2006年10月29日

自転車奇行・箱根編14 〜三嶋大社〜

ホテルの部屋の風呂はとても狭かったが、僕は湯に浸かった。
擦り剥いた右肘と右足の甲をお湯に浸けないように長湯をした。

ピチャッ
「痛ッ!」
油断すると、患部がお湯に触れてとても痛い…。

それにしても今日は長旅だった。
移動に16時間以上とは、今までのどんな旅より長い移動時間だ。
富士山に向かって上り続けた時は、この先どうなることかと思ったが、こうして三島に辿り着けたのは良かった。

(さぁ、明日が本番だぞ!)

僕は風呂から出ると、ベッドに横たわった。
時刻は11時を過ぎていた。
(この日記も更新しておこう…。
何を書こうかな…)

…そう考えていて気付いたら、午前2時。
いつの間にかに3時間ほど寝ていたようだ。
そういえば、コインランドリーの服を取りに行くのを忘れてた。
明日の朝早く取ってこよう。
そして日記を更新して、デジカメの写真を整理して、筋肉痛の薬を塗って午前4時に眠りに就いた。

朝6時半起床。
脚を初め、全身が痛い。いろいろ筋肉痛だ。打撲も痛い。
今日は走れるのか?

ホテルから出て、コインランドリーに洗濯物を取りに行く。
戻ってきて、また1時間寝た。
さすがに疲れが溜まっている。

8時頃起きるが、部屋に散らかった荷物を見て思う。
(よくこんなに持ってきたな…)

朝食は、昨夜買ったコンビニのおにぎりを食べる。
この旅に出てから、ろくな物を食べてない。

9時過ぎ、大量の荷物をまとめて宿をチェックアウト。
スピードメーターを直してから出発。
今日もなんとか走れそうだ。
三島駅前を通って、有名な『三嶋大社』へと向かった。

三嶋大ミ鳥居.jpg

三嶋大社は、伊豆に流されたあの源頼朝が源氏再興を祈願して、お百度参りを敢行した由緒ある神社だ。
源氏最高の祈願だ。お百度参り観光。

三嶋大ミキンモクセイ.jpg

三嶋大社の金木犀は、樹齢は1200年という。頼朝よりも昔からあったのか、すごいなぁ。

三嶋大ミ.jpg

三嶋大社でお参りを済ませると、僕は東へと向かった。
途中で富士山が美しく見えるポイントがあったが、この日は曇っていて三島からの富士はほとんど見えなかった。
それは残念だったが、三島は街中に清流が流れていて良い佇まいだった。
富士の雪解け水が湧いているのだ。
(鰻、食べたかったな…)

その三島市内を抜けると、いよいよ辿り着いた。
ここは、国道1号線。
ここから始まる…。
何が始まるかと言えば、箱根への上りが始まるのだ。

箱根始まり.jpg

この先に箱根がある。
僕はまだ箱根に行った事がない。
数年前から、旅人として箱根を越えてみたいと常々考えていた。
それも、自転車で越えたい、と。

今、その願望を叶えようとしている。
きっと昨日以上の大変な坂道が待っている。

だが、もう逃げ道はない。僕は自分を追い込んだのだ。
途中で引き返しても三島に戻ってしまうだけだ。
関東に帰るには、ここを越えて行かなければならないのだから。

大きく息を吸い込むと、僕はペダルを回し始めた…。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 00:47| Comment(4) | 自転車奇行2006

2006年10月28日

自転車奇行・箱根編13 〜三島に到着〜

転倒後、ゆっくりと下り坂を南東方向に下り続けて、御殿場市街で国道138号線から国道246号線に出た。
246号線は、東京の渋谷に続いている。
しかし、僕は今は渋谷には向かわない。
右折して、進路を南に取った。

138号線と同じく、246号線も南に向かってずっと下っていた。
山梨側を上り続けていて、密かに期待していたことがあった。
(山梨側でこんだけ上るなら、静岡側ではずっと下りなんじゃないか?…)
予想が当たった。今日いちばん楽な時間帯である。

東京では明るく賑やかな246号線も、ここでは薄暗い道だ。
のんびり車道を走っていると、車の交通の妨げになる。
とにかくず〜っと下りなので、飛ばせば簡単に40km以上のスピードは出せるが、先ほど転倒したばかりなので、のんびりと走っている。

しかし、車が自分の横すれすれを通っていくのも怖いので、車の量が多いとこでは歩道に入った。
もちろん、歩道も暗い。
暗い上にススキがおい茂っていて、ライトを高く向けても見通しが悪い。

顔にススキが当たる。
ススキのトンネルを走っているかのようだ。
ススキのシケインも多く、スピードが出ない。

転倒した恐怖から、ススキの向こう側は段差があるんじゃないかとか、穴があるんじゃないかとか疑う。
歩道がツラくなって、また車道に出る。

車が多くなると、また歩道に。
そして、ススキの洗礼。
この繰り返しをしている内に、御殿場市から裾野市へと突入。

裾野市もまだ下っている。
駿河湾まで下っているんじゃないだろうか。
ほとんど漕がないのに、30km近く出る。本当に楽だ。

裾野市から三島市へ入る。
もちろん、下っている。
そのまま三島駅前まで行って、午後8時40分、本日の宿に到着。
ほぼ、最初の到着予想時刻の午後9時に着いたことになる。
しかし本当は、いろいろ観光して9時という計算だったが…。

ここまで長かったが、最後の方は楽で助かった。
総走行距離は、転倒してからは計測できていないが、145km+30kmの、175kmといったとこだろうか。
出発してから16時間40分かかった。

ホテルの部屋で服を脱ぐと、上着がパリパリになっていた。
見ると、右肘が血まみれになっている。
どうやら打撲と同時に、アスファルトか縁石で擦っていたようだ。

靴下にも穴が開き、足の甲にもえぐれたような切り傷がたくさん出来ていた。
ズボンもところどころ破けて、その下は血が滲んでいた。
それなりに傷を負っていたようだ。

コインランドリーに洗濯に行って、コンビニでおにぎり等を買ってきて部屋で食べた。
三島市は鰻が名物なので食べたかったが、到着が遅すぎた。

リュックの中に入っていたノートPCは、転倒して衝撃もあったろうが無事に作動した。
ノートPCはケースに入れてあり、それより大きいサイズの地図帳と重ねて仕舞ってあったので、地図帳が衝撃を和らげてくれたのかもしれない。
重くて厚い地図帳のお蔭だ。ただのお荷物ではなかった。

リュックのサイドポケットにはMP3プレイヤーが入っていたが、左側のポケットに入っていたので、右半身から落ちた分、衝撃はなかったようだ。
ただ、ヘッドホン部分が消えていた。
確かに持って出たのに、この旅で一度も使うことなく消えた。
きっと走っている最中に、どこかの木の枝にでも引っ掛けて抜けてしまったのだろう。
今もどこかでぶら下がっているのかもしれない…。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 22:38| Comment(0) | 自転車奇行2006

自転車奇行・箱根編12 〜御殿場で御転婆を〜

国道138号線は、直線的だが傾斜がある。
峠道部分は終わったのに、下りが続いている。
御殿場市内までずっと下っているのだろう。
ここも軽く漕ぐだけで30kmオーバー、時に40kmを超えてしまう。

他の道との合流で急に大型トラックが増えてくるが、その横を自転車で走るには車道脇のスペースが少ない。
さらに、この国道はけっこう暗いのだ。
なので、自分が40km以上で走り続けられれば、トラックと同じ流れで進めていいが、安全を考えるとそうもいかないので、歩道に入る事にした。

車道も暗かったが、歩道はもっと暗かった。
通行人など一人もいない。
この周辺はゴルフコースばかりで民家もないのだ。
本当に通る人もいないのだろう、歩道の中には草が生い茂り、路面が見えない。
少し漕ぐと30kmを超えてしまうが、この歩道内でそのスピードは危険なので減速する事にした。

その時だった!

