌道だ。
ちなみに、シュートもコントロールが悪いので、多投はしない。
小野君も肩が温まり、だんだん球のスピードが上がっていく。
50球くらいずつ投げたろうか。
小野君もカーブを投げ出した。
「俺のは縦に割れるカーブだ」
そう言う通り、横の変化はほとんどなく、縦に落ちる軌道だ。
僕は横、小野君は縦。
カーブの投げ合いが続く。
より曲がるよう、より落ちるよう、工夫がなされていく。
やがて、球数はお互いに100球を超えた。
僕からすると、小野君のカーブはまだまだだった。
曲がらなくてドースル?
オレ様の曲がりを見よ!
そんな感じだ。
今では、落ちる軌道も理解できるが、当時は、カーブというものは横に曲がるほど凄いと思っていた。
だが、カーブでは僕が勝った気になっていたが、球速においては小野君に分があった。
ボールが小野君の手を離れると共に、浮き上がって来るのだ。
まぁ、球の伸びがあるという事だが、ゴムボールで軽いのでかなり浮いて見える。
僕も速球を織り交ぜ始めた。
「このっ!」
渾身の力を込めて投げる。
しかし、自分の目から見て、軌道に伸びがない。
小野君も力いっぱい投げる。
「どうりゃ!」
膝元から腰まで浮き上がってくる。
こちらも負けちゃいられない。
「はぁっ!」
「ふんっ!」
投げ合いは150球を超えた。
ゴムボールとは言え、さすがに肩が疲れてきた。
それでも、投げ合いは続く。
どちらも、やめようとは言わなかった。
秋の日も暮れてゆく。
200球を数えた。
もう暗くてボールも見えない。
それでも、やめようとは言わない。
一心不乱に投げ合うだけである。
「くらえぇぇい!」
暗闇を切り裂く小野君の速球が僕の手に納まった頃、日が完全に暮れた。
「ふぅ…もうそろそろやめるか…」
結局、お互い二百数十球も投げ合い、その日のキャッチボールは幕を閉じた。
この後に、これ以上の球数を投げた事はない。
二人とも、前途洋々の中学3年生であった。
「受験」の二文字が身に纏わり付く中、同じクラスの小野君とキャッチボールをした。
当時は、ファミコンソフトの「ファミリースタジアム」が流行っており、僕も小野君も野球への関心は高かった。
僕はとりわけ、変化球への憧れが強かった。
速球よりも変化球に美学を感じていた。
キャッチボールに使っていたのは、硬球でも軟球でもなく、ゴムボール。
中でも、表面に縫い目の凹凸が付けられたゴムボールを気に入って使っていた。表面がフラットなゴムボールは変化球が曲がりにくいのだ。
そんな僕らが、キャッチボールをしに公園にやってきた。
受験勉強など知ったことか。
西武ライオンズのファンの小野君と、中日ドラゴンズのファンの僕と、15mほど離れてゴムボールを投げ合う。
小野君はスロースターター。肩が温まるまでは、軽めの投球だ。
かたや僕は、序盤から飛ばす。
カーブ、スライダー、シュートと変化球を投げまくる。
スライダーはコントロールも出来ないし、投げ方もあやふやだが、カーブには自信があった。
横の変化のみを意識し、1m以上曲げる。ゴムボールだから可能な投法だ。
スピードはない。山なりに飛んでいって曲がっていく軌道だ。
ちなみに、シュートもコントロールが悪いので、多投はしない。
小野君も肩が温まり、だんだん球のスピードが上がっていく。
50球くらいずつ投げたろうか。
小野君もカーブを投げ出した。
「俺のは縦に割れるカーブだ」
そう言う通り、横の変化はほとんどなく、縦に落ちる軌道だ。
僕は横、小野君は縦。
カーブの投げ合いが続く。
より曲がるよう、より落ちるよう、工夫がなされていく。
やがて、球数はお互いに100球を超えた。
僕からすると、小野君のカーブはまだまだだった。
曲がらなくてドースル?
オレ様の曲がりを見よ!
