2006年05月31日

クラシック

クラシック音楽が100曲入ったCDを以前買ったまま聴いてなかったのだが、今日やっと聴いてみた。
有名な曲の有名な楽章だけを抜粋した作りなので、クラシックを第1楽章から順々に聴いていく人には向かない。盛り上がりも何もなくなるからだ。

ベートーベン、モーツァルト、チャイコフスキー、ドボルザークなど、僕の好きな音楽家が多く収録されてたのだが、ムソルグスキーが入っていない。
僕は、ムソルグスキーの『展覧会の絵』がお気に入りなので、収録されてなくて残念だ。

このCD、6枚組みで100曲入ってるので、全然聴き終わらない…。
ニックネーム SNJ at 00:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月30日

夢物語5 〜浪漫逃避行〜

ついでなので、もう一つ記しておこう。
今回の登場アイドルは『内田有紀』。

ボーイッシュなイメージで内田有紀がデビューしたのは、僕が18、9歳の頃だったろうか。
コンビニで友人が僕に、「田中〜、内田有紀みたいの好きだろう?」と訊いてきた。
「ウチダユキ?誰それ?」
僕はまだ内田有紀を知らなかった。
「誰って、このコだよ」
友人はコンビニの雑誌を手に取り、それを僕に見せた。
「ふ〜ん、ショートカットでイイんじゃない?」
その時の感想はそんなもんだった。

それからしばらく経つと、内田有紀は一世を風靡するアイドルになっていった。
僕はよく内田有紀のラジオを聴いていた。
といって、特に内田有紀が好きだったわけではない。

ある日、夢を見た。
それはこんな夢。

僕が道を歩いていると、道端の植木から誰かが飛び出してきた。
「助けて下さい!追われてるんです!」
僕に助けを求めてきたその女性は、サングラスをしている。
僕はまだ、その人物が内田有紀だとは気付いていない。

周りを見渡すと、向こうの方で数人の男が人を探してしる様なそ振りで走り回っていた。
「そうですか、あの人立ちに追われてるんですね?分かりました、僕について来て下さい」

そこから二人の逃避行が始まった。
裏通りを走ったり、時には草むらに隠れたりしながら、逃げ続ける。

僕らが隠れている草むらの前に、追いかけてくる男が集まってきた。
「ちくしょう、どこへ行きやがった?この辺にいたような気がしたんだが…」
僕らは息を潜めていた。サングラスの女性とピッタリくっついてだ。
しかし、男達はたむろしたまま動かない。

僕は草むらの中でそっと囁いた。
「このままこうしていても、仕方ない。僕が囮になるから、あなたはタクシーでもつかまえて乗って逃げて」
そう言うと、僕は後ろから草むらを抜け出し、男達の気を引くために大声で叫んだ。

「あ、こっちに男達がいる!こっちに来ちゃダメだ!あっちへ逃げて!」
そして、隠れていた草むらとは逆の方へ走った。
「なんだと、貴様!お前が逃がしたのか!?」
男達が僕を追ってきた。

「君はそっちへ!」
僕は誰もいない方の道へと呼び掛け、僕は反対に逃げた。
男達は誰もいないはずの方向へ分散して追いかけていった。
僕はあまり体力に自信がない。
何人かの男がどんどん追いついてくる。

キキキーッ!

急に車が走ってきて、僕の横に停まった。
タクシーだった。
「こっちよ、早く」
サングラスの女性が僕を呼んだ。
「あ、君…。助けに来てくれたんだ」
僕は素早くタクシーに乗り込んだ。
「運転手さん、出して!」
間一髪で、追いすがる男の魔の手から逃れた。

「ふ〜、もう大丈夫だな。しかし、何だったんだろうな、あの男達は?」
僕はタクシーの中から後ろを振り返ったが、もう男達は追いかけてこなかった。

その時、一緒に逃げていた人物がサングラスを外した。
「あっ…」
僕は初めてそれが内田有紀だと気付いた。

サングラスを外して大きな瞳を僕に向けながら、内田有紀は語った。
「あの人達は、マネージャーや仕事の人達なんです」
「えっ?だったら逃げなくても…」
「無理やりに仕事を入れられて、わたしは休む間も与えられず、外に出るためにはもう逃げ出すしかなかったんです」
「そ、そうですか、大変なんですね」

「ありがとう、ここまで逃げれたのもあなたのお蔭です」
「いえいえ、そんな…。こうなったらどこまでもお供しますよ」
「……嬉しい…」

そこで目が覚めた。
もう妄想も甚だしい。まぁ夢だから…。
しかし、何でこんなにストーリー仕立てだったのだろう?

もちろん、起きたらファンになっていたさ。
パターンだな。
ニックネーム SNJ at 03:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 夢物語

夢物語4 〜宮沢〜

これは遥か昔に見た夢だが、思い出したので記しておこう。
それはこんな夢。

今回の登場アイドルは『宮沢りえ』だ。
宮沢りえは僕と同い年だ。
宗田理原作の映画『ぼくらの七日間戦争』に出演してた頃だから14、5歳くらいだろう。
まだ痩せてもいないし、サンタフェで写真も撮っていない。

宮沢りえ.jpg

その宮沢りえが、僕の夢の中に出てきた。
宮沢りえに対しては前述の映画に出てたくらいの知識しかなく、特にファンではなかった。

夢の中で、僕は川原でバーベキューをしていた。しかも一人だった気がする。
現実にはバーベキューなどした事もない。
その横で別組で大人の中に混じってバーベキューをしていたのが宮沢りえだった。

「これ食べない?」
宮沢りえが、隣でバーベキューをしている僕に訊いてきた。
美しい娘さんにそう言われて、僕はウキウキしていたと思う。
「あまり肉は好きじゃないんだけど…」
僕は当時は菜食主義だった。
「いいから食べなよ〜」
宮沢は薦めてくる。

いつの間にか子供同士、僕らは仲良くなっていた。
楽しいバーベキューになった。
そんな夢。

起きたら宮沢りえのファンになっていた。
そんな子供の頃の夢。
何故、川原でバーベキューなのかとか、解らない。
ニックネーム SNJ at 02:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 夢物語

夢物語3 〜田中麗奈っちゃん〜

昨夜、夢を見た。
それはこんな夢。

夢の中には、『田中麗奈』が出てきた。
オレンジジュースの『なっちゃん』のCMの人だ。
そのままアイドルっぽくいくのかと思いきや、女優としてがんばっている人だ。

何故か、田中麗奈が僕の家に遊びに来るという夢だった。
「どうも、田中です…」
「わたしも田中です」
「あっ…………」
「……くすっ」
「な、なんで僕の家に来たのですか?」
「ちょっと近くまで来たものですから…」

別に、遊びに来ただけですぐ帰っていくのだが、僕がもてなそうとお茶を淹れに台所にいくと、すでに彼女が自分で淹れていたりして、先を越される展開だった。
…よく解らない夢だが、夢の中で田中麗奈が正座しているなど、礼儀正しい振る舞いに、僕はすっかり感服したのだった。

田中麗奈は、なっちゃんのCMや、映画『がんばっていきまっしょい』の頃は、あまりあか抜けていない目の間の離れている子だと思っていたが、いつの間にか立派な女優になっている。
顔立ちも美しくなった様に感じる。

麗奈.jpg

どうやら僕は、田中麗奈のファンになっていたようだ。
ニックネーム SNJ at 01:26| Comment(4) | TrackBack(0) | 夢物語

2006年05月28日

5/21 試合

この前の日曜はフットサルの試合でした。
例によって、ビギナーズのクラスなのにビギナーのレベルではない方々が大勢出場していて、僕らのチームは大量失点で大敗しました。

ただ、ここ3大会ほどチーム自体のディフェンス力が落ちているので、引き締め直さなければいけません。
以前には、強いチーム相手にも守備で善戦し、勝ち抜いた事もあったのです。

どうやら、チームのディフェンスの考え方が人によって違う事が原因のようです。
僕は、ゾーンを敷いて規則を守って守備する考えですが、オールマンマークという考えの人もいて、そこでズレが生じます。
正直、オールマンマークは無理です。
代わりにゾーンプレスという戦術になるわけですが、これはゾーンを理解していないと、ただボールに群がるだけで逆効果です。

時間が掛かっても守り抜ければ良いわけで、相手のボールを一発カットしに行ったところをかわされて、空いたスペースを使われるケースはいただけません。

次の大会は、僕がなるべく声を出して味方にゾーンを敷かせるつもりですが、自分も走りながらだと周りが見えないし声も出せません。
なので、試合前の作戦会議をもう少し綿密に行いたいと思います。

まぁ遊びでやってるので、そんなに考えないでもいいのかもしれませんが、大量失点して悔しがるのは自分たちですから、チームの個人個人でお互いを補い合って守り抜きたいと思います。
ニックネーム SNJ at 21:37| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月21日

怪しいラジコンカーが…

先日、UFOキャッチャーで、1回100円の計500円掛けてGETした中国製の怪しいラジコンカー。

いったい何の車種だか分からないし、パッケージにも何も表記していないし、怪しい事この上ない。
もしかしてオリジナルデザインかと思っていたのだが、昨夜そのラジコンの車種をたまたま発見した。

ネットで調べ物をしていた時だ。
(あれ?何か見たことあるデザインだな…)
スポーツカーというより、レースカーといったデザインの車の画像を見付けたのだが、その時はまだあのラジコンカーと同一車種とは気付かなかった。

しかし、ふとラジコンの事を思い出したのだ。
(あのラジコン、一回走らせたまま埃を被ってるな…って、あれ?あのラジコンてこれじゃないのか?)