目の前の路面に草が生い茂っているのが、ライトの明かりの中に見えた。
その草の間を抜けようと直進すると、突然ハンドルを何かに取られて自由が利かなくり、前輪が左横を向いた。
そして、ブレーキは掛けたのだが、勢い余って僕は自転車から前方に投げ出されてしまった。

激しい衝撃が僕に響いた。
その時に聞こえた音は、自分の「うおっ」と言う小さな声と、リュックが地面に叩き付けられる「ドカッ」という音だった。
一瞬、自分が漫画みたいに「うおっ」と言ったのが面白く思えた。

…静寂…。

自分の目の前15cmに歩道の縁石が見えた。
頭部の激突は避けられたようだ。
僕はそっと中腰に立ち上がった。

右腕と右脚が痛い。
右半身から地面に落ちたのだ。
まずは脚は無事かと、痛む部位を触って損傷を確認する。
太股とヒザとスネとかなり痛むが、単なる打撲のようだ。

立ち上がって、次に腕を確認する。
上着の袖はめくれ上がり、肘が激しく痛む。
肘から手にかけて、しこたまぶつけたらしい。
でも、お蔭で頭部は助かったのだろう。

右手の小指と薬指に感覚がないのに気付いた。
左手で触ってみるが、痛みもない。麻痺している。
吐き気もこないし、感覚はないが動いたので、折れてはいないようだ。

自転車を見た。
歩道の縁石の上に倒れている。
その横に僕の靴が落ちている。
どうやって脱げたのか、僕は右足が靴下になっていた。
もちろん足の甲も踵も痛い。何がしかの衝撃が加わったのだろう。

歩道の形状を見ると、僕が転倒した理由が解った。
僕が進んできた幅1.5mほどの歩道が、急に斜めに縁石がせり出して、60cmほどに狭くなっていたのだ。
そして、僕の直進を遮るように斜めにせり出した縁石は、草で覆われて見えなくなっていた。

この縁石に前輪を引っ掛けて、自転車は歩道の縁石沿いに横倒しになり、時速20km以上のスピードが出てたために、ブレーキを掛けたものの、僕は前方に1m以上飛んでしまったのだ。
なお、僕が落下した場所は、狭くなった縁石の外側だった。つまり、車道側に落ちていたのだ。




『h』の字を使って説明すると、hの縦線の左側が車道、右側が歩道として、僕は上から走ってきた矢印とする。
hの字の、横に引いて下にカーブする線を縁石が狭くなっている部分とすれば、矢印である僕はここに引っ掛かって、hの字の内側に落ちたという事になる。

(ついにやってしまったな…)
僕は自分の不注意を悔いたが、この縁石の仕掛けは予想していなかった。
素直に車道を走っていれば良かった。
保険証も持っていたので緊急時は病院も考えたが、そこまでではなさそうだ。

自転車を起こすと、ハンドルが前後反対になっていた。
だが、マウンテンバイクはハンドルが逆を向く作りになっているので問題ない。
ハンドルが逆を向いたので、コードで巻きつけてあるスピードメーターが捻じれて外れていた。
距離は145kmほどで止まっている。
後で直さなければなるまい。

チェーンも外れていたが、これはすぐ直った。
サスペンションのお蔭か、タイヤのスポークも曲がっていない。
ロードタイプなら曲がっていたかもしれない。
頑丈なのは、マウンテンバイクの特権だ。

あと心配なのは、リュックの中のノートPCだ。
リュックの叩きつけられる音を聞いている。
まぁ、これの確認は後ですればいい。

僕は靴を履き、寒くなってきたので手袋をはめ、自転車に跨ると、再びゆっくりと御殿場市内へ向かって進み出した。
脚は痛いが道は下っているので、ほとんど漕がなくても大丈夫だ。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 12:54| Comment(2) | 自転車奇行2006

自転車奇行・箱根編11 〜夜の峠道〜

暗い夜道を自転車を押して歩き続け、ようやく1104mの篭坂峠を上りきった。
ここからは夜道のダウンヒルだ。
その先は御殿場市へと続いている。
僕はまた上着を着込み、つづら折れのダウンヒルに向かってペダルを漕いだ。

すぐさまスピードメーターが40kmを超える。
峠を上って火照った体に夜風が心地良い。いや、寒い。
街灯も適度にあって、見通しは悪くない。
時折、車の通行もあるので、減速して先に行かす。
先に行かした後はテール・トゥ・ノーズで付いていくが、自転車のブレーキでは急には止まれないので、追突しないよう余裕を持ってのペダリングだ。

風の音が耳をつんざく。
ものすごい風圧だ。
風も強いのだろうが、車で走っていると気付かないことだ。

自分の耳の風切り音以外は何も聞こえなくなるので、安全のために顔を少し横に向ける。
こうすると、片耳から前方の音が聞き取れる。
フクロウの左右非対称の耳の原理だ。

ここはかなりの急坂だ。
少し気を抜くと、時速50kmを超えてしまう。
しかし夜道で路面も遠くまで見通せないので、なるべく50kmは超えないようにブレーキをかけつつ下った。
ここなら60kmも軽く超えられそうだ。

いくつものヘアピンを抜ける。
対向車や自分の後方から車が来ない事を確認してから、対向車線にはみ出さないよう、片側車線いっぱいを使ってのコーナリングをしてみる。
なかなか爽快だ。
この夜の峠が自分だけのモノのような気がしてくる。

どれほど下ったのか分からないが、10分以上は下っていたろう。
やがてつづら折れはなくなり、普通の直線的な国道に戻った。

道は直線的になったが、まだまだ下っている。
篭坂峠が標高1104mで、御殿場市内は400mほどなので、その差700m近い。
つづら折れでどれくらい下りたか分からないが、とにかく当分は楽を出来るという事だ。
この後に待ち構える運命を知らずに、僕は国道138号線を飛ばしていった。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 12:15| Comment(0) | 自転車奇行2006

自転車奇行・箱根編10 〜山中湖に佇む〜

富士吉田市内を南に向かって上り続けた僕は、国道139号を左折して山中湖へと進路を取った。

まだまだ続く上り坂に、僕は辟易する。
もちろん、自転車は押して歩いている状態だ。
その僕を、自転車に乗ったおじいさんが抜いていく。
学生も次々に抜いていく。
みんなこの辺に住んでいるだけあってか、坂道に強い。

僕はと言えば、関東平野の平らな土地で育ったため、急坂はともかく、こんな30kmも続くような長い坂を経験した事がない。
街全体が傾いているのだ。

ふと思い立って、僕は自転車に乗って学生を追いかけてみた。
お尻も脚も痛いが、僕の力がどこまで通用するのか試してみたかった。

あっと言う間にちぎられた。
僕はスタミナを使い果たし、自転車から降りた。
住所を見ると、『上吉田』とある。
やっと富士吉田市の標高の高い所に来たようだ。

そして夕闇迫る頃、山中湖村に入った。
薄暗い森の中の国道を、山中湖に向かって歩き続ける。
坂は緩やかだが、僕の脚は限界だ。
山中湖は、富士五湖の中で最も標高が高いらしい。