そんな感じだ。
今では、落ちる軌道も理解できるが、当時は、カーブというものは横に曲がるほど凄いと思っていた。
だが、カーブでは僕が勝った気になっていたが、球速においては小野君に分があった。
ボールが小野君の手を離れると共に、浮き上がって来るのだ。
まぁ、球の伸びがあるという事だが、ゴムボールで軽いのでかなり浮いて見える。
僕も速球を織り交ぜ始めた。
「このっ!」
渾身の力を込めて投げる。
しかし、自分の目から見て、軌道に伸びがない。
小野君も力いっぱい投げる。
「どうりゃ!」
膝元から腰まで浮き上がってくる。
こちらも負けちゃいられない。
「はぁっ!」
「ふんっ!」
投げ合いは150球を超えた。
ゴムボールとは言え、さすがに肩が疲れてきた。
それでも、投げ合いは続く。
どちらも、やめようとは言わなかった。
秋の日も暮れてゆく。
200球を数えた。
もう暗くてボールも見えない。
それでも、やめようとは言わない。
一心不乱に投げ合うだけである。
「くらえぇぇい!」
暗闇を切り裂く小野君の速球が僕の手に納まった頃、日が完全に暮れた。
「ふぅ…もうそろそろやめるか…」
結局、お互い二百数十球も投げ合い、その日のキャッチボールは幕を閉じた。
この後に、これ以上の球数を投げた事はない。
二人とも、前途洋々の中学3年生であった。
ニックネーム SNJ at 12:02| Comment(2)
| Sporting Chance
2005年11月10日
Sporting Chance5 逆上がり出来ちゃった
運動の苦手な僕は、例によって逆上がりも出来なかった。
どうしてもあと少しで勢いをなくして落ちてしまうのだ。
おへそがもう少し鉄棒に近付けば一気に回れるのに、どうしても出来なかった。
手の伸ばし方や足の上げ方など、原因は多々あったのだろうが、いつの間にかに出来るようになっていた。たぶん、小学校の6年くらいの頃だろうか。
中学になってからは、授業で逆上がりのテストなんてする事もなくなったが、やってみたらいつでも出来た。
卓球部に入っていたし、運動もしていたから、体もキレていたのだろう。
さて、問題は高校になってからだ。
中学3年で部活を引退してからというもの、高校に上がっても体育以外で体を動かす事はほぼなかった。
自転車通学だったが、のんびり漕いでいたし。
高校になるとますます逆上がりなんてする機会がない。
たまに、校庭の鉄棒で逆上がりをしてみると、出来る時と出来ない時があった。
やはり、衰えていたのだ。
高校3年になり、体育の授業が終わった後、友達らが何人か鉄棒の前に集まり、逆上がりが出来るか出来ないかを話していた。
そこで、隣のクラスの結構カッコいい子が逆上がりが出来ないのがバレた。
でも、みんなその子を笑ったりする事もなく、「俺もギリギリだよ〜」と、自分の衰えを笑っていた。
そこで、僕に話が向けられた。
「逆上がり出来る?」
みんなは、僕が運動苦手なの知ってるし、僕も隠さずに、
「昔は出来たけど、今は出来ないよ」
と言った。
隣のクラスの子と「仲間同士だね〜」などと笑いあった。
そして…
試しに実演してみたら、出来た。
くるんって回れてしまった。
「あれ、出来ちゃったよ…?」
戸惑う僕。
隣のクラスの子の笑いが引きつった気がした。
そこで、隣にある高い鉄棒で回れるか試してみようという事にした。
低い鉄棒じゃ、ジャンプでごまかせるからね、と。
手を伸ばしても届かない鉄棒だ。
僕はその下に立ち、鉄棒目掛けてジャンプした。
手が鉄棒を掴む。
ジャンプの勢いを利用し、そのまま腹筋でおへそを鉄棒に近付けていく。
くるん!
回れた…。
またもや回れてしまった。
僕は、高い鉄棒の上に乗ったまま、下を見下ろし言った。
「あら、こっちでも出来ちゃったよ…?」
もう隣のクラスの子を見れなかった。
「おぉ、すげぇ!
なんだ、全然できんじゃん」
みんなが笑う。
何人かが、高い鉄棒にチャレンジしたが、意外に回れない人も多かった。
逆上がりが出来た!
…なのに、なんか悪い気分になった出来事だった…。
どうしてもあと少しで勢いをなくして落ちてしまうのだ。
おへそがもう少し鉄棒に近付けば一気に回れるのに、どうしても出来なかった。
手の伸ばし方や足の上げ方など、原因は多々あったのだろうが、いつの間にかに出来るようになっていた。たぶん、小学校の6年くらいの頃だろうか。
中学になってからは、授業で逆上がりのテストなんてする事もなくなったが、やってみたらいつでも出来た。
卓球部に入っていたし、運動もしていたから、体もキレていたのだろう。
さて、問題は高校になってからだ。
中学3年で部活を引退してからというもの、高校に上がっても体育以外で体を動かす事はほぼなかった。
自転車通学だったが、のんびり漕いでいたし。
高校になるとますます逆上がりなんてする機会がない。
たまに、校庭の鉄棒で逆上がりをしてみると、出来る時と出来ない時があった。
やはり、衰えていたのだ。
高校3年になり、体育の授業が終わった後、友達らが何人か鉄棒の前に集まり、逆上がりが出来るか出来ないかを話していた。
そこで、隣のクラスの結構カッコいい子が逆上がりが出来ないのがバレた。
でも、みんなその子を笑ったりする事もなく、「俺もギリギリだよ〜」と、自分の衰えを笑っていた。
そこで、僕に話が向けられた。
「逆上がり出来る?」
みんなは、僕が運動苦手なの知ってるし、僕も隠さずに、
「昔は出来たけど、今は出来ないよ」
と言った。
隣のクラスの子と「仲間同士だね〜」などと笑いあった。
そして…
試しに実演してみたら、出来た。
くるんって回れてしまった。
「あれ、出来ちゃったよ…?」
戸惑う僕。
隣のクラスの子の笑いが引きつった気がした。
そこで、隣にある高い鉄棒で回れるか試してみようという事にした。
低い鉄棒じゃ、ジャンプでごまかせるからね、と。
手を伸ばしても届かない鉄棒だ。
僕はその下に立ち、鉄棒目掛けてジャンプした。
手が鉄棒を掴む。
ジャンプの勢いを利用し、そのまま腹筋でおへそを鉄棒に近付けていく。
くるん!
回れた…。
またもや回れてしまった。
僕は、高い鉄棒の上に乗ったまま、下を見下ろし言った。
「あら、こっちでも出来ちゃったよ…?」
もう隣のクラスの子を見れなかった。
「おぉ、すげぇ!
なんだ、全然できんじゃん」
みんなが笑う。
何人かが、高い鉄棒にチャレンジしたが、意外に回れない人も多かった。
逆上がりが出来た!