ラジコン.jpg

CADILLAC.jpg

その車種は、『キャデラック』だった。
自動車ショーで発表されたキャデラックのコンセプトカーだったのだ。
怪しいと思っていたラジコンがキャデラックと知って、急に自分の中の価値が上がった。
現金なものだ…。

ラジコンカーとキャデラックをよく見比べると、ラジコンカーは良く出来ている。
やるな、中国製。
ニックネーム SNJ at 20:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月20日

『おニュー』

僕が子供の頃、『おニューの儀式』というのがあった。
新しいクツをおろすと、友達から「おニューの儀式」と言って、クツを踏まれるのだ。
こちらとしては、たまったもんじゃない。
第一、友達のクツはイヌのフンを踏んだクツかもしれないのだ。
新品のクツを学校に履いていく度に、何度もやられた。
今でも子供はやってるのだろうか?

ところで、この変な儀式とやらは誰が考えたのだろう?
誤って新品を汚してしまった人が、言い訳としてそんな儀式と言ったのかもしれない。
みんなやってたから、テレビなどの影響であろうか?
全然わからない…。

違う方向から考えてみた。
英語風にだ。
『おニュー』は、『新しい』という意味なのだろうか?
『おフランス』とかみたいに、『お』を付けて面白おかしく言ってるのだろうか?

もしかして…、『おニュー』は『On You』ではないだろうか?
『オン・ユー』は、早く言えば、オニューと聞こえる。
英語をしゃべる人が、相手のクツを踏んで「On You」と言ったのではないだろうか?

例えば、こういうのはどうか。

江戸幕府が終わった頃、アメリカ人が、日本人が慣れてないくせに新しいクツを履いているのを見て、憎らしげに足を踏んづけた。
(このジャップが!ピカピカなクツを履きやがって!踏んで汚してやる!汚ねぇお前のツラと同じ様にな!オレの方が上なんだ!)
「I'm On You!
Ha-Ha-Ha!
It's American style」

それを聞いた日本人が、こう思った。
(オニュー?NEWは新しいという意味だから、おニューと丁寧に言ってるのか?向こうは笑ってるし。
こうやって新しいクツを踏むのが伝統なのかもしれない)

そんな妄想でした…。
ニックネーム SNJ at 11:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月18日

アメリカから玩具購入

アメリカの玩具店から買い物をしました。
通販です。日本に持ち込むには関税もかかります。多分、玩具類は3%ほどでしょうか。

通販を申し込んだのはG.W.が終わった頃でした。
その商品が、数日前には航空便で日本に到着していたようですが、税関の審査で留め置かれたのでしょうか、昨日やっと自宅に届きました。

購入時は、USドルが1ドル≒113円ほどだったのですが、ここ数日の円高により、昨日に至っては1ドル≒109円、もう少しで108円台に突入するところでした。

昨日あまりに円高ドル安になったためか、今日は円安が進んで1ドル≒111円半ば、下がれば上がるので、今現在は1ドル≒110円半ばになったようです。

ここ数日でアメリカの通販を頼むなら、昨日がベストでしたね。
買う時は何も考えずに購入しましたが、届いてからの明細を見ると、アメリカから買うなら昨日が良かったのです。もしくは先読みして一昨日。今日はダメですね。

僕が買った商品は100ドルほどで、輸送費が56ドルほど。円に換算すると、1万7千円は超えます。
昨日買ったなら、700円ほど安く買えたのです。目安の計算しかしていませんが。
本当は4月初頭に買う気だったので、その時は1ドル≒118円ほどだから、そこから見れば600円は安く買えたので良かったです。

でも、通販を頼んだ後で、日本でその商品が売っているのを見付けました。
輸送費を考えると、やはり1万7千円程度の通販では割高になってしまいます。
大量購入なら日本で買うより割安でしたが、僕は輸入業者ではないので、それは出来ませんね。
大量購入すれば、税関で転売目的と受け止められ、関税も違ってくるかもしれないし…。

以上、ただの買い物レポートでした。
ニックネーム SNJ at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2006年05月17日

Drive物語 〜白いぞ高いぞ、富士山〜

四国旅行に向かう時は真夜中だったので、東名高速を走っていても富士山は見えなかった。
帰りも夜だったので富士山の姿を拝む事は出来なかった。

前に山梨に行った時も夜になって富士山は見えなかった。いや、見えたのだが近すぎて見えなかったと言うべきか。
空の闇だと思ってたのが全部、富士山のシルエットだったのだ。
だが、その話はまたの機会にしよう。
今回の話は富士山自体を目的地にした話だ。

友人の西沢君が愛車『プレリュード』を購入してすぐの事だった。
十九か二十歳か、僕もまだ若い。

「慣らし運転で富士山に行こう」

4月を迎えた春真っ盛りの頃、富士山へのドライブが決まった。
参加メンバーは、僕と車の持ち主西沢君、そして浅野君と小野君という顔ぶれだった。
この内、小野君以外の3人は、プレリュードで横浜へも出掛けている(Drive物語6)。

早朝の出発だ。まだドライブ慣れしてない僕には早過ぎる時間だった。
何か、うちの親もその日はどこかへ出掛けるらしく、朝早く出て行った。

僕は前日遅くまで趣味の曲を作っていたため、あまり眠れもせずに出発したが、富士山への長距離ドライブにわくわくして眠くなかった。
あまりにわくわくしてのか、出発後1時間もしないのにおしっこ漏れそうになり、パーキングに寄ってもらったほどだ。
当時の僕は、道には全く詳しくなかったが、中央高速を通っていったのは覚えている。きっとトイレに行きたくて、次のパーキングの地名をよく見ていたのだろう。

富士山は五合目まで車で行ける。
富士スバルラインを上っていく。慣らし運転のプレリュードが唸りを上げる。
途中、馬を運搬する車(馬房車)の後ろに付く。
「馬だ!馬っ!ウマッ!」
突然の馬の登場に助手席の浅野君がはしゃいで、馬の写真を撮った。

やがて、雲が視界の下に見えるようになった。なんか不思議な光景だ。
すでに2000mは越えてるのだろう。

五合目まで行くと、まだ雪が残っていた。
五合目からの登山道は、雪に覆われて通行止めだ。
4月初旬だ。山開きもまだである。

よく見ると、雪の下には馬フンが残っている。
一冬を越えた越冬馬フンである。
雪が溶け出した頃が怖い…。
僕の横を、馬が手綱で引かれて闊歩していった。

僕らは少しだけ登山してみた。
雪が深くて登れないが、雪に足跡を付けれて楽しかった。
馬フンも少し踏んだかもしれない。
その足で西沢君の新車のプレリュードに乗り込んだ。

富士山を下ると、忍野八海で有名な忍野村に向かった。
忍野村は蕎麦処だ。
道々、蕎麦屋が多い。

忍野村から見る富士は、水車小屋越しの富士が有名だろう。
僕はふと思った。

(何か…ここに来た事がある気がする…)

デジャビュだろうか。
しかし、ここの水車や池には確かに見た記憶がある…。

(ここの富士山の形…何かに似ていた…。
……そういえば、僕が子供の頃に親指にできたイボが、先を引っ掻いて切り取ったら血がいっぱい出て…そして富士山の形になって…自分の親指のイボと富士山を並べて見比べて…噴火してマグマが流れて、いや血が流れて…)

そんな妄想…。
思い出した…。
3、4歳の子供の頃、夏に家族でここに来ていたのだ。
どうりで水車小屋にも池にも見覚えがあったわけだ。

富士山は、登るのもいいが、富士山と離れた所から何かと対比して見ると、なお良い。
池に映った逆さ富士。
桜越しの富士山。
水車小屋と富士山。イボと富士山…。

僕はそんな記憶を思い出しながら、帰路に着いたのだった。
プレリュードも無事に慣らし運転できたし、よかったよかった。

家に帰ってから親に忍野村の事を話すと、僕が子供の頃は忍野村の旅館に泊まりに行ってたという。
そして…、何と親もその日に忍野村に行っていた。
水車小屋の写真も撮ったらしい。だから朝早く出掛けてたのか。
危うく忍野村で出くわすとこだった…。


今回で『Drive物語』は50回となった。
ずいぶん書いたものだ。四国と青森と日光で稼いだかな。3つだけで、25回くらい書いてる。半分だ。
まだ旅行記録で書いてないのがあるが、どうも記憶が薄くなってきていて、書くに書けない。
思い出したら書こう…。
ニックネーム SNJ at 23:39| Comment(5) | TrackBack(0) | Drive物語T

2006年05月16日

地元の駅にて

四国旅行から戻ると、飲み会が待っていた。
旅行に行った僕と小野君、そして、置き去りにされた浅野君とマナブ君の4人が集まった。

旅行のみやげ話などを肴に飲んだ後、ゲーセンで2対2のエアホッケーをやった。
得点するのはマナブ君だけで、他の3人は何も出来なかった。
あまりにもお粗末だ。酔っ払っていたのだろうか?

UFOキャッチャーもやった。
マナブ君は1800円使って、ピンクの可愛い腕時計を一個GET。狙ってたのは違う時計だった。
僕は500円使ってラジコンカーをGETした。
何の車種か分からない中国製のラジコンだ。電池を5個も使う燃費の悪いラジコンだ。
家で走らせてみると、けっこう速かった。


飲み会の二日後、平日の昼間に地元の駅でマナブ君にばったり出会った。
僕は内心思った。
(しまった!)