僕は南東に向かっているので、僕の右側に富士山が位置している。
時折、木々の隙間から富士山が夕闇に溶け込んでいくのが垣間見える。

森の中の国道は緩やかに上り続ける。
あまりに暗くて、自分が上っているのか分からなくなるが、いったん目を閉じて平行を意識してから目を開けると、先の道が上っているのが分かる。

暗い森の道に、少し不安になってくる。
道は合っているのだろうか?
(こんなとこ、来なければ良かったのかな…)

夕闇が濃くなって、気温も下がってくる。
冷たい風が吹き始めると、長かった上りは終わった。
ここからは山中湖までの下りのはずだ。
僕は上着を羽織ると、下りへと漕ぎ出した。

冷たい風を受けて下っていくと、森は開けて前方に山中湖が見えた。
東京から125kmほど走って、ついに山中湖に辿り着いた。
時刻は5時20分。出発から13時間以上経っていた。
当初の予定ではもっと明るい内に山中湖に着いて、自転車で湖を一周してみようとか思っていたが、もう真っ暗だ。

山中湖.jpg

僕は山中湖畔にしばし佇むと、湖の南に回って、そこからまた山道を上り始めた。
向かうは『篭坂峠』。
1104mの峠だが、山中湖の標高が982mと高いので、そんなには上らない。
しかし脚が限界なので、自転車を押して歩いて上らねばならない。

日が暮れて真っ暗になった山道を、自転車のライトを頼りに上っていく。
街灯も少しはあるが、基本的には暗い道だ。
この周辺は道の両側が別荘地になっているはずだが、週末でもない今は真っ暗である。
別荘へ通じているであろう小道が、森のそこかしこに口を開けている。
その向こうは闇。
不安が増してくる。
森の中からカサカサと音がする。風か小動物の物音だろう。

篭坂峠.jpg

たまに通る車のヘッドライトが、僕の行く先を照らしてくれる。
坂の向こうにテールランプが消えると、再び闇が訪れる。
勾配のキツい坂の向こうは下りかと思えば、やっぱり上り。
またこの錯覚に陥る。

さっきまで寒かったのに、いつの間にか僕は汗を垂らしていた。
もう上りは懲り懲りだ…。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 03:11| Comment(2) | 自転車奇行2006

2006年10月27日

自転車奇行・箱根編9 〜富士吉田…〜

南下をし続け、都留市を抜けて富士吉田市に入った。
富士山が当たり前のように聳え立っているのが見える。
はるばる来たという実感が湧いてくる。

富士吉田.jpg

ここで休憩がてら、また食事を摂る。
富士吉田へ向かって道は下っているが、その向こうは上りになっているのが見える。
何と素晴らしい見通しだろうか。
僕は絶景を前にして憂鬱になった。

仕方なく自転車で進む。
また上りが始まる。
緩やかだが、着実に上り続けるこの悪夢。早く終わってくれないか。

この辺の住所を見ると、『下吉田』となっている。
明らかに『上吉田』があり、今いる場所は街の中の標高の低い所であると分かる。
なお、下吉田の駅で標高は753m。
都留市駅の標高467mから300mほど上ってきている計算だ。

僕は上り続ける。
富士山が見えている。
夕方になり、帰宅する学生が自転車で僕を抜いていった。
(こんな所を毎日通学していたら健脚になるだろうな…)

僕は上り続ける。
富士山がそこにある。
道路に沿って流れている用水路は、僕が向かう方向から流れてきている。
流れの速さを見ると、かなり下って流れてんだなと思う。
つまり僕からすれば、かなり上っていかなければならないという事だ。

僕は上り続ける。
富士山から向かい風が吹き降ろす。
いつの間にか、自転車を降りて押している。
だってお尻が痛いし、脚も痛い。
サドルの上に服やタオルを敷いて座ってみたが、痛みは変わらなかった。

僕は上り続ける。
富士山が怨めしい。
大月から30km近く、上りの道が続いている。
後ろを振り返ると、富士吉田の街並みが、眼下に広がる。
富士吉田市内だけでも、これほど上ってきている。

富士吉田b.jpg

さて、目の前に分岐が現れた。
左に行くと東側の山中湖、右に行くと河口湖を初め、西側の本栖湖など他の富士五湖のある方だ。
僕は山中湖方面に向かう予定だ。
もう上りたくない。あの分岐から下りになっていて欲しい。

分岐に近付くと、河口湖方面に向かって下っているのが見えた。
では、逆方向の山中湖方面はどうなのだろう?

左折する車が上って行くのが見えた。
僕は暗澹たる気分になった。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 21:44| Comment(0) | 自転車奇行2006

自転車奇行・箱根編8 〜ツール〜

大月から都留への道は、始めだけ下って後は上っていた。
下りが待っていると期待した僕の甘い考えは、間違っていたようだ。

勾配こそ緩やかな2、3%であるが、確実に上っている。
僕は疲れきった脚で、軽いギアにして進んでいく。
大月までは西進していたが、都留からは南下している。
南下しているのに上っている。これじゃ南上だ。

都留市駅で標高467m。
大月駅が358mなので、100m以上は上っている。
もちろん、都留市駅からも上り続ける。

都留市内で、出発から100kmを超えた。
この辺りになると、僕もコンビニに立ち寄って飲み物を補給する事が多くなった。
かなり汗をかいている。
コンビニで若い女性が僕の方を見て笑っていたが、外に出てリュックを降ろすと、肩紐の部分が汗に濡れて乾いたのだろう、塩の結晶ができて白く染まっていた。
そんなに塩分を失っている事がどういう事なのか分からずに、僕はまた自転車に乗って進みだした。

それにしても、お尻が痛い。もう座っているのも嫌になる。
もちろん、脚も痛い。
脚が攣る。
ここは都留(つる)だ。攣って当然なのだ。
だんだんと緩やかな勾配を進み続けるのがツラくなって、僕は自転車を降りた。
(この道はいつまで上り続けるんだ!?)
緩やかとは言え、もう10km以上も上り坂が続いている。
心肺機能にも限界が訪れ、僕は自転車を漕げなくなった。
ここから先は歩いて行くしかない…。

そして、いよいよ体が動かなくなった。
いくら休み休み歩いても、もう体が動かないのだ。
手足が震えて、自転車を押す力すら出ない。
僕は国道沿いの神社に座り込み、筋肉痛の塗り薬を足全体に塗った。

リュックを見ると、やはり汗の塩分で白くなっている。
(これだけ塩分が体から抜けたんなら、体が動かなくなって当然だな…)
思えば、高尾山のコンビニで食べて以来、飲み物しか口にしていない。血糖値も低くなっているはずだ。
以前、一日で150kmの距離を走ったが、その時は途中で仮眠したり食べたりしていた。
今日はここまで100kmちょっとだが、ほとんど食べていないのだ。
これはハンガーノック症状が起きているに違いない。
どこかでエネルギー補給しなければなるまい。