…なのに、なんか悪い気分になった出来事だった…。
ニックネーム SNJ at 03:24| Comment(0)
| Sporting Chance
2005年11月07日
帰宅
今日は昼過ぎに7日振りに帰宅。
昨夜は1時間しか寝てなかったので、起きてようとおもったのに、気を失うかの様に3時間ほど寝る…。
起きたら夜ですよ。
せっかく買い物にでも行こうかと思ってたのに。
3時間ほど寝る前に、ギターを弾いてたらしく、起きたら2つのギターに挟まれていた。
足は椅子の下に入り込み、まるでパズルの様に、床で寝ていた。
昨夜は1時間しか寝てなかったので、起きてようとおもったのに、気を失うかの様に3時間ほど寝る…。
起きたら夜ですよ。
せっかく買い物にでも行こうかと思ってたのに。
3時間ほど寝る前に、ギターを弾いてたらしく、起きたら2つのギターに挟まれていた。
足は椅子の下に入り込み、まるでパズルの様に、床で寝ていた。
ニックネーム SNJ at 19:49| Comment(0)
| 日記
2005年11月05日
Sporting Chance4 鈍足
僕は足が遅い。
でも子供の頃、僕は特に足が遅い訳ではなかった。
幼稚園や、小学校低学年の時は、「かけっこ」で一番になったりもした。
ヒザを擦りむいてても一番になった事もあった。
家に帰ると、家族から褒められたり…。
我が子が一等賞を取ったのだから、親も鼻が高いだろう。
なのに、いつから僕は鈍足になったのだろうか…。
小学校4年生の時、クラス対抗リレーに向けて、足の遅い子のために、足の速い子が遅い子に走り方を教えるというのがあった。
担任の先生の提案だった。
その時、僕は教えられる方だった。
4年の時には遅かったようだ。
僕に走り方を教えてくれたのは、同じクラスの三上君と坂本君だった。
この二人は中学になっても、陸上部で共に競ったくらい足が速い。
4年生の僕は、二人に付き添われて本気で走っていたが、付き添いの二人からすれば、本気には見えなかったに違いない。
二人は、話しながら走っても僕より速いのだから。
そう差を見せつけられては、僕は自分の能力に自信をなくすしかない。
先生、逆効果です。
走り方が、こうだああだと、二人から教えられたが、所詮はみんな10歳児だ。走り方を説明できるはずも理解できるはずもない。
だいたい、三上君は上半身が後ろにのけ反りがちな走り方だし、一方の坂本君は前傾姿勢気味に走るのだ。
結果、僕が速くなる事はなかった。
今でも鈍足は変わりないが、足が短い分、回転数を上げて走るようにしている。
でも子供の頃、僕は特に足が遅い訳ではなかった。
幼稚園や、小学校低学年の時は、「かけっこ」で一番になったりもした。
ヒザを擦りむいてても一番になった事もあった。
家に帰ると、家族から褒められたり…。
我が子が一等賞を取ったのだから、親も鼻が高いだろう。
なのに、いつから僕は鈍足になったのだろうか…。
小学校4年生の時、クラス対抗リレーに向けて、足の遅い子のために、足の速い子が遅い子に走り方を教えるというのがあった。
担任の先生の提案だった。
その時、僕は教えられる方だった。
4年の時には遅かったようだ。
僕に走り方を教えてくれたのは、同じクラスの三上君と坂本君だった。
この二人は中学になっても、陸上部で共に競ったくらい足が速い。
4年生の僕は、二人に付き添われて本気で走っていたが、付き添いの二人からすれば、本気には見えなかったに違いない。
二人は、話しながら走っても僕より速いのだから。
そう差を見せつけられては、僕は自分の能力に自信をなくすしかない。
先生、逆効果です。
走り方が、こうだああだと、二人から教えられたが、所詮はみんな10歳児だ。走り方を説明できるはずも理解できるはずもない。
だいたい、三上君は上半身が後ろにのけ反りがちな走り方だし、一方の坂本君は前傾姿勢気味に走るのだ。
結果、僕が速くなる事はなかった。
今でも鈍足は変わりないが、足が短い分、回転数を上げて走るようにしている。
ニックネーム SNJ at 04:40| Comment(2)
| Sporting Chance
2005年11月04日
Sporting Chance3 剣道なんか(後編)
イカンガー君に勝った後のこと、友人がトイレで僕の噂話をしているのを聞いた。
「あいつの面、一撃必殺だよな」
「俺、喰らいたくないよ」
なんと、意外にも僕の「面」が一撃必殺の技として認知されていたのだ。
どうやら、僕のスタイルは薩摩の「示現流」だったみたいだ。
示現流は、「肉を斬らせて骨を断つ」だから、僕はそこまで徹底してないが、方向性は「一の太刀」か、「示現流」と言って良いだろう。
そして、最後の七人目との対戦の時が来た。
相手は、ここまで無敗の6連勝を誇る、同じクラスの伊東君。
僕は3勝3敗の成績。
向こうは全勝を掛けて、僕は勝ち越しを掛けての対戦だ。
一本目。
伊東君は牽制しつつ、攻撃を仕掛けてくる。無駄のない動きだ。
僕は、ここぞとばかりに面を放った。
しかし、竹刀は空を切り、床を叩いた。
伊東君の間合いが上手い。
周りからは、僕の面に対して「おぉ〜!」という声が上がる。
少し期待されてたのだろうか…。
次は胴を狙った。
また竹刀が空を切る。
空振ったところに伊東君の攻撃が来る。
僕はすぐに竹刀を前に向けて防ぐ。
伊東君は無敗だけあって、強いと感じた。
決して、ラッシュを仕掛けてくる訳ではないが、的確に攻撃を仕掛けてくる。