別にしまってないのだが、二日前に飲んだばかりなので、何か気まずかった。
マナブ君は僕に気付いていないようだったので、そのままやりすごそうと思ったが、階段で会ったので、すれ違いざまに真横に来る。
それでつい声を掛けてしまった。

「よう、マナブ」
「あっ」
「これから仕事?」
「今日は休みだから買い物に行くんだ」
「そうか、じゃあね〜」
「あぁ」

昔、二人とも失業中だった頃に、平日の昼間にテニスやらキャッチボールやら遊びに行ってた同士だ。
平日の昼間に会うのは、それを思い出してか気まずいものがある。
あっさり別れた。
ニックネーム SNJ at 20:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 街角・日常編

2006年05月15日

MURAMASAの復活

去年の12月に壊れた、お気に入りの10.4インチ液晶のノートPC『MURAMASA』を、3月末になってようやくビックカメラに修理に出した。
MURAMASA自体が、ビックカメラ限定モデルの青いヤツなのだ。

4月初めに見積もりの電話が掛かってきて、マザーボードを交換するため、修理代が4万6千円ほどと言われたが、そのまま修理をお願いした。高いが仕方ない。
一ヶ月ほどで修理できるとの事だった。

一ヶ月後…。
僕は、高知県の四万十川のほとりを運転していた。
あまりの景色の素晴らしさに車を停め、四万十川の川原に下りた。
ふと、携帯を見ると、いつの間にかにビックカメラから留守電が入っていた。
留守番センターに問い合わせると、女性の声で、

「こちら、田中様のご携帯でしょうか?
わたくし、ビックカメラの修理担当ワカバヤシと申します。
お預かり致しましたノートパソコンの方が、修理を終えましたのでご連絡させて頂きました。
修理内容がマザーボードの交換ということでしたが、修理代金の方が…」

そこで、留守電の録音が途切れていた。
前置きが長すぎて、録音時間が過ぎてしまったのだろう。
録音設定が30秒くらいになっていたのかな?


僕から、ビックカメラのその番号に折り返し電話してみた。
「はい、ビックカメラでございます」
男性が出た。
さっきの電話の女性は、『若林』だか『中林』と名乗っていたので、「先ほどお電話頂いた田中と申しますが、若林さんだか中林さんにお取次ぎ下さい」と伝えた。
「少々お待ち下さい」

♪ビ〜ックビックビックビックカ〜メラ♪

ビックカメラのテーマが流れる。
「いい品安い!」
音楽の向こうに雑踏や商品の宣伝が聞こえる。

「はい、お待たせいたしております」
元気な女性の声で、そう聞こえたので、僕は先ほど電話をくれた人かと思ってしゃべりだした。
「先ほどお電話を頂いた田中と申し…」

「申し訳ありませんが、もう少々お待ち下さい」
♪ビ〜ックビックビック…♪

録音テープの音声案内だった…。
一方的にしゃべった自分が恥ずかしい。

「はい、お待たせいたしております」
「ああ、先ほど電話を頂いた…」
僕はまたしゃべり始めた。

♪ビ〜ックビックビック…♪

また先走ってしまった…。

そうしてやっと電話に出たのは、最初の男の人だった。
「今、席を外しているようなので、またこちらから掛け直します」

また掛かってくるようなので小野君に運転を代わってもらった。
なかなか電話が掛かってこないまま走っていると、いい景色があったので、また車を停めた。
そこでやっと電話が掛かってきた。これなら僕が運転しててもよかった。

電話をくれた人は、「はい、ビックカメラの渡辺です」と名乗った。しかも男性だ。
「あれ?渡辺さん?若林か中林という名前の方はいらっしゃいませんか?先ほどお電話頂いたのですが。女性の方でしたよ」
「ああ、若林ですね。若林は男です」
「えぇ?男性?さっき電話くれた方は女性でしたが」
「電話はこちらから掛けたのでしょうか?」
「そうです、女性の声で留守電にメッセージが入ってました」
「ああ、では、こちらの手違いですかね。若林は今日は休みです」
「そ、そうですか…」
「どうもすみませんでした」

電話が終わった。
向こうの電話に出る人が変わったりしたせいで、どうも通じなかったようだ。
たぶん、修理担当が若林という人で、電話をくれた女性は連絡担当だったのかもしれない。それで『若林』の名前を使ったのだろう。

旅行から戻ると、自宅に連絡があったらしく、ノートPCは無事に僕の手元に戻ってきた。
マザーボードが交換されたらしいが、ハードディスクは無事だった。
またインストールし直しかと思っていたので、そこは助かった。
しかし、旅行帰りに4万6千円の出費は痛かった…。
ニックネーム SNJ at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 街角・日常編

2006年05月14日

Drive物語・四国編13 〜5/3 四国旅行終了〜

いくら待っても事故渋滞は解消されなかった。すでに1時間以上経つが、1キロも進んでいない。
とりあえず、ガソリンを入れがてらパーキングに寄った。
パーキングを出てもまだ渋滞だ。

少し、進むようになってきた。ナビでは相変わらず事故渋滞と伝えられている。
渋滞開始から2時間ほど経って、トンネルが見えてきた。
トンネルの入り口に『追突注意』の看板があった。
事故現場はトンネルを入ってすぐのとこだった。

一車線を塞ぐ状態で3台の車が停まり、それぞれが後部を損傷していた。玉突き衝突の事故らしい。
警察が実地検分をしている横で、若者たちが携帯で電話をしている。
「こいつらか〜。車間距離とれよな〜」

そこを過ぎると渋滞は解消された。
ほんと1箇所、一車線が数十メートル塞がれただけで、あのように3キロほどに渡って動かなくなるとは、渋滞とは不思議なものだ。

そこからはスムーズに進んだ。
千葉への到着予想時刻も、どんどん短くなる。一時は明日の夜までいったものの、どうにか朝には帰宅できそうだ。

岐阜県から愛知県にかけて2箇所の渋滞があったものの、サービスエリアで食事中に渋滞は消えた。
来る時はガソリン切れのピンチだった区間をすいすいと走り抜ける。
到着予想は2時半になった。

夜になり道は空いてたが、問題は疲れだった。
僕と小野君で、交替で運転していたが、当初の「2時間ごとに交替しよう」の予定から、1時間半で交替、1時間で交替と、交替のサイクルが短くなっていった。
片方が運転している間に、片方が仮眠する。ヘミングウェイならぬカミングウェイだ。

僕は前日の山道にやられすぎたのか、精神が限界であった。
道路の白線ギリギリを走っていたら、眠気防止の白線に乗り上げた。

ガクガクガクガク

普段ならギリギリに寄せられるのに乗り上げた。やはり、細かい運転ができなくなってる。
箱根越えからの最後の2時間は小野君に運転してもらい、僕は寝た。

起きる度に、千葉が近くなってゆく。ありがたい。
首都高も空いていたし、渋滞はまったくなかった。まぁすでに深夜2時近いのだから。

そうして、無事に千葉の柏まで戻ってきた。
僕は、家の前で大量の荷物と一緒に降ろしてもらい、小野君はRAV4と共に帰っていった。
帰宅時刻は2時半をすぎていた。ほぼナビ通りだ。
僕は風呂にも入らずに、歯を磨くとすぐ、倒れるように眠りにつくのだった。

今回の総走行距離は2500kmを上回った。
交通費も6万を軽く超えた。
強行軍だったが、毎日いろいろなところを見れて、知らない場所も知れたし、十分すぎるほど運転したし、充実した日々だった。
毎日、宿を変えていったのも面白かった。
四国で一番すごかったのは、やはり『四国カルスト』だったかな。
夢に出てきたくらいのインパクトだった。

お遍路さんが何人も歩いていたのも、初めてみる風景だった。
テレビでは観たことあるが、実際に歩いているのを見ると、すごいな〜と思う。
懺悔することでもあるのか、再出発のためか、事情はいろいろあろうが、尊敬する。
僕らは車で横を抜いていっただけだから。

四国には、最も標高の高い『石鎚山』というのがあり、その近辺には『面河渓(おもごけい)』という渓谷が広がっている。
四国カルストの近くなのだが、時間の都合で行けなかった。
もし、また四国を訪れることがあれば、ぜひ見てみたい場所のひとつだ。

そういえば、この旅の間、何度か松山千春の曲を聴いていた。
曲名は『めぐる季節』。名曲だ。
『松山』まで『千』葉から行く、『春』の『季節』に。そして四国(四季に通ずる)を『めぐる』という暗示だ。
無理やりだが。

これにて、3泊5日の四国の旅を終わります。
ニックネーム SNJ at 10:51| Comment(3) | TrackBack(0) | Drive物語T

2006年05月12日

Drive物語・四国編12 〜5/3 今治から帰路に〜

松山城を見終えると10時半。
次に向かう先は今治城だ。

運転は小野君だ。松山市内は行きも帰りも僕は運転しなかった。
ガソリンスタンドに寄ると、店員さんが「千葉から運転して来たんですか?大変ですね」と言ってきた。
僕らはびっくりした。
マイナーな『野田ナンバー』なのに千葉県のナンバーと分かるとは、さすがにスタンド店員だ。

途中、『坊ちゃん』で有名な道後温泉を抜けていく。
道後温泉にも入って行きたかったが、今回は温泉はなしだ。
僕は朝、ホテルの露天に入ったので、まぁ良しとしよう。
松山市内には、高知市内と同じく路面電車が走っていて、目を楽しませてくれた。

今治城は、築城の名手『藤堂高虎』によって築かれた。
瀬戸内海に臨み、向かいに来島海峡を挟んで芸予諸島の島々が点在する海洋交通の要のような城だ。
海水を引き込んだ大きな堀は、平城ながらも堅固な城であったことを彷彿させる。

ちなみに、昨日行くのを断念した宇和島城も高虎の築城だ。
高虎はいくつもの城を残している。
『藤堂高虎』という名前もカッコいい。

高虎.jpg

今治城の天守内部は、完全に博物館となっている。
戦国の歴史だけでなく、今治市の歴史、四国の歴史、生物、鉱物など多岐に渡って展示してある。
城としてはイマイチかもしれないが、博物館だと思えばけっこう面白かった。

いまばり.jpg

今治城を見終えると、いよいよ伊予(愛媛県)から帰路に着く。
しまなみ海道は渡らずに、高松経由にした。
先に本州側に渡ってしまうと混んでいるかもしれないからだ。

時刻は1時半。
運転は僕に交替だ。
高速に乗って東に向かうが、うどんが食べたくて、高速を下りてうどんの店に立ち寄った。

二人とも釜揚げうどんを食べた。
火のついた釜ごと運ばれてきて、そこからすくってつゆに浸けて食べるのだが、とても熱かった。
濃厚なくらい味のついた昆布だしが美味しかった。