足下を見ると、蟻たちが忙しそうに歩き回っている。
(僕も、まずは歩かない事には先へは進めないな…)
僕は神社の水道で顔を洗って気合を入れて、また歩きだした。

歩いていくと、やがてスーパーを見つけた。
僕は、カロリーメイト、糖分のための甘い物、塩分のためにしょっぱい物、ビタミン系のために野菜ジュース、筋肉の疲労回復のために酢酸ドリンク、牛乳などのタンパク源などを大量に買い込み、一気に補給した。
しばらくスーパーの駐車場で座っていたが、だんだんと体力が回復してきた気がする。
僕はまた自転車に乗って進みだした。お尻が痛い。

ず〜っと上り続けている勾配は、時に7%にもなった。
普段なら上れるはずの勾配が、今の僕には大きな壁だ。
躊躇なく自転車を降りる。

都留.jpg

この勾配の向こうは下りになっているように見えるが、7%の勾配を上りきると、待っているのは3%の上り勾配だ。
7%よりは緩やかなので、角度の変わり目で下りに見えていただけなのだ。
こういう錯覚に何度も騙された。
その都度、がっくりする。
期待しなければいいのだが、疲れているのでやはり下りを期待してしまう。

都留から.jpg

そうして都留市を抜ける頃、ふと顔を上げると坂の向こうに富士山が見えていた。
坂はまだまだ上る。
どうやらこの辺の土地は、富士に向かって上り続けるらしい。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 21:42| Comment(0) | 自転車奇行2006

自転車奇行・箱根編7 〜57.5〜

数分後、僕は走っていた。
自転車に乗って走っていた。

相模湖駅で電車に乗るかどうか悩んでいたが、せっかくの湖沿いの道だ。風景を楽しまなければ損だろう。
やっぱり電車に乗るのはやめて、自転車で行く事にしたのだ。

しかし、せっかくの湖沿いの道のはずが、木々に邪魔されてほとんど相模湖が見えない。
写真を撮る気にもならない。
たまに撮っても、木々とフェンスに遮られた湖の画が撮れるだけだった。

道はまた徐々に上りだした。
僕はなるべく自転車から降りないで上っていたが、また脚が痛みだした。
しかも出発から5時間半が経ち、お尻も痛くなってきた。
マウンテンバイクのサドルの角が硬いのだ。これでは座る事もツラい。

5kmほど湖沿いに走っていたが、山梨県に入ってすぐの上野原市という所で、甲州街道は大きく北へと迂回した。
さらにここは急な上り坂になっている。
僕は自転車から降りた。

いったい何m上るのか分からないが、長い坂道だ。
もしかしたら、電車の中央本線沿いに上りのないショートカットできる道があったのかもしれないが、僕は甲州街道に沿って行ってしまった。

自転車を押して歩いているだけなのに、脚の裏側も攣りだした。
立ち止まってはストレッチをしながら、進んでゆく。
北へ迂回していた道が、南へと向きを変えると、上りは終わった。
僕は自転車に乗ると、下りへと漕ぎ出した。

急坂を上って来ただけあって、下りも急だった。
すぐに40kmオーバー。
50kmもオーバー。
下り坂はまだ続く。しかも直線的である。
(こりゃあ行くしかない!)
僕は本日の最高速度を更新するために一番重いギアにチェンジし、思いっきり漕ぎ出した。

風の音が大きくなり、首に巻いていたタオルの左側が外れて飛ばされそうになった。
僕は右肩とアゴでタオルの右側を挟み込み、飛ばされないようにした。
その間も1分に120回転以上漕いで加速していく。
タオルが大きくなびいて、周りから見ればそれはまるでマフラーの様だったろう。

そんな傾いた体勢だったので上手く漕げたか分からないが、スピードを落としてからメーターをチェックすると、最高速度は57.5kmを記録していた。
タオルを挟みながらでなければ、60kmは出せたろう。それほど直線的な急坂だった。

道はまた西へと角度を変えた。
そして緩やかながらも上りだす。
脚とお尻が痛む。
漕ぎ方や、座る角度を変えながら進んだ。
時刻は午前10時半。

…長い…。
大月までの約30kmはとても長かった。
中央本線の駅を、四方津(しおつ)、梁川、鳥沢、猿橋と過ぎていく。
駅が見える度に大月駅かと思うのだが、違う駅なのだ。
駅と駅の間は、山道で3、4kmあるだろう。

大月へ.jpg

この辺りは左側を見ると崖になっていて、遥か下方に川が流れている。
高い。川原から100m近くあるのではなかろうか。
これだけ上って来てるんだから、後で下りが待っていると信じて突き進む。

大月.jpg

12時20分、都内から90km近く走ってようやく大月駅を通過。
山の手に、岩殿城跡が見える。あの断崖は凄い迫力だ。
岩殿城は武田信玄の縁の城なので行ってみたかったが、あの山の高さでは今の自分には到底ムリである。

大月標ッ.jpg

岩殿城は諦めて、国道20号(甲州街道)と139号の分岐を左に折れた。
さらば、甲州街道。次に通るのは都留市(つる)である。
(ここまで上ったんだから、都留からは下りになっているさ…)
そう思って僕は都留に向かっていった。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 21:39| Comment(0) | 自転車奇行2006

自転車奇行・箱根編6 〜相模湖見たいけど〜

392mの大垂水峠を越えた。
という事は、この先は下りが始まる。

千木良.jpg

これが峠からの眺めだ。
今、自分がいる位置の標高を改めて思い知る。
上りは後半ほとんど徒歩だったので、久しぶりに自転車に跨る。
さぁ、下りの始まりだ!

大垂水下り.jpg

見る見る内にスピードが上がって、軽く時速40kmを超えた。
風が気持ちいい。
今までツラい思いをして上ってきたのは、この下りを楽しむためでもある。

カーブが迫る。
僕は軽く減速してコーナーを抜けていく。
減速してもすぐに40kmオーバーに持っていける。
これが下りの威力だ。
道を行く車と同等のスピードである。楽々と前を走る車に追いつける。
位置エネルギーありがとう。

Rのキツいコーナーもあるが、しっかり減速して曲がっていく。
こんなに山道を自転車で上ったのも初めてなら、下りも初めてだ。
転倒などしないように、しっかりと前を見て下っていく。

時折、木々の間から町並が見える。
その町並が下に見えなくなってくる頃、僕は峠を下りきった。
上るのは1時間近くかかったが、下りは数分で終わった。
この下りで、本日の最高速度52.5kmを記録した。これは、今までの新記録である。
まだ加速できたが、万が一を考えてここまでだった。

下りは楽だったので、疲れていた脚も少しは休めた。
僕はまたペダルを漕ぎ出した。
緩やかな上り坂を上ってそのまま甲州街道を西に進むと、左下方に相模湖が見えてきた。

この相模湖をじっくり見たかったのだが、湖畔に行くには道を下りていかないといけない。
下に下りるという事は、また上ってこなければいけない。
今の脚の状況を考えると、なるべく上り道は避けたいとこだ。
僕は相模湖湖畔に佇むのを諦めて、相模湖駅で自転車を停めて休憩した。
時刻は10月19日午前9時20分。

相模湖駅.jpg

駅舎前で背負っていた荷物を降ろし、筋肉痛の塗り薬を脚に塗り込みマッサージした。
まさか、自転車で山を上るという事があんなにキツいとは…。
出発から55km。
膝が痛い。すでに僕の足は限界が近いようだ。