もし、伊東君が「小手」をマスターしてれば、僕はすぐに負けていたろう。
それくらい僕の攻撃は大振りだった。
僕も、面と胴しかないので、きっと単調な攻撃をしあっていたと思う。
その内、僕は疲れてきた。
大振りをし過ぎたのだから当たり前だ。
だが、それでも面を立て続けに打ち込み、伊東君の竹刀を横に押しのけてから、面を取った。
これで一本先取。
二本目、伊東君の反撃が来る。
ここは僕が防御に回る。
防御の内に力を溜めて、また一撃で倒そうとしていた。
しかし、逆に隙を突かれ、胴を取られた。
一本ずつ取って、最後の三本目。
僕も伊東君もすでに息が上がっていた。
お互いに単発の攻撃が空を切る状態だ。
僕は、攻撃を胴を多めにし、相手の防御を下げた。
ここで、面を打ったが、竹刀で防がれてしまった。
僕はそのまま引いた竹刀を横から胴に向けた。
手応えがあった。
審判が手を挙げて一本を取った。
二対一で僕の勝ちだった。
なんと、剣道なんかでけんどーの僕が勝ち越したのだ。
自分でびっくりだった。
しかも、無敗の伊東君を倒したのだ。
後日、伊東君が友人と廊下で話しているところに僕が通りがかった時、伊東君はその友人に僕を紹介した。
「コイツ剣道強いんだよ〜。
俺、全勝してたのにコイツにだけ負けたんだ」
伊東君は剣道を通じて僕を認めてくれたようだった。
それまで、彼とはほとんど話さなかったのに、話すようになった。
剣道がホントに楽しく思えてきた。
そして、1年生の剣道授業の最後に剣道のトーナメント戦が行われた。
前の対戦成績から、先生が組み合わせたトーナメントだ。
一回戦は、同じクラスのコータロー君だった。
あまり強そうには見えないが、意外に強かった。
僕は例によって竹刀を振り回したが、コータロー君は有効打を取らせない。
僕は、コータロー君の脇、太股、肩、二の腕など、いろいろな部位に打撃を与えたらしいが、ちゃんと面も取り、勝つ事ができた。
コータロー君は試合後、あまりにもいろんなとこを叩かれた事にぶつぶつ言っていたが、勝負は勝負だ。
逆に、コータロー君がよけるのが上手いから、胴を外れて脇などに当たるのだ。
二回戦は、剣道経験者の山本君だった。
初めての経験者との戦いだ。
山本君は前後のステップを多用し、いつ飛び込んでくるか分からない。
僕は、初めて見るステップに翻弄されて、距離感が掴めない。
面を打ったが、山本君は頭を右に傾け、肩で竹刀を止める。
そのまま僕の竹刀を肩に担いだまま、突進してきて、ついに小手を取られた。
小手を初めて喰らったが、意味が分からない。
そんなん防げるかって感じだった。
竹刀で弾き返したり、竹刀の鍔でブロックするのだろうが、僕にそんなテクニックは無い。
二本目も、変幻自在のステップで惑わされ、僕の攻撃は相変わらず肩で止められる。
今度は肩で担がれない様に、すぐに竹刀を引っ込める。
首振りだけで、僕の攻撃が無効にされるとは…。
実戦の刀なら袈裟斬りになるとこなのに、残念ながら剣道には「袈裟斬り」はない。
やがて、僕の攻撃は手詰りになった。山本君には、どんな攻撃も通じないのだから。
それでも僕は、山本君の攻撃を上手く防いでいた方だろう。
山本君が離れたのを見て、僕は面を打ちに行こうとした。
そしたら、振り被ろうとした手に「小手」が入った。
またもや、何が起きたか分からないままに小手を取られて、僕は敗退した。
さすがに経験者には、歯が立たなかった。
山本君が、もっと本気で来れば、僕は瞬殺されていただろう。
それくらい「小手」は見えなかった。
小手を知って、僕はもっと剣道が好きになった。
残念ながら、二回戦敗退だったが、僕は満足だった。
(剣道、面白いな。もっとやりたいよ)
しかし、2年生になると、授業は剣道から柔道になったのだった…。
僕の父は剣道をやっていた事もあって、日本刀が好きみたいだ。イミテーションの日本刀も持っている。
「これが、胴田貫だ」
そう言って、日本刀を見せびらかされた。
そんなこと言われちゃ僕としては、仕事場の仲間たちから誕生日プレゼントに頂いた、西洋の大剣「エクスカリバー」で対抗するしかない。
重さ4.5kg。正直、振る事もできないが…。
今はもう、父は剣道やれとは言わない。
だが、父と子で、剣を交わして対決するのも悪くないか…。
「あいつの面、一撃必殺だよな」
「俺、喰らいたくないよ」
なんと、意外にも僕の「面」が一撃必殺の技として認知されていたのだ。
どうやら、僕のスタイルは薩摩の「示現流」だったみたいだ。
示現流は、「肉を斬らせて骨を断つ」だから、僕はそこまで徹底してないが、方向性は「一の太刀」か、「示現流」と言って良いだろう。
そして、最後の七人目との対戦の時が来た。
相手は、ここまで無敗の6連勝を誇る、同じクラスの伊東君。
僕は3勝3敗の成績。
向こうは全勝を掛けて、僕は勝ち越しを掛けての対戦だ。
一本目。
伊東君は牽制しつつ、攻撃を仕掛けてくる。無駄のない動きだ。
僕は、ここぞとばかりに面を放った。
しかし、竹刀は空を切り、床を叩いた。
伊東君の間合いが上手い。
周りからは、僕の面に対して「おぉ〜!」という声が上がる。
少し期待されてたのだろうか…。
次は胴を狙った。
また竹刀が空を切る。
空振ったところに伊東君の攻撃が来る。
僕はすぐに竹刀を前に向けて防ぐ。
伊東君は無敗だけあって、強いと感じた。
決して、ラッシュを仕掛けてくる訳ではないが、的確に攻撃を仕掛けてくる。
もし、伊東君が「小手」をマスターしてれば、僕はすぐに負けていたろう。
それくらい僕の攻撃は大振りだった。