高速を下りたとこは、『こんぴらさん』でお馴染みの琴平町に近かった。
うどん屋の店員さんが、こんぴらさんや善通寺を薦めてくれたが、寄ると今夜中に帰れなくなるかもしれないので、寄らずに帰った。
本当は高松城や栗林公園にも寄りたかったが、諦めた。

また運転を小野君に替わり、四国を出た。
淡路島を渡る。もう四国は見えない。
相変わらずフロントガラスは鳥のフンと虫の死骸だらけだ。
毎日2回は拭いているのだが…。

本州に入った。
明石市から神戸市に向かうと、渋滞が起きていた。
ナビ情報によると、数キロ先で事故のため渋滞しているらしかった。
松山からここまではスイスイ来たのに、まったく進まなくなった。
ナビに表示されてる千葉への帰宅時間が、当初は12時半だったのが、2時、3時と遅れていく。

4、5、6、7、9、11…14時。翌日の昼を越えた。
そして夕方5時、ついには夜の8時になった。
まぁ、この渋滞を考慮した平均速度からの算出だから、そこまではいかないと思ってたが、明日の朝にはなるんじゃないかと覚悟した。
5月3日、ゴールデンウィークなのだから…。

   〜続く〜
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2006年05月11日

Drive物語・四国編11 〜5/3 松山城に登る〜

松山の夜はゆとりを持って、持参したPS2でゲーム三昧。
昨夜のサッカーゲームの借りを返すべく、僕はスペインを使って小野君と対戦した。

拮抗っした勝負だったが、やっぱり負けた。
やがて、小野君が弱い国を使い始めると、僕のスペインはやっと勝つことができた。
さすが、無敵艦隊だ。

そこに千葉に残してきた友人の浅野君から電話が入った。
メールだけでは飽き足らずに、ついには直接電話行使に出てきた。

浅野「おお〜、そっちどうよ〜」
僕「今日は松山に来てて、今はサッカーゲームでこてんぱんにやられてるよ」
浅野「いいなぁ、オレも行きたかったなぁ」
僕「そうだね、今回は長旅になるから都合がつかず、みんなで来れなかったので残念だったよ」

小野君に代わった。
浅野「おお〜、楽しそうだな〜」
小野「今日も酒飲んでるよ。旅に出てから毎晩飲んでる」
浅野「オレも飲みたいよ〜。今度飲もうよ〜」
小野「いいよ、帰ったら飲もう」
浅野「やった〜、じゃあまたね〜」
飲み会が決まった。

遊んでいる内に夜も更けた。
風呂に入ると、もう1時になろうとしていた。また寝不足になりそうだ。

部屋の外を見ると、松山城のある山がすぐ目の前にある。
鬱蒼と繁った森になっていて、松山城は見えない。
予定では、松山城の天守閣が見えると思っていが、残念ながら近すぎて見えない。
窓を開けていても、ただ虫が入ってくるだけだった。
まぁいい、明日は松山城に登って、天守閣から松山市街を見下ろしてやるつもりだ。

ベッドに横になってラジオを聴いていたら、目が冴えて眠れなくなった。
地元のラジオのしゃべりを聴いてみたかったのだ。
実は関西に来てからというもの、店員さんの対応が丁寧なのに驚いた。
語尾の「〜ます」を、「〜ますぅ」と強調してしゃべるせいか、ものすごく丁寧に感じる。
関西以西から東京に来た友人が、東京の店員は冷たいと言う意味が分かった。

東京の若い店員は、語尾をはっきり言わない人が多い。
「525円になっス〜」みたいな。
なので、僕は関西や四国の言葉遣いにメロメロになっていた。
もし、若い女性の店員がそんな言葉遣いをしていると、みんな美人に見えてくる。


さて、朝6時半に起きると、ここがどこだか分からなかった。
頭も痛いし、疲れが溜まってダルい。昨日の山道の運転がかなり堪えたようだ。
きちんと睡眠をとらなかった事を後悔する。
旅は今日で最後だ。何とか乗り切ろう。

宿泊したホテルは別館扱いで、本館に行くと大浴場や露天風呂がある。
なので、7時からの朝食のバイキングを手早く済ませると、僕はひとりで本館の屋上にある露天風呂へ向かった。

本館までは80mほど歩く。朝の散歩がてらの朝風呂だ。
でも、松山の朝は寒かった。

屋上の露天風呂は、奥道後温泉からの湯引きと書いてあった。
『坊っちゃん』で有名な道後温泉は、松山城から東に2kmほど行ったとこにある。

露天に入ると、風が冷たくてなかなか出られなくなった。
温まったと思って立ち上がると、吹き抜ける朝の風に冷やされ、また湯に浸かる。
そうこうしてても時間がなくなるので、頑張って湯から出た。
服さえ着れば大丈夫だ。別館に戻る道は、歩いていて寒風が気持ち良かった。

小野君と合流すると、ホテルに車を置いたまま、歩いて松山城へ向かった。
松山城へはロープウェイもあるのだが、僕らは裏手から歩いて登った。
これがまたキツイ登りになった。石段をいくら登っても松山城が見えてこない。

石段.jpg

僕は歩き疲れてヤケになり、走って登っていった。
そうして天守閣の見える広場に出たものの、僕は息が上がって座り込んでいた。

動悸が激しい。呼吸も苦しい。急に走ったせいか、めまいもする。
さっき風呂に入ったのに、もう汗だくだ。
冷たい風が心地よい。
ゆっくりと登ってきた小野君は息は整っていた。
僕は登山には向いていない。

松山城2.jpg

松山城.jpg

松山城に入ると、残念ながら改修中で、城を覆うように鉄骨が組まれていた。
瓦の並べ替えをしているらしい。
天守閣に登ると、窓の外はシートで囲われていて、街並みを見ることは出来なかった。
シートの隙間からかろうじて街並みが見える。

改修中.jpg

松山城からの下山はロープウェイにしようと思っていたが、小野君が歩いて下りると言うので、僕も歩いて下りることにした。
いや、走って下りるの間違いだ。

ダダ〜ッと、走りながら下りていく。
登りよりは楽だ。
タン、タン、タン、タンという走りのリズムが、歩きのリズムより安定する。
階段の曲がっているところで、きちんとターンされ出来れば、あとは石段で転ばないようにしさえすれば、重心移動を止めることなく下っていける。
息は上がるが、重力によるベクトルより進行方向へのベクトルが大きいので、膝への負担は少ない気がする。勝手な自論だ。

途中で年配の夫婦が登ってくるのに出くわした。
夫婦「あとどのくらい登りますかね?」
僕「あと、2回ほど曲がれば見えてきますよ。頑張ってください」
夫婦「ありがとうございます」
僕はまた走って下りていった。
2分も掛からずに下りきった。

数分後、小野君が下りてきた。
「そんじゃ行くか〜」
僕は一人だけ汗だくになっていた。また風呂に入りたい…。

   〜続く〜
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2006年05月10日

Drive物語・四国編10 〜5/2 四国カルスト〜

ヤギと遊んだ牧場から緩やかな上り道が続く。
その牧場が眼下に見下ろせる道だ。

やがて牧場が見えなくなった。
代わりに、視界が開けた。
いま走っている道から、遠くの山々が見える。
道の横を覗き込むと、切り立った崖になっている。
ガードレールこそあるものの、自分が今いる場所が、かなり標高が高いんだと分かった。
その道は、まだまだ上っていく。
ここまで随分と上って来たのに、まだ上るのかと思った。

ただ、景色は素晴らしい。
でも、崖は怖い。

カルスト2.jpg

のぼり続けると売店が見えてきた。
そこが、四国カルストのほぼ中央部分に当たる『姫鶴平(めづるだいら)』。
乳牛であろうウシたちが、そこかしこで草を食んでいる。

高原らしい草木の間に、風雨によって侵食された石灰質の岩が林立している。
『カレンフェルト』と言うらしい。
ウシが草を食べまくっても、枯れん増える、と。

ウシの中には、岩場の崖っぷちで草を食べてるヤツもいる。
ウシの中にも冒険心があるヤツがいるのだろうか?
草に夢中で、落ちるとか危ないとか、何も考えてないのかもしれないが。

カルスト3.jpg

ここには風車などもあり、景観も最もキレイであろう。
遠くの山々が存在感ありすぎて、遠いんだか近いんだか分からなくなってくる。
それほどのスケール感だ。こんな風景、今まで見た事ない。

車を降りると、すごく寒い。
半袖で写真を撮ってる内にすっかり冷えて、長居せずに車に乗り込んだ。
寒いが景色はホントに素晴らしい。今まで見た高原の中で一番圧倒された。

姫鶴平からさらに上って行くと、五段高原、天狗高原と続く。
五段高原に向かう道は、岩場を切り通したような道で、まるで岩の間から空に昇っていくんじゃないかという錯覚に陥る。

RAV4.jpg

天狗高原まで来ると、ここが四国カルストの東端になる。
さきほど寄ったヤギのいる牧場が西端だ。
後で調べると、天狗高原が標高1500mほど、牧場が1000mほどだった。どうりで寒いはずだ。

天狗高原からは左折して、愛媛県に入った。
まぁ、四国カルストの道が、ほぼ県境と重なっているので、普通に走っていれば高知県と愛媛県を行ったり来たりしている事になる。

今度は下りだ。
道にはかなり落石があり、カルストの岩盤が脆いものだと分かる。
スピードを出していると、散らばった落石に乗り上げかねない。
かなり大きな岩も落ちているのだ。

下りでまた勝手にスピードが上がる。
ブレーキを掛けつつ進むが、またブレーキが悲鳴を上げだした。
今日はブレーキを酷使しすぎている。

キキキキキ、キキキキキ

ギアはセカンド、落石を避けて、時に対向車線にはみ出す。
夕暮れが迫ってきたせいもあるが、木々に覆われて道は薄暗い。
ガードレールもないが、たとえ落ちても木に引っ掛かって崖下までは転落しなさそうだ。
もし夜になったら、こんな道は走れたもんじゃない。