駅を見た。
次の目的地は山梨県の大月市だ。
大月までは30kmほどありそうだ。
もし、ここから電車に乗って行ければ楽が出来る。自転車も電車で運んでしまえばいい。

第一、荷物が多過ぎた。
ノートパソコンとバッテリーとアダプターで1.5kg。
地図帳700g。
デジカメとアダプター類500g。
旅先で暇な時にやる予定だったニンテンドーDSとアダプター類500g。
MP3プレイヤーとアダプター500g。
もしものための工具類1kg近く。
汗をかいた時のために、大量の着替えやタオル1kg以上。
寒い時のための上着類も500g以上あるだろう。
無駄に大きいリュックだって500gほどある。
トータルで7kgほどあったろうか。リュックがとても重いのだ。

(もしここから電車に乗ってしまえば、脚も休めるよな…)
(そうだ、電車に乗っちゃえよ)
僕は相模湖駅で、迷い惑って思案した。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 01:35| Comment(2) | 自転車奇行2006

2006年10月26日

自転車奇行・箱根編5 〜大垂水峠〜

八王子に着いても休むことなく、僕は自転車に乗って甲州街道を西進していく。
ふと、僕の横に何かが付きまとってくるのが視界に入った。
よく見ると、いつの間にかにミノムシがハンドルに糸をくっ付けたようだ。

ミノムシは、ゆっくりと糸を縮めて這い上がってくる。
何か嫌だ。這い上がってくるのが気色悪い。
ミノムシがハンドルに到達する前に、僕はミノムシの糸を手繰って歩道の木に移してやった。

西八王子.jpg

午前7時過ぎ、西八王子駅を過ぎた。
次は高尾駅だが、高尾駅の手前の歩道が通学する女学生で混んでいた。
そこを自転車で抜けていくのだが、女学生たちは話に夢中で気付いてないのか避けてくれない。
歩道沿いには警備員も立っている。女子校なのだろうか。
たくさんの女学生に囲まれてラッキーなシチュエーションと思いたいとこだが、全然進めなくて困った。
歩道でなくて、車道を走っていれば良かった。歩道には柵があり、車道に下りる切れ目がないのだ。

高尾駅.jpg

女学生の列を抜けて高尾駅に到着。
高尾駅北口は、寺社風な木造で趣きのある佇まい。良い駅舎ですね。

高尾山口駅.jpg

高尾駅の先は高尾山口駅に到着。
近くのコンビニで食事がてら休憩。
7時50分、再び出発。
そして甲州街道は、いよいよ上りに入る。

道は、緩やかな勾配からだんだんとキツくなり、自転車を漕ぐのがツラくなってきた。
自転車を降りて押していくが、ここまで50km近く漕いできた脚が痛み始めた。

道にはほとんどの部分で歩道がなく、自転車を押して歩いていると1mほど幅を取るため、車が走ってきた時はとても邪魔になる。
自分が邪魔になってると思うが、脚が痛くて自転車に乗って漕げないのだ。
心肺機能も疲れて低下している。寝不足も堪えているはずだ。

草むらに埋もれるように大型トラックをやり過ごす。甲州街道は大型車の通行も多い。
服には棘のある植物がまとわり付く。
明け方は寒いくらいだったのに、上り始めてすぐに汗が噴き出し、ポタポタと垂れてくる。

ここは『大垂水峠(おおたるみ)』と言う。
その名の通り、汗が大量に垂れてくる。僕の体も、脂肪でたるんで大たるみだ。
歩調と汗の落下が同調し、うつむいた僕は視界にそれらを捉えながら歩いてゆく。

何度もこのまま引き返そうと思った。
引き返せば、このまま下って行けるのだ。
脚も痛いし、この先も上っていくのは無理なんじゃないか?
そう考えつつも、脚は一歩一歩進んでいる。

反対方向からロードレーサーのタイプの自転車に乗った人が、道を颯爽と下ってきた。
この人も道を上ってきたんだろうか?
僕も上りきれば、楽になるのかな?
しかし、後どのくらい上るんだろう?

正直、僕にはヒルクライムは無理だったのだ。
デブいから自重もあるし、荷物も大量だ。
しかも、マウンテンバイクで上っている。車重は17、8kgはあるだろう。
ロードレーサータイプなら、僅か10kgほどだ。
自分が痩せて、荷物を減らして、ロードレーサーにすれば25kgは軽量化できる。
何も知らずに、何の対策も取らずに山を上ろうとした自分が愚か者だった。
普段から運動していないのに、この旅に出る前の週に二日ほどジムに行って、脚で170kgのウェイトを挙げて、この太腿ならイケるはずという気になっていただけなのだ。

高尾上り.jpg

歩道があったので、そこで自転車を停めて休んだ。
地図を取り出して見てみると、もうすぐ上りは終わりのようだ。
脚は痛いが、ここまで来たなら上りきるしかない。
僕はまた歩きだした。

大垂水峠a.jpg

そして見えてきた。
峠の頂上が見えてきた。
あの向こうは下っている。
しかし標高392mとは、大して高くもないが疲れたなぁ。
時刻は8時45分。1時間ほど上っていた計算になる。

大垂水峠b.jpg

峠の歩道は、何故か狭かった。
自転車が通れても、僕が通れない。
こんなお出迎えを用意してるとは、なかなかやってくれるぜ。

大垂水峠c.jpg

その狭いとこを抜けて、いよいよ下りと思ったら、今度はぬかるみが僕を襲う。
自転車を押して慎重に進むが、自転車のタイヤが横にズルッと滑った。
危ない。乗っていなくて良かった。
二段構えとは、なかなかのトラップじゃないか。
さすが、大垂水峠の名の通り、水が大量に垂れてるわけだ。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 23:09| Comment(0) | 自転車奇行2006

自転車奇行・箱根編4 〜八王子へ〜

都内から八王子方面へと向かう幹線道路は、青梅街道、新青梅街道、五日市街道、そして甲州街道などがある。

僕は、武田信玄が好きだ。
信玄と言えば甲斐の国、甲州。
僕は甲州街道で西に向かいたかった。

甲州街道は、江戸時代の将軍が緊急時に甲斐の国へと逃亡できる街道で、皇居の半蔵門から出発し、新宿を通って西に延びている。
僕は練馬区から斜めに南下しつつ甲州街道に合流するつもりだった。

まずは池袋から練馬駅前を通っている『千川通り』を西進する。
ず〜っと走っていくと、大通りに出た。
甲州街道かと思ったら『青梅街道』だった。

青梅街道で練馬区を脱して、別の大通りに入った。
今度こそ甲州街道かと思ったら、『五日市街道』だった。
なかなか甲州街道に入れないので、すぐにまた南下して中央線の東小金井駅を縦断する。

大通りに出たが、またもや甲州街道ではなく『連雀通り』という通りだった。
連雀通りから『小金井街道』を南下すると、さらに大通りに出たので、それが甲州街道かと思いきや『東八道路』だった。
東八とは、東京と八王子を結ぶ意味かと勝手に解釈して、この道を西進し続ける。

しかし、甲州街道はどこにあるのだろうか?
僕は道を間違えているのかと、少し心配になってきた。

国立駅に辿り着いた。
後で確認すると、やはり道を間違えていた。少し北上してしまったようだ。

さらに、西国立駅と西立川駅を間違えて、道に迷って行ったり来たり。
どちらの駅名にも『西』と『立』が入っているので勘違いしたようだ。しかも、すぐ側に西国分寺という駅もある。
自転車で走りながら『西』『国』『立』と、混乱する。
時刻は6時少し前。こんなとこで時間を食ってしまった。