僕も、面と胴しかないので、きっと単調な攻撃をしあっていたと思う。
その内、僕は疲れてきた。
大振りをし過ぎたのだから当たり前だ。
だが、それでも面を立て続けに打ち込み、伊東君の竹刀を横に押しのけてから、面を取った。
これで一本先取。
二本目、伊東君の反撃が来る。
ここは僕が防御に回る。
防御の内に力を溜めて、また一撃で倒そうとしていた。
しかし、逆に隙を突かれ、胴を取られた。
一本ずつ取って、最後の三本目。
僕も伊東君もすでに息が上がっていた。
お互いに単発の攻撃が空を切る状態だ。
僕は、攻撃を胴を多めにし、相手の防御を下げた。
ここで、面を打ったが、竹刀で防がれてしまった。
僕はそのまま引いた竹刀を横から胴に向けた。
手応えがあった。
審判が手を挙げて一本を取った。
二対一で僕の勝ちだった。
なんと、剣道なんかでけんどーの僕が勝ち越したのだ。
自分でびっくりだった。
しかも、無敗の伊東君を倒したのだ。
後日、伊東君が友人と廊下で話しているところに僕が通りがかった時、伊東君はその友人に僕を紹介した。
「コイツ剣道強いんだよ〜。
俺、全勝してたのにコイツにだけ負けたんだ」
伊東君は剣道を通じて僕を認めてくれたようだった。
それまで、彼とはほとんど話さなかったのに、話すようになった。
剣道がホントに楽しく思えてきた。
そして、1年生の剣道授業の最後に剣道のトーナメント戦が行われた。
前の対戦成績から、先生が組み合わせたトーナメントだ。
一回戦は、同じクラスのコータロー君だった。
あまり強そうには見えないが、意外に強かった。
僕は例によって竹刀を振り回したが、コータロー君は有効打を取らせない。
僕は、コータロー君の脇、太股、肩、二の腕など、いろいろな部位に打撃を与えたらしいが、ちゃんと面も取り、勝つ事ができた。
コータロー君は試合後、あまりにもいろんなとこを叩かれた事にぶつぶつ言っていたが、勝負は勝負だ。
逆に、コータロー君がよけるのが上手いから、胴を外れて脇などに当たるのだ。
二回戦は、剣道経験者の山本君だった。
初めての経験者との戦いだ。
山本君は前後のステップを多用し、いつ飛び込んでくるか分からない。
僕は、初めて見るステップに翻弄されて、距離感が掴めない。
面を打ったが、山本君は頭を右に傾け、肩で竹刀を止める。
そのまま僕の竹刀を肩に担いだまま、突進してきて、ついに小手を取られた。
小手を初めて喰らったが、意味が分からない。
そんなん防げるかって感じだった。
竹刀で弾き返したり、竹刀の鍔でブロックするのだろうが、僕にそんなテクニックは無い。
二本目も、変幻自在のステップで惑わされ、僕の攻撃は相変わらず肩で止められる。
今度は肩で担がれない様に、すぐに竹刀を引っ込める。
首振りだけで、僕の攻撃が無効にされるとは…。
実戦の刀なら袈裟斬りになるとこなのに、残念ながら剣道には「袈裟斬り」はない。
やがて、僕の攻撃は手詰りになった。山本君には、どんな攻撃も通じないのだから。
それでも僕は、山本君の攻撃を上手く防いでいた方だろう。
山本君が離れたのを見て、僕は面を打ちに行こうとした。
そしたら、振り被ろうとした手に「小手」が入った。
またもや、何が起きたか分からないままに小手を取られて、僕は敗退した。
さすがに経験者には、歯が立たなかった。
山本君が、もっと本気で来れば、僕は瞬殺されていただろう。
それくらい「小手」は見えなかった。
小手を知って、僕はもっと剣道が好きになった。
残念ながら、二回戦敗退だったが、僕は満足だった。
(剣道、面白いな。もっとやりたいよ)
しかし、2年生になると、授業は剣道から柔道になったのだった…。
僕の父は剣道をやっていた事もあって、日本刀が好きみたいだ。イミテーションの日本刀も持っている。
「これが、胴田貫だ」
そう言って、日本刀を見せびらかされた。
そんなこと言われちゃ僕としては、仕事場の仲間たちから誕生日プレゼントに頂いた、西洋の大剣「エクスカリバー」で対抗するしかない。
重さ4.5kg。正直、振る事もできないが…。
今はもう、父は剣道やれとは言わない。
だが、父と子で、剣を交わして対決するのも悪くないか…。
ニックネーム SNJ at 03:58| Comment(0)
| Sporting Chance
2005年11月03日
Sporting Chance2 剣道なんか(前編)
「剣道なんか、でけんどー」
そう言いたい気分だった。
僕は幼少時、妹より体力が劣っていると、よく親から言われたもんだ。
そんな不甲斐ない僕に、父は剣道をやれと勧めてきた。
父自身、剣道をやっていたので、子にもやらせたかったのだろう。
しかし、小学校低学年だった僕は、「4年生になったらやるよ」と逃げていた。
剣道などという、竹刀で引っ叩き合う競技は真っ平御免なのである。
いざ、4年になると習字を習いに行った。剣道から逃げるためだ。
「中学になったら剣道やるよ」
そう引き延ばして、いよいよ中学生になった時には卓球部に入った。
これで、剣道からは逃げる事ができたのである。
中学の体育の授業で剣道があったが、数回さらっと流して終わったので助かった。
やがて高校生になると、そんな僕の前に再び剣道が姿を現した。
体育で必修科目として、1年間やらなければならなくなったのである。
竹刀の振り方から、防具の付け方、礼の仕方まで本格的に習う。
1学期は基礎、2学期は打ち合いなどの応用、3学期は対人戦を行うとの予定。
気が遠くなった。(なんで人と剣道で対戦しなきゃいけないんだ?)