そう言えば、プリンを食べた牧場の喫茶店で年配の夫婦が、「これから松山の方へ向かうのだが、どの道を行けばいいのか?」と、美人な女将さんに尋ねていた。
あの年配のご夫婦は、この道を通っていったのだろうか?
それとも、もっと緩やかな道を通って行ったのかもしれない。
僕らは、落石の多いその危険な山道を下っていく間、一台も対向車とすれ違わなかった。

奇遇にも年配のご夫婦と同じく、僕らの行き先も松山だった。
『カルスト→松山』のパターンは結構あるのかもしれない。

やっかりな下りを終えると、僕の神経は限界だった。
小野君に運転を替わってもらう。
僕が自分から、疲れたから運転を替わってくれと言うのは珍しい方だと思う。
それほどに、足摺岬から山を越えて四万十川の遡り、龍馬の脱藩逃走路から四国カルストへの上り、そして落石だらけの下りと続く道のりは険しかった。

あとは小野君に任せて、僕は松山までのんびりと窓の外でも見ていよう。
今夜の宿は松山市内、松山城の裏手に予約してある。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 23:59| Comment(0) | Drive物語T

Drive物語・四国編9 〜5/2 上り続けて牧場〜

僕らは宇和島城に向かっていた。
でも…、でも城はすでに、彦根、和歌山、高知と見てきている。
桂浜の闘犬も観なかった事だし、宇和島の闘牛も今回はなくてもいいか。
そう考えている内に、RAV4のボンネットを四国カルストに向けた。

これで行き先は四国カルストに決まった。もう宇和島には戻れない。
ナビが道を検索した。
その道の通りに進んで行くと、やがて細い山道に入った。
(足摺、四万十に続いて、また細い山道かよ〜)

今日はずっと山道を走っている気がする。
昨日は大歩危・小歩危、一昨日は九度山に六甲山と、この旅はずいぶんと山道を走っている。
高速、山道、高速、山道といった感じだ。

この四国カルストに続く道、今まで一番の難所だった。
勾配はそうでもないが、道が細い上に、カーブではミラーがないので先が見えない。
ゆっくりと進むしかなかった。
もちろん、横は崖である。
細い沈下橋を難なく渡った僕だったが、橋は直線だ。ここではかなり神経を磨り減らした。

『坂本龍馬、脱藩の道』
道端にそんな表記があった。
どうやらこの道は、龍馬が土佐藩から逃げる時に通った道らしい。
前日に、龍馬記念館の資料で見た道だ。
そりゃあ細くて当たり前だ。龍馬が逃げ道として選んだのだから。

さらにどんどん上っていくと、嫌な看板が見えた。

『行き止まり』

僕「何〜っ!?行き止まり!?ホントは行けるんじゃないの?」
小野「ダメだ。道が崩れてるって書いてある」
今来た道をバックで引き返さないといけないかと思ったら、横手から細い道が上の方に延びていた。
ナビで拡大してみると、ナビにも表示されている道だ。行き止まりの先に通じてそうだ。

何とか迂回し、また上る。
どんどん上る。
いったい何メートル上ったのかと思った頃に、やっと広めの道に出た。
本来なら、そちらの大き目の道が正規のルートなのだろう。
ナビは距離優先だ。

そして、四国カルストの看板が見え、山肌の石が石灰質の石になってきた。
いよいよカルストっぽい。
牧場を通りがかった。
休憩がてら、牧場の喫茶店に寄った。
車を降りると寒かった。ずいぶん標高も高いようだ。
喫茶店の女将さんは若そうで美人だった。

喫茶店では、小野君は牛乳とプリンを食べた。
僕はチーズケーキとプリンにした。
小野「ケーキにプリン?そんで飲み物なしか。変な組み合わせだなぁ」
ケーキもプリンも濃厚で美味しかった。

牧場.jpg

僕らは、この牧場が四国カルストかと思って、牧場で遊んでいった。
ヤギの親子が放牧されていて、子ヤギが僕に近寄ってきた。
触ろうとすると、逃げた。なかなか難しい。
他に、柵の中にはポニーや鹿やイノシシがいたが、ちょうど食事の時間で、草を食べるのに夢中で僕には寄って来なかった。

ヤギだけが、僕に興味を持ってくれてる。
母ヤギが近寄ってきて、僕の手を舐めた。
きっと、足摺岬など歩き回ったので汗をかいていたのだろう、手に塩っ気があったのかもしれない。

母ヤギはベロベロと僕の腕を舐める。たまに痛くない程度に少し噛んでくる。
それを見た子ヤギも、僕の手を舐め始めた。
ヤギに囲まれ、舐められ続ける。

母ヤギなんか、僕の髪を食べようとしたのか、耳にフーフーと息を吹きかけてくる。
子ヤギは、僕のクツ紐を食べ始めた。
口から出させても、また噛み始める。
母ヤギは今度は逆の腕を舐め始めた。
子ヤギは母ヤギの下からクツ紐を噛んでくる。母ヤギの死角になって見えない。
僕は母子の連係攻撃にたじたじだ。

牧場から出てきた時には、僕の腕は唾液まみれだった。
でも、それが何だか少し楽しかった。

僕「さぁて、四国カルストも見たし、今度は下山か〜」
小野「地図で見ると、ここはカルストの端っこみたいよ」

なんと、四国カルストはここではなかった。
そこはまだ四国カルストの麓と言ってもいい場所。
牧場の背後に見えるゆっったりした勾配が、カルストへの玄関口だった。
果たして四国カルストとはどんな場所なのか?…。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 03:06| Comment(2) | Drive物語T

2006年05月09日

Drive物語・四国編8 〜5/2 最後の清流・四万十川〜

足摺岬からは小野君に替わって僕が運転をした。
足摺スカイラインという道を通る。
足摺に来る時に走った道は狭すぎだったが、こちらはスカイラインと名付けてるだけあって、二車線ある。

しかし、スカイラインの名のイメージとは違って、急な上りだった。
アクセルを開けてもRAV4が加速していかない。
ミニバンが後方に迫ってくる。
僕はフル加速をしている。それでもミニバンは迫ってくる。
先に行かせてあげようと思ったら、ミニバンは曲がったのかいなくなった。

どんどん上ると、左右に素晴らしい景色が広がった。
足摺半島は付け根がくびれているので、山の上からは左右に海が見渡せるのだ。
「すっげ〜」
僕らは驚くしかなかった。

上りが終わると、もちろん下りが待っている。
下りも急だ。
カーブでブレーキを掛けても、すぐに加速していく。
アクセルは踏んでいない。
僕らは驚くしかなかった。

またミニバンが後方から迫ってきた。
さっきより重そうなミニバンだ。
抜かれた。
まぁ先に行かしたのだが。
そしてミニバンは視界から消えた。すごい速さだ。
僕らは驚くしかなかった。

こちらは相変わらず、50、60、70kmと重力によって加速していく。
RAV4は1300kgもないのだが、乗ってる僕らが重い。
やがて、ブレーキの掛け過ぎで、ブレーキが軋み始めた。

キキキキキ、キキキキキ

嫌な音だ。
少し踏んだだけでも、音がするようになった。
万が一、ブレーキが利かなくなったら、谷底が待っている。
ギアをセカンドに入れ、40km以上出ないようにした。

そうしてやっと山を下りてきた。
次に向かうは、日本最後の清流『四万十川』だ。

元々は今回の旅は、この四万十川が見たくて企画された旅だった。
本来なら、四万十川でカヌーで川下りをする予定だったが、それをやると丸一日潰れるので、残念ながら却下してしまった。
それより、たくさん回る方を選んだのだ。

四万十へ向けては、またのどかな道が続く。
お遍路さんも多くなる。
(こんな道を歩きで、大変だろうな〜)
そう言えば、足摺では自転車に乗ったお遍路さんや、バイクに乗ったお遍路さんを見た。
あの格好でバイクは、正直、僕らは驚くしかなかった。

四万十川が見えてきた。
まだ下流なのでキレイには見えない。
どんどん上流に遡っていくと、道の下に橋が見えてきた。
橋の方へ下りていくと、ものすごく狭い。
橋の幅は2.6mほどだろうか。欄干もない。RAV4は1.7mある。
助手席の小野君は思った。
(ここは渡っていけないな…)

その想いを無視して、僕は橋を渡り始めた。100mくらいの長さだろうか。
(そんなに狭くないなぁ)
僕はそう思って、欄干のない橋をそれなりのスピードで渡っていく。

橋の真ん中は少し広くなっていて、人と車がすれ違える。
何人かがそこで川を見ていた。
そこで初めて僕は狭いと感じた。
無事にすれ違い、橋を渡りきると、路肩に車を停め、川原に下りていった。

沈下橋.jpg

端には『沈下橋』と書かれている。
これは、大雨などで増水した時に、橋が水中に沈むようにできてるためだ。
水圧で橋が壊されないように、欄干がないのだ。
橋自体の厚みも、薄く作られている。
僕の後ろに走ってきた車がまだ橋を渡っている。ずいぶんと慎重な運転だ。
まぁ、それくらい狭いのだろう。

川の水は冷たくなかった。
水面に石を投げた。

ドッポ〜ン!

また投げた。

ドップ〜ン!