西国立駅から南下して、大通りに出た。
急に交通量が多くなった。
そこは、ついに『甲州街道』だ。

五叉路.jpg

甲州街道を進むと、五叉路があった。
分かりづらい交差点だが、八王子方面へ進めば問題ないだろう。

多摩川.jpg

多摩川を渡り、長い坂を上り、日野自動車で有名な日野市を抜けてゆく。
そして日野市から長い下り坂を駆け下りた。
この長い下り坂で、本日の最高速に挑んでみた。
思いっきりペダルを漕いで、49km出た。
今までの最高速が、ママチャリで出した49kmだったのだが、それに並ぶ記録だ。

そして、この坂を下りたところは八王子市になっていた。
出発から3時間弱。午前7時少し前、40km近く走り八王子到着。

八王子.jpg

この交差点を左側に行けば八王子駅、右側に向かえば高尾方面だ。
僕は交差点を右折していった。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 03:06| Comment(0) | 自転車奇行2006

2006年10月25日

自転車奇行・箱根編3 〜それでも旅立つ〜

朝3時、僕は意気揚々と自転車で出発したものの、パトロール中の警官の尋問により退却させられた。

そしてやる気をなくした僕は、横たわって目を閉じたのだ。
一昨日1時間、昨日2時間しか寝ていない。
すぐに意識も遠のくかと思われた…。

だがしかし…。
数分後、僕はまた起き上がった。

何のために僕は自転車を買ったのだろうか?
答えは簡単だ。
乗るために買ったのだ!

自転車の防犯登録の書類を手にして、僕はまた自転車に跨った。
朝4時、1時間遅れの出発だ。

僕が颯爽と自転車を漕いでいると、また先程の二人組みの警官に出くわした。
この辺を周回パトロールしているのだろう。

「あ、さっきの…。どうも〜、カッター置いて、防犯登録の書類を持って出てきましたよ」
僕は笑顔で警官に話し掛けた。
警官も多少の笑顔で応対する。
「ああ、持ってきたんですか。では見せて下さい」

「これです!」
僕は誇らしげに防犯登録の書類を広げた。
警官はペンライトで書類を照らした。
「ああ、これなら大丈夫です。わざわざ戻ってもらってお手数かけましたね」
「いえいえ、では行ってきま〜す」
「はい、お気をつけて〜」
警官から励ましの言葉をもらって別れた。

またさっきの警官にバッタリ出会った時は驚いたが、わだかまりも解ける会話が出来て良かった。
まだ眠る暗い街の中、僕は明るい心で西へと進んだ。

とりあえずの目的地は八王子。
このまま甲州街道を目指せば良い。
そしてその先には…。

…山がきっとある。

時刻は午前4時過ぎ。
八王子まで30数km。
6時過ぎには八王子に着きたいところだ。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 23:06| Comment(2) | 自転車奇行2006

2006年10月20日

自転車奇行・箱根編2 〜出発して戻る〜

仕事終わりに池袋でマウンテンバイクを購入した後、また仕事場に戻った。

(この自転車でどこかに行っちゃおうかな…)

そんな考えもあったが、昨夜は1時間しか寝ていない。
とりあえず寝て、後の事はそれからだ。

夜の9時半に仕事場に戻って、寝たのは11時だった。
明け方4時くらいまで寝ていようと思ったが、来客があり起きてしまった。
時刻は午前1時。2時間しか寝ていない。
しかし、目覚めは良かった。

(これなら出掛けられるかも…)

午前3時、仕事場のたっつぁんに見送られながら僕は旅立った。
たっつぁんは、やめた方がいいと言っていたが、もう自転車は買ってしまったのだ。
買ったからには使わないともったいない。

仕事場から西に進んでいく。
練馬駅の手前で、パトロール中の二人組みの警官に呼び止められた。
「すみません、荷物のチェックさせて下さい。もし、ナイフとか持っていたら先に申し出て下さい」

僕はカッターナイフを持っていた。
先ほど新品の下着を開封するのに使ったのだ。
僕がカッターを差し出すと、警官は苦い顔をした。イマイチ、ナイフという感じではなかったからだろう。
「う〜ん、このカッターの使用目的は何ですか?」
「パンツの札を切り取りました。あと、これから山に向かうので何かの時に使うかと」
「山ァ〜?自転車で行くんですか?」
「ええ、とりあえず八王子まで行くつもりです」
「八王子ィ〜?」
警官は得体の知れないものを見るような顔をした。

「う〜ん、山に行くのはともかく、所持の動機が弱いですね」
「じゃあ、そちらでこのカッター預かってくれませんか?」
「そういうのは出来ないんですよ。やるなら署の方で書類など書いてもらわないと」
「そうか、それは面倒ですね。じゃあ一旦戻ってカッター置いてきます。それか捨てるかですね」
「まぁ、本当は使用目的不明でこのカッターを持ってる時点でもアウトなんですけどね。今回は大目に見ますが、もしハサミでもあれば、次からはそちらにして下さい」
「はい、でも置いてきた方がいいのかなぁ。この先また尋問されたら困りますし」
僕は戻る気になっていたが、警官はどちらでもいいようだ。

「ところでこの自転車、防犯登録されてますか?」
警官は矛先を変えてきた。
「ええ、登録してありますよ。昨日、ビックカメラで買った時に。買ったのは夜の8時頃でしたが」
「昨日ですか、ではまだ登録完了されてないかなぁ」

「防犯のシールはどこに貼ってありますか?」
「え〜と…」
しかし、シールは貼られてなかった。たしかに昨夜登録したのに。
「ないですね〜。防犯のシールとかもらってませんか?」
「ああ、防犯登録の書類ならありますよ」
「では、見せてくれませんか?」
「え〜と…………やっぱりないですね…」
書類は持っていなかった。
今回の尋問は今までで一番ヤバい。胡散臭さ爆発だ。

「書類置いてきてしまったみたいです。ギアとかの説明書なら持ってますが」
「書類がないと確認できませんね〜」
「そうですね…。ではやっぱり戻る事にします。カッター置いて、書類を持ってきます」
「うん、そうして下さい」

僕は出発してすぐに戻るハメになった。
仕事場に戻ると、僕は疲れてすっかりやる気をなくし、横になって目を閉じた。
一昨日が1時間、昨日が2時間しか寝てないのだ。
どこかに出掛けようなんて、どだい無理な話だったのだ…。
ニックネーム SNJ at 03:36| Comment(2) | 自転車奇行2006

2006年10月18日

自転車奇行・箱根編1 〜ビックカメラで自転車購入〜

僕は一人、池袋のロフトの屋上に立っていた。
ここは、サンシャイン60が見えたりして、なかなか夜景が良い。

池袋ロフト.jpg

何故ここに来たかと言えば、仕事終わりにふらっとビックカメラまで自転車を買いにきたのだ。
すると、お渡しは夜の8時以降と言われた。
自転車買ったのは午後5時。3時間ある。

マクドナルドなどで時間を潰してみたが、全然8時に程遠い。
若者で溢れかえるマクドナルドは、僕には居心地が悪かった。
外を歩いても、昨日は1時間しか寝てなくて朦朧としているので、遠くにはいけない。
なのでここ、ロフトの屋上にやってきた。前に昼間に来たことがあっていい感じだったので、夜にも来てみたかったのだ。

僕はカップルを避けるようにベンチに座る。寒風が身に沁みる。
だが、居場所としては良い。しばらくここで時間を潰そう。
アナウンスが流れた。
「ここの屋上は夜7時を持ちまして閉鎖となります」
僕は屋上からも追い出された。

仕方なくビックカメラに戻って、大型テレビの展示場で様々な映画が流れるのを観ていた。
5.1chだ。臨場感もあって、楽しく観てられる。良い時間潰しになった。

7時50分に自転車を取りに行ってみるとまだ出来上がっていなかった。
仕方あるまい。僕が来るのが早過ぎたのだから。

8時を過ぎた。
売り場に行ってみた。
まだ出来てなかった。
(まだ早過ぎたのか?こっちゃあもう行くとこないんだぞ!)