1学期。
蹲踞(そんきょ)という、つま先立ちで座りながら竹刀を振るトレーニングをやらされる。
これが、かなりキツイ。
僕は中学の時にヒザを悪くしてるので、そういうトレーニングが殊更つらい。
防具は汗の臭いが染み付いている。
こんなんで剣道を好きになれるはずもない。
2学期。
人に対して打ち込む練習だ。
右から左から打ち込む。
それを竹刀で受ける方も怖い。
互いに素人だから、リズムが狂ったら頭を打たれる。防具は付けてない。
僕は適当にやっていた。
(つまらないな〜剣道なんて)
3学期。
いよいよ対人戦だ。
一人が7戦ずつ戦うスケジュールで、毎週、授業ごとに一人ずつ戦っていく。
一人目との試合、あまり長引かない内に負けた。
長引いて痛い思いをしたらイヤだし。
二人目も負けた。相手の岡本君はすごい速さで竹刀を振ってくる。
勝てるはずもない。
そして、三人目の平川君。180cm以上あり、ガタイも良い。元陸上部だ。
試しにこちらも攻撃してみた。
僕の面が決まった!
「痛って〜」
平川君がそう呟きながら、ものすごい形相で睨んでいる。よほど、僕の面が痛かったのだろう。
素人だから、キレイな面ができず、頭頂部に深く入ったのだ。
なんかとっても怖いので、ワザと負けた。
これで0勝3敗。
四人目は弓道部の前田君だ。
僕は試合開始と共に、面を打つと見せて、胴を打った。
初めて使ってみたフェイントが通用した。
前田君は、まさか僕が試合開始と同時に攻撃してくるとは思ってなかったのだろう。
二本目も、面を打つと見せて胴…と見せて面が決まり、僕が取った。
スパンと入ったので前田君は一本取られたのに気付かず攻撃してきた。
「いつの間に取られたんだ?」
前田君は不思議がったが、素人なので声を張り上げずに攻撃してたので無理もない。
四試合目で初めて勝った…。
意外だった。
(僕でも勝てるんだ…)
少し剣道が面白く感じた。
五人目は元バスケ部の白石君。動きが速い。
またも僕がフェイントをかけ、面を取った。
「痛ってェな〜」
どうやらまた、頭頂部に入った様だ…。
二本目は白石君は、こちらを場外に押し出す作戦にきた。
あまりに押してくるので、僕は白石君が怒ってるのかと思った。
2回場外に押し出され、白石君が一本取ったことになった。
(そうか、押し出されちゃいけないんだ)
三本目も白石君は押してきた。
僕も押し返したり、互いに打ち合ったりしたが、勝負はつかない。
渾身の白石君の押しがきた。
僕はそれに合わせて引きながら胴を打った。
場外に出ながらの胴だったため、無効かと思ったが、僕が一本取っていた。
これで2勝。
さらに剣道が面白くなった。
六人目は隣のクラスの、「イカンガー」というあだ名の野球部員。
何故、そんなあだ名なのかは知らないが、当時のマラソン選手「イカンガー」の様に、豊富なスタミナで、竹刀のラッシュを仕掛けてきた。
あまりのラッシュに僕は防戦一方。
周りで見てる人も笑っている。それくらいのラッシュだ。
でも、面ばかり狙ってくるので、防御はしやすい。
やがてイカンガー君は疲れた。
ラッシュがやんだのだ。
そこに僕が一撃を振り下ろした。
ガチン!!!
「うっわ〜!!」
イカンガー君は床に崩れ落ちた。
「イテテテテテ…」
かがみ込んで頭をさすっている。
どうやら、今までで一番の会心の一撃が出たようだ。
周りの友達たちもどよめいた。
二本目はイカンガー君は、もう近寄ってこなかった。
僕が面を打とうとすると、過敏に逃げる。
(そんなに痛かったのか…。悪いことしたな)
ラッシュをなくしたイカンガー君は怖くはなかった。
二本目も僕が取り、これで3勝3敗となった。
果たして勝ち越せるのか…?
〜続く〜
そう言いたい気分だった。
僕は幼少時、妹より体力が劣っていると、よく親から言われたもんだ。
そんな不甲斐ない僕に、父は剣道をやれと勧めてきた。
父自身、剣道をやっていたので、子にもやらせたかったのだろう。
しかし、小学校低学年だった僕は、「4年生になったらやるよ」と逃げていた。
剣道などという、竹刀で引っ叩き合う競技は真っ平御免なのである。
いざ、4年になると習字を習いに行った。剣道から逃げるためだ。
「中学になったら剣道やるよ」
そう引き延ばして、いよいよ中学生になった時には卓球部に入った。
これで、剣道からは逃げる事ができたのである。
中学の体育の授業で剣道があったが、数回さらっと流して終わったので助かった。
やがて高校生になると、そんな僕の前に再び剣道が姿を現した。
体育で必修科目として、1年間やらなければならなくなったのである。
竹刀の振り方から、防具の付け方、礼の仕方まで本格的に習う。
1学期は基礎、2学期は打ち合いなどの応用、3学期は対人戦を行うとの予定。
気が遠くなった。(なんで人と剣道で対戦しなきゃいけないんだ?)