次々に投げた。
飽きた。
周りの景色は素晴らしい。ずっと見ていても飽きないほどだ。

車に戻ると、小野君にビデオカメラを持たせて橋の真ん中に行ってもらい、僕がそこに向かって車を走らせていくという映像を撮った。
家に帰った後にその映像を観ると、僕が運転してるRAV4のタイヤが橋の端スレスレを通っていた。
どうやらやっぱり、かなり狭かったようだ。
僕は驚くしかなかった。

また上流に向けて走ってくと、また沈下橋があった。
先ほどよりは広めの橋だ。
また川原に下りていった。

小野君が言った。
「橋の向こうは何もないみたいだな」
という事で、今度は渡らなかった。
後日、小野君の話を聞くと、「またあんな狭い橋を渡られたら、たまったもんじゃない」とのことで、渡ってもつまらないということをアピールしたようだった。

その後も沈下橋はいくつかあった。
そして、分岐点に来た。
友人の国貞君が、僕らが四国に行くと知って『四国カルスト』なるところを勧めてきたのだが、僕らは西に向かって『宇和島城』に行こうと考えていた。

宇和島城は、伊達政宗の子、秀宗が移封された城だ。
築城は藤堂高虎だ。秀宗の前は高虎が治めていた。
小野君は伊達家のファン、僕は高虎好きだ。

しかし、四国カルストに行くと宇和島城は行けない。
宇和島周りだと、四国カルストは夜になりかねない。
両方は行けない。
どちらに行こうか決めかねながら、僕らは少しずつ西へ向かっていた。

北に向かえば四国カルスト、このまま西に向かえば宇和島城だ。
果たして僕らはどちらに向かったのか…。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 01:13| Comment(2) | Drive物語T

2006年05月08日

Drive物語・四国編7 〜5/2 岬めぐり〜

朝6時に起きようと思ってたら、5時半前に千葉に残してきた友人の浅野君からメールが来た。
その着信音で目が覚めた。浅野君は相変わらずの早起きだ。

「千葉は天気が悪い」

メールにはそう書いてあった。
外を見ると、ここ高知は天気が良い。旅に出てからというもの、行く先々ずっと晴れている。
僕は運転疲れと登城疲れと寝不足で、晴れ晴れしい寝起きではなかった。

今日は早めに7時には出発する。
四国最南端の足摺岬まで行くためだ。
同じ高知県内なのに、地図で見ると距離がある。3時間はかかるだろう。
この後の予定のためにも、足摺は午前中に回っておきたい。

高知市内を出るとすぐ高知自動車道に乗る。
今日も鳥のフンがフロントガラスに落ちてきて飛び散った。
高知道はまだ建設途中なのか、足摺までの距離の半分も行かない内に終わってしまった。
そこから延々とのどかな道が続く。
僕は寝た。

目覚めると、海が見えていた。
細い分かれ道があった。ナビはそちらを示している。
小野「ホントにこんなとこ入っていくのか?」
僕「そうだね。ここを入って行けば海沿いに行けるんじゃないのかな」

細い道を入っていくと、ガードレールもない道だった。
対向車も来ない。
狭いし、崖だし、木々に囲まれてるし、小野君の運転も慎重になる。
普通は足摺岬に行くのに通らない道なのかもしれない。
ナビの中ではショートカットとして推奨しているのだろう。

小野君が運転に疲れてきた頃、やっと広めの道に出た。
視界も開け、海も真横に見える。
小野「これぞ、オーシャンビューだな」
僕「というか、うちらじゃオッサンビューだな」

その時たまたまカーオーディオから流れてた曲は、山本コウタロー&ウィークエンドの『岬めぐり』だった。
僕が用意してきた曲だが、偶然この場でかかるとは何と言うタイミングの良さであろうか。
普段、間の悪い僕にしては運がいい。
小野君に言わせれば、鳥のフンでウンがついたという事だろう。

♪岬〜めぐりの〜バスは〜走る〜
 僕は〜どうして〜生きて〜ェゆこう〜
 悲しみ〜深く〜胸に〜沈めたら〜
 この旅〜終え〜て〜街に〜ィ帰ろう〜♪

素晴らしい名曲の『岬めぐり』が流れているうちに、足摺岬に到着。
まだ10時半だ。思ったより早く着けた。
朝食を食べずに出てきたので、レストランで二人ともに、うどんを食べると、すっかり満腹になって足摺岬の先端へと向かった。

足摺岬.jpg

展望台からの眺めは素晴らしかった。
僕らの地元の千葉県銚子市にある『犬吠崎』と比べると、景観的に残念ながら犬吠崎の完敗だろう。
そういえば、前々日の4月30日には、千葉に残してきた友人のマナブ君がひとり寂しく犬吠崎まで遊びに行っていて、写真をメールしてくれていた。
マナブ『犬吠崎』、僕ら『足摺岬』。
僕らの勝ちというわけだ。

足摺岬2.jpg

岬の下を覗き込むと、すごい高さだ。
落ちれば、下の岩場でグッチャリいくだろう。
足もすくむ。あしずりならぬ、後じさり岬という事か。強引だ。
小野「なんか、運転してて足が攣っちゃったよ」
足つり岬。まぁ良しとしよう。

足摺岬の向かいには、四国八十八ヶ所めぐりの第三十八番『金剛福寺』がある。
背後に山を背負って、岬に向かい大海原を望む、なかなかの立地条件である。
お遍路さんも多い。
この岬に至るには山を越えて来なければならず、第三十七番からの距離も90kmあるらしく、歩きでお参りされるお遍路のみなさんには頭が下がる。
僕らは第一番の霊山寺にお参りしたっきり、間を飛ばして三十八番だ。しかも車で。

さて、足摺も無事に見れたし、次はまた北上していこう。
気温も上がってきて、駐車してあった車内が熱くなっている。
僕らも次々に現れる四国の素晴らしい景観にヒートアップだ。

当初の予定では前日の夜に、高知県の弧を描いた南岸の東端にある『室戸岬』にも行きたかったのだが、片道2時間半以上かかりそうで、観光してホテルに戻って来ると夜の12時を過ぎるので、行くのを断念した。
両方見てこそ、岬めぐりだったのだが…。

   〜続く〜
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2006年05月06日

Drive物語・四国編6 〜5/1 高知の夜〜

桂浜から高知市内に戻ると、日も暮れてきた。
僕がどうしても高知のトイザらスに寄りたかったので、トイザらスが入ってるイオンショッピングセンターに行ってみた。
ナビで見ると、一つの町内を占めているほどの大きさだ。とてつもなく広い。

実際、イオンに辿り着くと、巨大なショッピングセンターが広がっていた。
駐車場も広い。
建物内にも階層に分かれた駐車場があり、満車とは程遠い規模だ。
向こうの端が見えないくらいで、もう驚くしかなかった。

トイザらスの品揃えは関東と変わらなかった。当たり前だが。
ショッピングセンター内で回転寿司を食べた。
昼を抜いていたので、たくさん食べてしまった。

そして、ホテルへ着いた時には夜の7時半を過ぎていた。
小野君が酒を飲みたいと言うので、コンビニを探しに夜の街へと繰り出した。

大通りの方へ歩いて行ってみたが、コンビニはない。
延々と歩いてもない。
小野君が言った。
「案外、最初の道を逆に行ってたらコンビニあったかもな」
「あり得るな」
「そんで、一軒見付かると次々に見付かるんだ」
「そういう間の悪さってあるなぁ」
僕はしみじみ呟いた。

20分ほど歩いたところで、ローソン発見。
しかし遠すぎて、アイスを買っても溶けてしまうので、そこには寄らずに道を曲がり、駅の方へ向かった。

道は暗くなってゆく。高知駅の方なのに。
駅に着いたが何もなかった。
コンビニだけでなく、何もなかった。
何故か駅の横手にコンテナが置いてあったのは覚えてる。

駅からは、またホテルの方へ戻っていった。
酒の買い出しは諦めた。アイスも諦めた。
戻りながらもコンビニを探してたが、どこにもなかった。
あと50mでホテルだ。

あった!
コンビニがあった!
ホテルを出てすぐ右にあったのだ!

左に行ったのがそもそもの間違い。
ホテルの角からコンビニが見える。何故、気付かなかったのか?
さらにホテルの裏手にもコンビニを見付けた。
(そんで、一軒見付かると次々に見付かるんだ)
小野君の言った通りになった。
やはり僕らは間が悪い…。

酒とアイスを買ってホテルに戻ると、9時になろうとしていた。
1時間近く歩き回っていたらしい。お蔭で高知の街の土地勘がついた。

その後は部屋で飲みながら、サッカーゲーム対戦。
僕はPS2を持参していたのだ。
使うチームは、僕の好きなスペイン。
そのスペインが、小野君のチームに次々に負けてゆく。

PS2は僕が持参した。
サッカーゲームも僕が買ってきた。
僕はスペインしか使わない。
スペインの陣形や能力を知り尽くしてるつもりだ。

僕は4連敗した…。

11時半になって対戦がお開きになると、僕はまたデジカメのデータ写しや、このブログの更新をした。
フラフラになりながらも部屋の備え付けの風呂に入って出てくると、時刻は2時になっていた。
明日は6時起きだ。もう寝よう…。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 23:40| Comment(2) | Drive物語T

Drive物語・四国編5 〜5/1 土佐の国〜

大歩危・小歩危の山の向こうには、もっと険しい祖谷渓(いやけい)という魅力的な渓谷があったが、今回は立ち寄れなかった。
そちらを訪れれば半日は必要だろう。
僕らは高知自動車道を高知市まで駆け抜けた。

高知市内には路面電車が走っており、南国の植物が並んでいる。
千葉から来た僕には物珍しい風景だ。
しかし一方通行だらけで、車では走りにくい街だ。

今は大河ドラマの『功名が辻』のお蔭で、高知城も旬だ。
ここも山城なので疲れる。昨日から彦根、和歌山と登り詰めだから余計に堪える。

高知城.jpg

城内には山内一豊、妻の千代、板垣退助の像が建っている。
並び的に板垣が邪魔だ。像の高さはないが、手を上げてアピールしている。

千代.jpg

幕末の土佐藩主の山内容堂は、同じく四国の宇和島の伊達宗城、薩摩の島津久光、福井の松平春嶽とあわせて幕末四賢候と呼ばれる。
政治の手腕が優れ、人柄も尊敬されていた。
四人の内、二人が四国の藩主である。四国は侮れない。

