2007年01月31日

おおたかの森

今日は暖かかった。15℃以上あったろうか。
なので、午後3時頃にまた自転車で出掛けた。

いつもは水場である手賀沼に行くが、今日は違うとこにした。
僕の住む柏市の隣りの流山市。
その流山市の中に、つくばエクスプレスの『流山おおたかの森駅』がある。

おおたかの森駅.jpg

この駅が出来る前は森ばかりの一帯だったが、つくばエクスプレスの路線を敷くために森は切り拓かれ、ほとんど消えた。
名前の由来は、野生のオオタカが生息する森だったからだ。
もちろん今でも生息している。

おおたかの森0.jpg

駅周辺は今も開発の真っ最中。
今年の春からショッピングセンターも開店する予定だ。
枯れたススキと、新たな物を創り出すクレーンが並んで立つ対比。

おおたかの森は特に公園のようにはなっておらず、国有地や市有地の立入り禁止の看板ばかりで、ほとんど入れない。
森へ続く小道はあるものの、民家の奥だったりして入っていいのか分からない。
僕は森の周りをうろうろと走り、やっと森への入り口を見付けた。

おおたかの森1.jpg

しかし、森に入るも、かつての大きな森はもうなかった。
聞こえるのは鳥のさえずりではなく、伐採工事の音ばかりだ。
木を切る音、木が倒れる音、重機のエンジン音が響き渡る。

おおたかの森2.jpg

伐採された樹木が細かく切断されて地面に転がっている。
切り株だけがずらっと並んでいる様は少し哀しい。
発展と引き換えに、消えていくものもたくさんあるという事だ。

地域が活性化していくのはいい事だと思うが、流山おおたかの森駅なのにおおたかの森がないなんて事にならないで欲しいなぁ。
一応、この伐採後に公園として整備される予定らしいが、そうして少しずつ森を削っていくのかもしれない。

おおたかの森3.jpg

それでも、もう少し奥まで踏み入れば森は残っている。
そして鳥のさえずりも聞こえた。
僕は森に入るまで音楽を聴いていたが、この雰囲気を味わうためにヘッドホンを外した。

おおたかの森4.jpg

原生林のような佇まい。
実は不法投棄のゴミだらけだ。
わざわざこんな奥までゴミを運んでから捨てるとは…。
自転車も捨ててあったが、自転車を盗んでゴミを運んで、そのまま両方とも捨てて帰ったんじゃなかろうか?
森は残って欲しいが、不法投棄の隠れ蓑にされるのは残念だ。

おおたかの森5.jpg

背丈よりも高い笹に囲まれて楽しい。
夏だったら虫だらけで大変そうだ。
横の草むらで音がするが、鳥でもいるのだろうかと思っていると、『マムシに注意』の看板があった。
そうか、蛇もいるんだろうな。いいことだ。

この先は下り坂になっていて、その向こうに工場が広がっていた。
森の中に広い敷地の工場があったとは驚きだ。
反対側に位置する工場の入り口の方も木に覆われているので、まるで得体の知れない工場に思えるが、工場の隣りは警察署である。

木々の間から工場を左手に見ながら右に折れていくと、唐突に森は終わった。
森の中の短い小道だったが、良い道だった。
人もほとんど通らないのだろう。むしろこの森は通らない方がいいのかもしれない。
この規模ではオオタカがいなくなるのも時間の問題だ。

その後は、流山市内の丘をいくつか上り下りしてから帰った。
流山は意外に森が多く、普段は車で主要道路しか走らないので、いろいろ発見があって良かった。
それにしても暖かい日和だったな。春かと思った。
ニックネーム SNJ at 21:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 自転車奇行2007