1学期。
蹲踞(そんきょ)という、つま先立ちで座りながら竹刀を振るトレーニングをやらされる。
これが、かなりキツイ。
僕は中学の時にヒザを悪くしてるので、そういうトレーニングが殊更つらい。
防具は汗の臭いが染み付いている。
こんなんで剣道を好きになれるはずもない。
2学期。
人に対して打ち込む練習だ。
右から左から打ち込む。
それを竹刀で受ける方も怖い。
互いに素人だから、リズムが狂ったら頭を打たれる。防具は付けてない。
僕は適当にやっていた。
(つまらないな〜剣道なんて)
3学期。
いよいよ対人戦だ。
一人が7戦ずつ戦うスケジュールで、毎週、授業ごとに一人ずつ戦っていく。
一人目との試合、あまり長引かない内に負けた。
長引いて痛い思いをしたらイヤだし。
二人目も負けた。相手の岡本君はすごい速さで竹刀を振ってくる。
勝てるはずもない。
そして、三人目の平川君。180cm以上あり、ガタイも良い。元陸上部だ。
試しにこちらも攻撃してみた。
僕の面が決まった!
「痛って〜」
平川君がそう呟きながら、ものすごい形相で睨んでいる。よほど、僕の面が痛かったのだろう。
素人だから、キレイな面ができず、頭頂部に深く入ったのだ。
なんかとっても怖いので、ワザと負けた。
これで0勝3敗。
四人目は弓道部の前田君だ。
僕は試合開始と共に、面を打つと見せて、胴を打った。
初めて使ってみたフェイントが通用した。
前田君は、まさか僕が試合開始と同時に攻撃してくるとは思ってなかったのだろう。
二本目も、面を打つと見せて胴…と見せて面が決まり、僕が取った。
スパンと入ったので前田君は一本取られたのに気付かず攻撃してきた。
「いつの間に取られたんだ?」
前田君は不思議がったが、素人なので声を張り上げずに攻撃してたので無理もない。
四試合目で初めて勝った…。
意外だった。
(僕でも勝てるんだ…)
少し剣道が面白く感じた。
五人目は元バスケ部の白石君。動きが速い。
またも僕がフェイントをかけ、面を取った。
「痛ってェな〜」
どうやらまた、頭頂部に入った様だ…。
二本目は白石君は、こちらを場外に押し出す作戦にきた。
あまりに押してくるので、僕は白石君が怒ってるのかと思った。
2回場外に押し出され、白石君が一本取ったことになった。
(そうか、押し出されちゃいけないんだ)
三本目も白石君は押してきた。
僕も押し返したり、互いに打ち合ったりしたが、勝負はつかない。
渾身の白石君の押しがきた。
僕はそれに合わせて引きながら胴を打った。
場外に出ながらの胴だったため、無効かと思ったが、僕が一本取っていた。
これで2勝。
さらに剣道が面白くなった。
六人目は隣のクラスの、「イカンガー」というあだ名の野球部員。
何故、そんなあだ名なのかは知らないが、当時のマラソン選手「イカンガー」の様に、豊富なスタミナで、竹刀のラッシュを仕掛けてきた。
あまりのラッシュに僕は防戦一方。
周りで見てる人も笑っている。それくらいのラッシュだ。
でも、面ばかり狙ってくるので、防御はしやすい。
やがてイカンガー君は疲れた。
ラッシュがやんだのだ。
そこに僕が一撃を振り下ろした。
ガチン!!!
「うっわ〜!!」
イカンガー君は床に崩れ落ちた。
「イテテテテテ…」
かがみ込んで頭をさすっている。
どうやら、今までで一番の会心の一撃が出たようだ。
周りの友達たちもどよめいた。
二本目はイカンガー君は、もう近寄ってこなかった。
僕が面を打とうとすると、過敏に逃げる。
(そんなに痛かったのか…。悪いことしたな)
ラッシュをなくしたイカンガー君は怖くはなかった。
二本目も僕が取り、これで3勝3敗となった。
果たして勝ち越せるのか…?