高知城を出ると、時刻は3時半を過ぎていた。
急いで次の目的地に向かう。
向かうは、桂浜。
坂本龍馬の像がある海岸だ。
坂本龍馬記念館というのがあるので、そこも訪れたい。
だいたい、そういう観光施設は4時半で入場を打ち切るので急いで向かった。

4時過ぎに到着。
小野「やっと着いたな。とっとと見てくか」
僕「あれ?午後6時までって書いてあるよ」
小野「ホントだ。4時半じゃなかったのか?」

そこに記念館の職員が通りかかった。
「今はゴールデンウィーク中でしてね、6時まで開いてるんですよ。
みんな知らないみたいなんですが。
ラジオで情報を流してくれてないのかな〜?」
でも、例えラジオで情報を流していても、僕らはラジオは聴いていなかった。

記念館はダイナミックな建物だ。歴史の展示物には似合わないと思ったが、龍馬には似合う気がする。
記念館に入館したが、僕は特に龍馬が好きなわけではなかった。
凄い人だと思うが、テレビや本で目にした情報くらいであまりよく知らない。
展示物を見ながら、フラ〜ッと一周してくればいいかと思っていた。

まず地下2階の展示物から見始めた。
そこには実筆の龍馬の手紙が展示され、横に現代語訳が書いてあった。
僕は、何ともなしにその手紙を読み始めた。
下書きのない手紙だろう、しかも家族宛ての内容で少し読みにくい。
しかし…、一通、二通と読んでいる内に止まらなくなった。

語り口調な文章により、急に龍馬が身近に思えてきたのだ。
特に姉に宛てた手紙から龍馬の人間性が見えてくる。

「自分はこんなに頑張っていますから心配しないで下さい」
「この前に行った温泉は楽しかった」
「こんな人物に会ったけど、彼は面白い奴だった」
「あいつは故郷の誰それに似ている」
「好きな本が、京都や大坂を探しても見付からないので、実家の本を写して送って下さい。今回ばかりはちゃんと送って下さいよ」
「送っていただいた刀は、人に会うたびに自慢しています。みんなが、素晴らしい名刀だな、と羨ましがるので嬉しい」

…などなど、そんな普通の手紙がたくさん展示されているのだ。

(もっと読みたい)
連れの小野君が上の階に行ったのにも気付かず、僕は手紙を読み耽っていた。
木戸孝允の手紙もあったが、龍馬と違って抜け目のない文章で、「こういう時はこうするべし」、「ここに書いてある事は絶対に漏らしてはいけない」、といった感じだ。
龍馬のは、密談のような手紙も、人の噂話や人物像など、龍馬の視点で観た世の中が、時に汚い口調で書いてあるのが面白かった。

ちょうど前日に行った紀州藩の船と、龍馬の海援隊の船が衝突し、海援隊の船が沈んだ事故があった。
いろは丸の沈没事故だ。

紀州藩が将軍家の威光で上手に出るところを、龍馬が巧みなトークで世論を味方に付けて紀州藩に罪を認めさせ、賠償金を払わせた。
龍馬も事故後の経緯は自画自賛している。
この辺は、やり手の実業家みたいだ。
その海援隊に、三菱グループの祖『岩崎弥太郎』も属していたのが面白い。


龍馬は一人でいろいろ動き回ったが、彼によって動かされた人物、彼が間に入って繋いだ人物など、結局は国が動くのは個人個人の繋がりから始まっていくもんだと思った。

人が人に影響を与え、また人から影響を受ける。
その振り幅がどんどん大きくなって、やがては国全体を動かす原動力になっていく。言動力と言ってもいいだろう。
その原動機の歯車の、少しだけ大きなひとつが坂本龍馬だったのだ。


地下から上がってくる時には、僕はすっかり龍馬の虜になっていた。
1階では小野君がイスに座って、延々と上映されている『お〜い!竜馬』のアニメを観ていた。
「お〜い!竜馬、面白いな」
彼もある意味、虜になっていた。

記念館を全部観て、桂浜に向かった。
浜を見下ろす丘に、坂本龍馬の像が建っている。
桂浜の海は雄大だった。
波も高く激しい。
龍馬もここに立ち、海の向こう−世界を感じたのだろう。

桂浜2.jpg

僕も岩場の先まで行ってみたが、怖かった。
たまに激しい波がくると、岩の上まで到達するのだ。
波にさらわれる前に離脱。

桂浜.jpg

桂浜では闘犬を観るチャンスだったが、連れの小野君が特に犬好きではないので却下した。

当初は、桂浜の次は高知市の近くの『龍河洞』という鍾乳洞に行く予定だったが、龍馬記念館に長くいすぎたため、行くのを断念した。
さぁて、今日の宿に向かうとするか。
今日の宿は高知市内にとってある。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 12:23| Comment(4) | Drive物語T

2006年05月05日

Drive物語・四国編4 〜5/1 四国上陸〜

起きれないと思ってたが、新幹線の音で目が覚めた。ホテルのすぐ横を新幹線が通っているのだ。
新幹線の路線側の部屋は逆側の部屋より千円安かった。この騒音のためだ。
なので、3950円朝食付きで宿泊できた。まぁ、ビジネスホテルだけど。

新幹線が通る度に、部屋が揺れる。
僕は新幹線の姿をビデオに撮ろうと思って、通る音がすると急いで窓辺に寄って外を見るのだが、新幹線の姿が見えない。
音がしてから通り過ぎるのに、2秒もかからない。

ガガガーッ!ゴゴン、ゴゴン!
(来た!新幹線だ)
急いで窓の外を見る。
もういない。
新幹線は速すぎる。

起きた時間は朝6時前だった。
仕事の都合で千葉県に残してきた友人の浅野君からメールが来ていた。ずいぶん早起きだ。
そのメールからはニンテンドーDSを入手した喜びが溢れている。

朝食を済ませると、僕は新幹線を撮るチャンスを待ったが、出発の時間になってしまい、ついに一度も新幹線を見れなかった…。
残念だ。

明石市内は朝8時だというのに渋滞していた。通勤の方々だろう。
一時間近くかかってやっと明石大橋を渡った。
素晴らしい景色が広がる。
淡路島に上陸である。

圧倒的な存在感が高速道路を包み込んでいる。
山が、海が、こちらに迫ってくるようだ。
…と、一瞬何かが前方に迫る。

ビチャッ!

海鳥のフンがフロントガラスに当たって弾けた。
小野「ウンが付いたな。今日も安全だろう」

ビチャッ、ビチャッ!

立て続けにフンが落ちてくる。上空に海鳥が多いのだろう。

コンッ!ココンッ!

虫もフロントガラスに当たって弾けて死んでいく。
あっと言う間にフンと虫の死骸でフロントガラスが覆われていった。
虫は可哀相だが、見えても一瞬すぎて避けられない…。

四国が見えた!…と思ったら、まだ淡路島だった。
淡路島はけっこう広い。
60km近く走って、やっと淡路島を脱出した。
鳴門海峡を渡る。
鳴門は渦潮が有名だが、橋の上を車を運転しながらだったので、海面がよく見えなかった。

そしてついに四国に上陸だ。
四国八十八か所めぐりの第一番、霊山寺に立ち寄る。
お遍路グッズがいろいろ売っているが、今回はお遍路の旅ではないのですぐに出発して、徳島自動車を西へ向かった。

一般道に下り、山道を南へ向かうと、『大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)』という観光名所に着く。
大歩危小歩危は渓谷になっていて、素晴らしい眺めを堪能できる。
遊覧船があったので乗ってみた。

大歩危.jpg

大歩危小歩危は急流もあるが、遊覧船が通るのは緩やかな流れのとこだけだ。
十数人ほどが乗れる大きさの遊覧船が川面を滑ってゆく。
のどかだ。静かに時が進む。

船頭兼ガイドさんが、大歩危の名の由来を説明してくれた。
「大歩危と言うのは、昔、大またで歩くと危険な道なので大歩危となりました。
小歩危は小またで歩くと危ないので小歩危です」

何かウソっぽいが、面白い地名だ。
初めてこの地名を見てから十数年、忘れる事のできなかった地名だ。
その場所に来れて、僕は感無量だった。

遊覧船.jpg

ゆったりと時間を過ごして遊覧船を降りると、時刻は1時半を回っていた。
この後の予定のために、昼ご飯を食べずに次の目的地に向かった。
お腹空いた…。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 23:42| Comment(3) | Drive物語T

Drive物語・四国編3 〜4/30 和歌山から六甲山〜

1時間ほどウトウトしていると、高速の料金所があって目が覚めた。

近畿自動車道を南下して、和歌山県の高野山方面へ向かう。
だが、今回の目的地は高野山ではない。
関ヶ原の合戦に向かう徳川秀忠軍を、長野の上田城で足止めして遅刻させた『真田昌幸』が蟄居させられた九度山が目的地だ。

真田昌幸が、どんなところに住んでいたのか気になって九度山へ行ってみた。
『真田庵』というのがあったのだが、車で入れない道の奥にあり、町役場にこっそり車を停めて徒歩で行った。

真田庵に辿り着くと、残念ながらただの家であった。
観光地としては期待外れの印象だ。真田祭りというのもあるみたいなので、もっと上を目指せる土地だろうと思った。

真田庵を後にすると、次は和歌山城に向かった。
和歌山城は紀伊徳川家の居城だ。
彦根城と違って、勇ましい展示物が多かった。

しかし、僕はやはり直前に観た彦根城の方が好きかな。
和歌山城は少しお洒落な感じがする。
整備された街並みと、観光客にカップルが多かったのも、そう思う一因か。

和歌山城.jpg

和歌山城も山の上にあり、登るのに疲れた…。

和歌山城の次は、阪和自動車道に乗って神戸方面に向かった。
時刻はすでに5時半。観光施設はもう閉館する時間だ。
あとは宿に行くなり、食べるなりしかない。

兵庫県西宮市に着くと、六甲山を目指した。
僕が、どうしても六甲山から神戸の夜景を見たかったのだ。

六甲山の山頂付近に着いた時には、まだ日が落ちきっていなかった。
暗くなるまで、しばらく佇む。

六甲山を登ってきたからか、とても寒い。
凍えながら夜景の写真を撮った。
でも、暗くてほとんど何も写っていない。
スローシャッターで撮ればいいのだが、三脚もないのでブレてしまってダメだった。