売り場をうろついて待っていると、仕事帰りの人々が自転車を受け取りにくる。
(けっこうみんな自転車買ってんだな)

僕の自転車が組みあがったのは8時半を回った頃だった。
もう閉店時間だ。
僕は自転車を受け取ると、池袋の街へと漕ぎ出した。

買ったのはマウンテンバイクタイプ。メーカーはシボレーだ。
さぁて、この自転車でどこに行こうかな…。
…ていうか眠いぞ〜。

明日はどこに行ったか更新するかもしれません。
更新できないとこにいるかも…。
ニックネーム SNJ at 22:25| Comment(2) | 自転車奇行2006

2006年10月17日

ばったり再会

仕事場近くを歩いていると、友人のタカギ氏に会った。
3月に一緒に日光に旅行して以来だ。

「お、タカギさん!」
「あ、田中さん。何でここにいるんすか〜?」
「仕事に来てました〜」
「すごい久しぶりじゃないですか。何かすごい太ったんじゃないですか?」
「えぇ、太りました。…というか日光の時から変わってないと思いますよ」

実際、夏場に5kgやせたが、その後動かなくなってまたリバウンドした気がする。
もしかしたら以前より太ったのかもしれない。

何かやせる対策を練らないといけないな…。
ニックネーム SNJ at 02:46| Comment(3) | 日記

2006年10月15日

100人に1人

ビックカメラに、「100人に1人レシートに当たりが出たらタダ」というキャンペーンが年に数回ある。

少し前の夏のキャンペーン期間中のことだ。
僕は今までに、このキャンペーン中にビックカメラで計50回ほど買い物をしているので、そろそろ当たる気がしていた。

友人のたっつぁんが引越した時に、僕と他の友人二人が買い物を頼まれて、ビックカメラで買い物をした。

まずは1万円のラジカセを買ったのだが、10%のポイント千円分を無駄にするのももったいないので、僕のビックカメラのポイントカードにポイントをつけてもらった。
僕は買い物のお駄賃代わりに、千円のポイントをゲットしたわけだ。

次にガスコンロとポットを買った。これもたっつぁんの商品だ。
占めて1万8千円ほど。
これのポイント10%分も僕のポイントカードに入れてしまえば、1000+1800で、2800円分のポイントになる。
僕は、こりゃあ割のいい買い物だとばかりに、自分のポイントカードをレジに出した。

レジに2万円出すと、店員のお姉さんがアッと言って、お釣りではなくその2万円が戻ってきた。
「当たりです」
レジのお姉さんがそう言った。
同時に、他の店員さんも、カラン、カラン、カラ〜ンと鐘を鳴らし、
「おめでとうございま〜す」
と祝福してくれた。

ついに当たった。このキャンペーンで当たった。
今まで、僕の目の前、僕のすぐ後ろ、僕のすぐ横と、当たった人を見てきたが、ついに僕にも当たりがきたのだ。


……でも、待てよ?
この買い物はたっつぁんの買い物であって、僕の買い物ではない。
僕はいっさい得をしていない。
むしろタダになったので、1800円分のポイントが入らないということだ。

なんということか…。
小賢しく小ズルい心で自分のポイントを増やそうとしていた罰が当たったのではないか。
一緒に買い物をしていた他の友人二人も、当たったのがたっつぁんなので、たいして嬉しそうな顔をしていない。

商品を受け取りながら僕は考えていた。

100回買い物をする前に当たりが来たのは運が良かったと言える。
しかし、僕の買い物ではない。
ここで僕のポイントカードを使ったことで、僕はキャンペーンに当たった人としてコンピュータに記録が残り、次からは僕はまた100回近く買い物をしないと、当たることはないのではないか。
同じ人が立て続けに当たらないように、そういうシステムがあるのではないかと疑ってしまう。

単に、僕は100分の1を当てたので、また100回近く買わないと運が回ってこないというだけなのだが…。

ホントにこの日は当たる予感がしていたので(このキャンペーン期間中はいつも当たる予感してるが)、予感通りだったと言える。
まぁ僕の運はたっつぁんに吸われたのだ。

そして夏は終わっていた。
僕の良い予感はもう湧いてこない…。
ニックネーム SNJ at 03:09| Comment(2) | 街角・日常編

2006年10月14日

手賀沼のマラソン

僕の地元にある、かつては日本一汚かった手賀沼。
浄化を続けてきた結果、今ではその手賀沼でトライアスロンも開催されるようになった。
その手賀沼では、毎年10月最終日曜日に『手賀沼エコマラソン』というのが開催されている。

この手賀沼エコマラソンは、全国ランニング百選で、2000年度4位、2001年度14位、2002年度13位、2003年度17位、2004年度9位、2005年度は6位と、常に上位ランクに入っているのだ。

2000年度の細かな選評では、賑やかさ楽しさ抜群大会、個性が光る大会の項目で2位に入っている。ゲストに高橋尚子が来ていたのも要因だろう。
手賀沼周辺の道々を思い返してみると、景色は優れていないし、道は平坦だし、どこに個性があるのか分からない。
日本一汚い称号は返上してしまったし、何が売りなのだろう。
他の常に上位にランクするマラソン大会は、福知山マラソン、長野マラソン、青島太平洋マラソンなど、景観が素晴らしそうだ。

参加者の声では、都内から近いこと、応援やスタッフの対応が良いことなどが挙げられている。
参加者は7千人ほどにもなる年もあるようなので、やはり何かあるのだろう。
大会の写真を見ると、沿道で太鼓を打ち鳴らしての応援など、威勢もよさそうだ。

僕は走るのが苦手なので参加は絶対ありえないが、機会があれば手賀沼までマラソン風景を観に行ってみたいもんだ。
学生時は学年で3本の指に入るほど走るのが苦手だったので、マラソン出来る人は無条件で尊敬する。
僕が参加したところで、初心者は列の後方からのスタートだろうし、スタートラインに辿り着いたとこでバテるのが目に見えてるのだから。

そんな僕でも、自転車ではよく手賀沼に出掛けてゆく。
週に3、4回通ったこともあったし、家から手賀沼までの自転車のタイムを計測したこともあった。
無理して23分だった。駅などでの歩きを考えれば、電車より早く着く計算だ。道を間違えなければ、あと2分は縮められそうだ。

単に自宅から近い水場なのだが、日本一汚かったこの沼が、僕には日本一愛しいのだろう。
ニックネーム SNJ at 01:58| Comment(2) | 日記

2006年10月12日

子供たちの抗争2

僕が通り掛かった時には、それは始まっていた。
スイミングスクールの前で、小学校3、4年ほどの子供たちが、3人と3人に分かれてケンカをしていたのだ。
ケンカと言っても口ゲンカだが。
もちろん僕は聞き耳を立てた。