〜続く〜
ニックネーム SNJ at 00:45| Comment(2)
| Sporting Chance
2005年11月01日
50円?…
今日は、平原綾香のCDを買いに行ったが、売り切れで、代わりにGARNET CROWのベストを買ってきてしまった。
仕事中に聴いていたがなかなか良い。
ついでに、「修二と彰」の「青春アミーゴ」も買ってきた。
こちらは、土曜夜9時のドラマ「野ブタ。をプロデュース」のエンディング曲で、ジャニーズの亀梨くんと山下くんが、ドラマ内の役名、修二と彰で組んだユニットだ。
けっこういい曲だ。
CDを買った帰り、高校生の男二人組みが会話をしていた。
見掛けがカッコいい、ジャニーズの山下くんに似ている片方が、何に遣うのか知らないが、50円足らないらしく、独り言のように周りに聞こえるように、
「誰か50円くんねぇかな〜」と言っていた。
もう一人のツレは「そうか、金ないのか」と、自身も金がないのか、50円欲しいヤツに貸そうともしない。
その横を通り過ぎた僕は、立ち止まり、弁当とCDを片手に、ガチャガチャをやり始めた。
その間も高校生の会話は続く。
「誰かマジくんねぇかな〜」
その横で僕は、100円玉を取り出し、ガチャガチャに投入していく。1回200円だ。
ちなみにガチャガチャは、少年ジャンプで連載していた「いちご100%」のガチャガチャだ。
特に欲しい訳ではないが、仕事中だと、ついそういう玩具を買って机に並べてしまう。
ストレス発散剤だ。
「ホンの50円なのにな〜」
次々に100円玉を取り出す僕。財布も小銭でいっぱいだ。
「50円あればな〜」
ガチャガチャがダブり、また100円を投入していくオイラ。
合計4回、800円遣った。主格の3キャラが出なかった。
「50円欲しいな〜、こんなに人が歩いてるのに誰もくれねぇよ」
「そうだな〜」
その二人の間を歩いて帰る僕。
さすがに高校生の目線は僕を捕らえていただろう。
「マジ、50円ギリてぇ〜」
「ギリてぇ」の言葉遣いがムカついたので、そのまま無視して帰ったが、いったい何に遣う気だたのだろうか、50円を。
別に50円くらいあげても良かったのだが、その場合、高校生には僕の説教を30分は聞いてもらうことになる。
FIGHT!になり、50円以上盗られたとしても、どちらか一人は鎖骨を骨折してもらうならいいのだが。
思い切って話し掛けてみれば、面白かったかなぁ。
「ダブったガチャガチャあげるから、これ売れば50円になるかもよ」って。
もしくは、
「お前らからギリてェよ、オレのガチャ代。これじゃ、いちご50%にしかならねェよ」って。
仕事中に聴いていたがなかなか良い。
ついでに、「修二と彰」の「青春アミーゴ」も買ってきた。
こちらは、土曜夜9時のドラマ「野ブタ。をプロデュース」のエンディング曲で、ジャニーズの亀梨くんと山下くんが、ドラマ内の役名、修二と彰で組んだユニットだ。
けっこういい曲だ。
CDを買った帰り、高校生の男二人組みが会話をしていた。
見掛けがカッコいい、ジャニーズの山下くんに似ている片方が、何に遣うのか知らないが、50円足らないらしく、独り言のように周りに聞こえるように、
「誰か50円くんねぇかな〜」と言っていた。
もう一人のツレは「そうか、金ないのか」と、自身も金がないのか、50円欲しいヤツに貸そうともしない。
その横を通り過ぎた僕は、立ち止まり、弁当とCDを片手に、ガチャガチャをやり始めた。
その間も高校生の会話は続く。
「誰かマジくんねぇかな〜」
その横で僕は、100円玉を取り出し、ガチャガチャに投入していく。1回200円だ。
ちなみにガチャガチャは、少年ジャンプで連載していた「いちご100%」のガチャガチャだ。
特に欲しい訳ではないが、仕事中だと、ついそういう玩具を買って机に並べてしまう。
ストレス発散剤だ。
「ホンの50円なのにな〜」
次々に100円玉を取り出す僕。財布も小銭でいっぱいだ。
「50円あればな〜」
ガチャガチャがダブり、また100円を投入していくオイラ。
合計4回、800円遣った。主格の3キャラが出なかった。
「50円欲しいな〜、こんなに人が歩いてるのに誰もくれねぇよ」
「そうだな〜」
その二人の間を歩いて帰る僕。
さすがに高校生の目線は僕を捕らえていただろう。
「マジ、50円ギリてぇ〜」
「ギリてぇ」の言葉遣いがムカついたので、そのまま無視して帰ったが、いったい何に遣う気だたのだろうか、50円を。
別に50円くらいあげても良かったのだが、その場合、高校生には僕の説教を30分は聞いてもらうことになる。
FIGHT!になり、50円以上盗られたとしても、どちらか一人は鎖骨を骨折してもらうならいいのだが。
思い切って話し掛けてみれば、面白かったかなぁ。
「ダブったガチャガチャあげるから、これ売れば50円になるかもよ」って。
もしくは、
「お前らからギリてェよ、オレのガチャ代。これじゃ、いちご50%にしかならねェよ」って。
ニックネーム SNJ at 23:48| Comment(0)
| 街角・日常編
Sporting Chance1 序章
僕は大人になった今、フットサルを趣味としているが、学生の頃は、人は何故スポーツをするのか分からなかった。
部活にいそしむ友達を見て、なんで放課後に残ってまで体を動かすのだろうと疑問に思っていた。
ジャージを着てこれから部活動に向かう友達を尻目に、僕は制服姿で悠々と自転車に乗って帰宅したもんだ。
そして家に帰っては絵を描いたり、曲を作ったりしていた。
体を動かすよりは、そっちの方が楽しかった。
そんな自分がいつの間にか、スポーツを楽しんでいる。
観るのも、自分でやるのも好きになった。
「Sporting Chance」
人には公平なチャンスがある。
これは、僕のスポーツに対する出会いと想いを書いたものです。
どうやってスポーツ好きになったのか?
これからたまに書いていくかもしれないので、ネタの尽きかけたDrive物語と同様、気楽に読んでみて下さい。
なるべく砕けて書くつもりです。
部活にいそしむ友達を見て、なんで放課後に残ってまで体を動かすのだろうと疑問に思っていた。
ジャージを着てこれから部活動に向かう友達を尻目に、僕は制服姿で悠々と自転車に乗って帰宅したもんだ。
そして家に帰っては絵を描いたり、曲を作ったりしていた。
体を動かすよりは、そっちの方が楽しかった。
そんな自分がいつの間にか、スポーツを楽しんでいる。
観るのも、自分でやるのも好きになった。
「Sporting Chance」
人には公平なチャンスがある。
これは、僕のスポーツに対する出会いと想いを書いたものです。
どうやってスポーツ好きになったのか?
これからたまに書いていくかもしれないので、ネタの尽きかけたDrive物語と同様、気楽に読んでみて下さい。
なるべく砕けて書くつもりです。
ニックネーム SNJ at 02:51| Comment(2)
| Sporting Chance
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