僕「寒い。もう行くか」
小野「そうだな。いい感じの夜景もみれたし」
この目で夜景を見たので、まぁ満足だ。
明石市へ向けて下山する。
今夜の宿が明石市なのだ。

和歌山から六甲山までは僕が運転してきたが、ここからは小野君の運転だ。
下山してる最中に小野君が言った。
「またガソリンがない!」

本日二度目の危機だ。
だが、下山なのでアクセルは踏まなくても良い。勝手にスピードが出て行く。
むしろ、スピードが出すぎて怖かった。思ったより急な下りだ。

下山して給油完了。
危機を脱した。

そして夜9時、宿に到着。
本日の21時間のドライブを終えた。
外食して宿に戻ると、11時近かった。
ちなみに明石焼きは食べなかった。

僕は一人、ホテルの最上階にある大浴場へ行った。
大浴場には誰もいない。僕の貸切みたいなもんだ。
泳いで、窓の外を見ながら仁王立ちして、一人だけの風呂を満喫した。

部屋に戻ってデジカメの写真を持参したパソコンに保存し、明日車の中で聴く音楽をメモリースティックに入れ替え、部屋に備え付けのネットでこのブログを更新する。
一日の出来事をブログに書ききれなかったが、もう1時半になっていたので寝る事にした。

何とか一時間の仮眠だけで二日間を乗り切った。
彦根、和歌山の城で歩き疲れた足が痛む。
明日は起きれるかな?

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 04:51| Comment(2) | Drive物語T

2006年05月02日

Drive物語・四国編2 〜4/30 彦根の朝〜

ナビで今いる場所周辺のガソリンスタンドを検索したが、個人経営のスタンドらしい名前ばかりで、まだ開店してない可能性がある。

もしまた営業してなかったら命取りになりかねない。
なので一番24時間やっていそうなJOMO系列のスタンドに向かった。
(やっててくれよ、JOMO)
内心、懇願する。

JOMOの看板が見えた。看板のライトが点いている。
JOMOは営業していた。
「やったぞ!」
無事に給油。

ガソリン以外は順調だったので、そのまま高速を使わずに一般道で彦根へ向かった。
川鵜が有名な長良川を渡り、美濃路を行く。
そのまま進むと、ナビに『関ヶ原』の文字が見えた。
これは寄っていくしかないんじゃないかと思って、関ヶ原へ。

関ヶ原は徳川家康VS石田三成の合戦があったとこだが、ただの野っ原だ。
その中に、古戦場決戦地と書かれた幟が風にはためいていた。

関ヶ原.jpg

近所の人々が朝から散歩していて、そんな幟には見向きもしないが、僕らは少し嬉しかった。

僕らは島津義弘の気分で、関ヶ原から西へ逃げるように落ち延びて行った。
滋賀県に入り、米原を過ぎるとすぐ琵琶湖が見えた。
湖岸に立ち寄ってみると、霧がかっているせいもあり、見通しが利かない。
ただただ広い。
まるで海のようだった。

琵琶湖から彦根城へ辿り着くと、まだ朝7時半で、早過ぎて開城していなかった。
開城は8時半。
1時間近く空いたので、城の周辺を散歩。
僕は仮眠もしてなかったので、意識朦朧だ。

彦根城はかなりの敷地の広さで、一周するのに1時間以上かかった。
9時頃、くたくたになって改めて入城する。

まず、博物館から見て回ったが、彦根藩の遺物は能面や茶器など芸術品がほとんど。
井伊家は芸術を愛する藩主だったのかな。

自慢の赤備えも、戦時中の物ではなく江戸時代に形式的に使っていたものが展示されている。
ちょっとがっかり…。

博物館の一角に藩邸の庭が再現されていたので寝てみた。
寝不足だから…。

中庭.jpg

展示物はあまり勇ましくなくて何だったが、城は凄かった。
なるべく当時のまま保存されており、鉄筋コンクリート製の城とは年季が違う。

たいへん素晴らしい城郭の妙を見せてもらった。
急な階段ばかりで足が疲れてガクガクして、そしてぱんぱんになった。
これは正に名城だ。

彦根城.jpg

城から山道を下っていくのもまたツライ。
足は言うことをきかないし、もう24時間くらい起き続けている。
10時半過ぎ、フラフラ〜と車に戻ると、運転は小野君に任せて、高速に乗ったのを境に僕は眠りに落ちた。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 01:00| Comment(2) | Drive物語T

2006年05月01日

Drive物語・四国編1 〜4/29 出発の時〜

夜の12時近くになって、友人の小野君が愛車のRAV4で迎えにきてくれた。
僕は大量の荷物を両手に持ち、RAV4に乗り込む。
そして、RAV4のナビに行き先が登録された。

行き先は『彦根城』、滋賀県の琵琶湖のほとりに建つ名城である。

到着予想時刻は朝の6時頃。
少し早過ぎるので、途中のパーキングで2時間くらい仮眠をとっていこうという事になった。

地元の柏を出発。国道6号線を西へ向かう。
僕はすでに眠い。
ナビでは首都高の銀座回りを推奨していたが、小野君の「海が見えた方が気分が良い」の一言で、湾岸線回りに決まった。

お台場、羽田と過ぎていく内に気付いた。
僕「この高速、東名高速に繋がってないんじゃない!?」
小野「ええ〜っ!?」
しかも、湾岸を回っても夜なので特に海は見えていない。
これなら内陸の道で良かった。

窓の外には、夜中ながらも白煙を上げる工場の数々。
思えば僕も通ったことのない道だ。
横浜のさらに海側、大黒埠頭、本牧埠頭を通っている高速だった。

小野「どうする?このまま国道1号線で西に向かう?」
それでは大きなタイムロスだ。
だが、実は保土ヶ谷バイパスというのがあり、それは東名高速に繋がっていた。
僕は何度か通った事のあるバイパスだった。
なのに、すっかり忘れて小野君と一緒にパニックになっていた。

何とか東名高速に乗れた。
後はこのまま西に向かうだけだ。

小野「東名初めてだから緊張するな」
僕「そうか、僕も東名に乗ったことないよ」
二人は初めての東名に意気揚々としていたが、すぐに意気消沈した。
東名高速は、他の高速以上に道路の両側がガードで塞がれて何も見えないのだ。
どこを走っているのか分からないまま、神奈川県を抜けていった。

足柄山は、深く霧がかって幻想的だった。
ライトが連なり、霧を切り裂く。
霧は負けじとライトを遮る。

小野「すごい霧だな。何も見えないよ」
僕「こりゃあ、あれだ。このままタイムスリップしちゃうんじゃないの?」
その時ばかりは、退屈な東名が楽しい道に思えた。
その先も、昼なら富士山も見えるはずなのに、何も見えず退屈した。


清水市に入った。
小野「やっとエスパルスの地元まで来たな」
清水市はJリーグの清水エスパルスの本拠地だ。小野君はサッカー好きなので、そういう場所を通ると嬉しい。
だが、道の両側は高いフェンスに覆われ、しかも真夜中なので何も見えない。

小野君が3時間ほど運転して疲れてきたので、日本平のパーキングエリアで、僕と運転を替わる事にした
僕はかなり眠い。
日本平は清水エスパルスのホームスタジアムがある場所だ。
でも、何も見えない。

静岡市を抜けて、藤枝市に入った。
小野「何だか、静岡県を通るとサッカーどころの地名が多いな」
藤枝東高校は、ゴン中山の母校だ。
まぁ窓の外には何も見えやしない。

掛川市を通った。
ここは武田信玄が徳川軍と戦ったところだ。
歴史好きな僕ら二人は心も弾む。
何も見えてないけど。

磐田市に入った。
もちろんジュビロ磐田のホームタウンだ。
だが、それが何だというのだ、何も見えてないのに。

浜松市に入った。
僕「浜松城あるな」
武田信玄VS徳川家康の一大決戦場の三方原の地名もある。
でも、何も見えない。

小野「お、海だ」
僕「海?こんなとこに海ないよ。浜名湖じゃない?」
小野「あ、ホントだ、浜名湖だ」
浜名湖はそれくらい大きな湖だ。
もちろん、暗くて何も見えない。

岡崎市に入る。
岡崎城がある。
やっぱり何も見えない。

岡崎を過ぎると辺りも薄っすらと明るくなり、朝を迎えた。
しかし、曇っているので面白くない夜明けだった

そして名古屋だ。
名古屋グランパスもある。名古屋城もある。
まぁ、サッカー、戦国、サッカー、戦国…と気になる地名が続くが、地名の看板表示以外は何も見ていない。

小牧・長久手の辺りも通った。
徳川家康VS豊臣秀吉の古戦場だ。
長久手は、もちろん『愛・地球博』の開催された場所だ。

そこで僕は気付いた。
「ガソリンがない!」

まだエンプティマークは点灯していなかったが、燃料はもう最後の目盛りまで減っていた。
ガソリンスタンドのあるサービスエリアまでは50kmほどあった。
計算上は何とか持つ距離だった。

しかし、肝心な時に道を間違えた。
高速の分岐で、ナビの見方を誤ったのだ。

仕方なく高速を次の出口まで走り続ける。
その間もガソリンは減り続けている。
もう一般道で探すしかないと思ってナビで探してみると、近場にガソリンスタンドが一軒あった。

すがる思いでスタンドへ行ってみると…シャッターが閉まっていた。
まだ6時にもなっていない。開店前だった…。
僕は眠い。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 01:39| Comment(3) | Drive物語T