攻撃側の3人の中で一番体格の大きいヤツが主導権を握っている。
「お前ら、オレがどこの小学校の何て名前なのか知ってるのかよ!」

推測するに、守勢の子の誰かが、悪さをするその体格のいい子のことを小学校に言いつけるとか言ったんだろうか。

「早くオレの名前と小学校を言ってみろよ〜。あと5秒の内に言ってみろよ〜」
そう言いながら、守勢の3人の方へずんずんと歩み寄ってゆく。
守勢の3人の子らは、その歩みに対して引き下がってゆく。

「は〜い、5、4、3、2、1〜。おしま〜い。言えねェじゃね〜かよ〜。ぶっ殺すぞ〜!」
体格のいい子が守勢の3人の方へ走り出した。
「そ〜だ、ぶっ殺すぞ〜!」
攻勢の他の二人の子もそう言って、カバンを振り回しながら襲い掛かっていった。
もちろん、もし殴り合いでも始めれば僕が止めるつもりで聞いている。

攻勢3人の突撃に対して、守勢の3人は植え込みのある60cmほどの高さの花壇に上り、電灯の柱の陰に隠れこむ。
隠れると言っても体は丸見えだが、攻撃側より高く、物陰に隠れられるポジショニング。防衛ラインとしては良い陣地取りだ。

「お前の名前は栗きんとんだ〜」
守勢の中の一人がそう名付けた。
すると、攻撃側の取り巻きタイプのヤツが栗きんとんに乗ってきた。
「何だよ〜、栗きんとんて。オメ〜らなんか栗きんとんになっちゃえよ〜」

体格のいい子も乗ってきた。
「オレ、栗きんとん嫌いだもんね〜。お前らが栗きんとんになったって食べないで捨ててやるよ〜」
「そ〜だそ〜だ、俺も捨てるもんね〜」
体格のいい子と、取り巻き君のナイスコンビネーションだ。

そのケンカを少し離れて横で見ている二人組みの子がいた。
「…あいつら、うるせェよな…」
「…頭わるそ〜だな」
ボソボソとそう呟いている。
なかなかキャラの立った3グループだ。

そこにスイミングスクールの引率のおじさんがやってきた。
「は〜い、そろそろ中に入って〜」
おじさんはケンカの光景を見て、ボソッと話していた二人組みの子に話し掛けた。
「まぁたケンカしてんの?しょうがないなぁ」

スクールの中からおばさんも出てきた。
「早く入りなさ〜い」

攻撃側の3人が、守勢の3人に背を向けてスクールに入っていこうとした時だった。
「へんっ、エロのすけ〜!おめーの名前はエロのすけなんだよ〜!」
守勢の一人が今度はそう名付けた。
「そ〜だそ〜だ!エロのすけ〜!エロのすけ〜!」
守勢のみんなでそう囃し立てる。攻勢に立とうと必死だ。

「何だと〜!誰がエロだよ!お前がエロだろ〜!」
攻撃側だった体格のいい子も振り返って受けてたつ。
守勢側も声を合わせて、よりいっそう騒がしくなる。
「うるせ〜、エ〜ロ、エ〜ロ、エロのすけ〜」

そこでおばさんが言い放った。
「エロはいいから早く入りなさい!もう始まっちゃうわよ」

「…は〜い」
子供たちは全員、スイミングスクールの中に消えていった。


2時間後、またその場所を通り掛かると、スクールバスを待ってる子供たちがいた。
その数、6人。と、女の子二人。
仲が良さそうに話していた。
ニックネーム SNJ at 23:46| Comment(2) | 街角・日常編

昨夜

昨夜は、仕事帰りに仕事場近くの友人宅を訪れてポケモンを交換してきた。
そしてテレビで一緒に、プロ野球の日ハムVSソフトバンクを観て、サッカー日本代表VSインド戦を観て帰ってきた。

徹夜で30分しか寝てなかったので、意識朦朧としながらのテレビ観戦だった。
日ハムファンの友人が、日ハムが活躍する度に声を掛けてくるのだが、それに答える僕の返事が半分寝ているので意味不明な事を言っている。
自分で何を言っているのか分からないのは分かるが、何を答えればいいのか分からないのだ。

その後の帰りの電車では、僕は眠いながらも立って起きていたのだが、横にいた若者が立ったまま寝ていて、カックンカックンしていた。
そして、遂には僕にヘッドバッドをしてきた。
若者は、すいませんと謝っていたが、僕は内心笑いそうになっていた。
ニックネーム SNJ at 18:23| Comment(0) | 日記

2006年10月07日

蛇口

子供の頃、僕は祖父からこう教えられた。

「水道の口からは蛇が出てくるぞ」

それはたわいのない冗談だったのだろうが、まだ水道管のことなど知らない僕は祖父のその言葉を信じてしまった。
(きっと、水道は川から繋がっているから蛇が出てくるんだ)

水を出して蛇口を見ていると、水の色合いが真ん中だけ濃く見える。
幼い僕は、その細く色濃くなった部分を蛇のしっぽだと思い込んだ。
(やっぱり蛇が出てきてる…。水をたくさん出すと全部出てくるかもしれない…)

なので僕は、水を大量に出したりはしなかった。
歯磨きをする時も水を止めた。なるべく水を出したくなかったのだ。
その点では祖父の教えは、水を節約させる意味があったのかもしれない。

田舎の家の外にある水場では、時たま蛇がいることもあった。
もちろん、水道を伝って出てきたと思った。

僕は水が怖かった。
水に顔をつけるのも嫌だった。水道から出てきた水には蛇が潜んでいるかもしれないのだ。
風呂が熱くても、一気に水で薄めようとすると蛇が出てくると思って、なかなかぬるく出来なかった。

いろいろ弊害はあった。
しかし僕はいつの間にか、水道から蛇が出てくることを忘れてしまった。

『蛇口』

それは正しく、蛇の口と書く。
でも蛇は出てこないのだ。
ニックネーム SNJ at 00:34| Comment(2) | 思い出ボロボロ

2006年10月06日

シャワー

僕はシャワーを使っていた。
シャワーからお湯を出そうとした時のことだ。

ニャアァァァ〜〜〜〜

シャワーの中から猫の鳴き声のような音がした。
僕は猫がいるのかと思って横を見たが、猫がいるはずもないし、第一その音はシャワーの中から聞こえてくるのだ。

僕はシャワーの噴出し口を見ていたが、もちろん猫は出てこないし、その気色悪い物音は数秒ほどで聞こえなくなった。
きっと、お湯の先のモーターの音が籠もって伝わってきたか、空気が入っての物音だと思うが、僕はお湯を浴びながらも少し寒気がした。
ニックネーム SNJ at 00:18| Comment(2) | 日記

2006年10月05日

懐古王

「あの頃は良かった」と、今日この日に思っても、
いつかの未来にまたぞろ「あの頃は良かった」と、
今日この日を振り返る。

つまりは「今日この日」は良い日であって、
まだまだ落ちていけるのだ。

どこまでも、どこまでも、いつか来るその日まで。

落ちていこうさ、どこまでも。
上を見ようさ、いつまでも。


でも、体重は落ちていかない。
下を目指し続けるのみである。
ニックネーム SNJ at 02:46| Comment(2) | 詩っぽり