夢物語11 〜行方不明の街・後編〜

   〜4〜

夜になった。
街の方が賑やかになった。
大量のライトが燈され、霧の中に浮かび上がった。
僕は街の様子を窺いにいった。

街は目覚めていた。
工場が稼働を始め、煙突からも煙を吐いている。
煙と霧が相まって幻想的な雰囲気だが、今は不気味でしかない。

稼働を始めた工場では、数人の男たちが働いていた。
みんな目は虚ろで、ただ黙って作業をしている。
その中に友人たちはいなかった。

街のメインストリートに出ると、女たちが溢れていた。
どの女も美しく着飾り、輝いている。
その中に僕の友人はいた。
たくさんの女に囲まれて抱きつかれて、高笑いをしながら目が虚ろになっている。
口元は笑って、目は笑っていない。
もう友人の顔ではなかった。

他にも街のそこかしこで、僕の友人が女の虜になっていた。
時に女を抱きながら酒を飲み、時に裸で踊る。
高笑いする口を女の口付けで塞がれて、唇が離れればまた笑う。
目には意思が感じられない。

霧深く眩しい街の中。
僕は狂気を見ていた。

友人と口付けを交わす女は、どんどん美しく若返っていった。
もう僕には分かっている。
どうやらこの街は『女の街』のようだ。
そして、時折迷い込んでくる男たちを虜にして生気を吸い取っているのだ。

(もうダメだ…。もうあいつらは戻って来ないんだ…)
僕は救出を諦めてしまった。
(いや、この場は諦めるが、僕の街に戻ってこの得体のしれない街の事を世界に伝えるんだ)
(そして、必ず助けてやるからな!)

   〜5〜

僕は、夜の内にこの街を脱出することにした。
この街に来てしまったボートのところに戻るが、ボートはもうなかった。
つまり、僕の脱出は拒まれているとみていい。

森の中を少し歩いてみたが、真っ暗な上に霧が立ち込めていて、森に踏み込むのは無謀だった。
それどころか、何人かの女が手にライトを持ち、森の中を徘徊していた。
つまり、唯一逃げ延びた僕の逃亡を警戒しているのだろう。

主要道路を見ると、やはり女たちが見張り番のように立っていた。
ここから逃げるのも難しい。
朝を待てば明るくなって逃げやすいが、僕自身が見付かってしまう可能性も上がる。
逃げるなら今夜しかない。

逃亡ルートは決まった。
来る時に遡ってきたあの川だ。
ボートはなくなってしまったが、それだけにそこに相手の油断があるかもしれない。
(船を取り上げていい気になるなよ!)

僕は森の中から2本の丸太持ち出して、紐で結んで簡易に筏を作った。
そしてそれに跨って川を下っていった。
これなら音もなく下っていける。

川を下っていくと、来る時に通ってきたトンネルが見えてきた。
あそこをくぐってしまえば逃げられるはずだ。
そこで突然、サーチライトが川面を照らした。
(しまった!)
僕は丸太の横から川に沈みこみ、ライトに照らされないようにした。

ライトは僕の掴まった丸太を照らした。
「おい、そこの丸太!誰かいるのか?」
女の声がそう言った。
僕は丸太の陰で息を潜める。

(このまま流れていってしまえれば、抜けられる…)
「おい、待て!誰もいないのか!?」
筏はなおも流れていく。
(よし、いける!)

しかし、川の対岸からもライトが照射され、僕は見付かってしまった。
「いたぞ!その筏にしがみついてるぞ!」
女が応援を呼ぶ。
そして、女の手には銃が握られていた。
銃口は僕に向けられた。

(ここまでか…)
僕が観念した瞬間、女を後ろから殴りつけた影があった。
「今の内に逃げるんだ!」

それは、二人の友人だった。
女を押さえ込み、僕に逃げるように言った。
「この街はヤバすぎる!俺たちはもう正気を保っていられないんだ!お前だけでも逃げてくれ!」
ほんの少しでも正気を取り戻したのだろう。彼らの目には意思が宿っていた。

「分かった!絶対に助けに来るからな!それまで待っててくれ!」
「頼んだぞ〜!……あぁうぅぅ……」

友人の声は聞こえなくなり、僕は真っ暗なトンネルに入っていった。
(絶対、戻ってくるからな…)

==========

ここで目が覚めたが、それ以降はこの夢の続きを見ていないので助けにも行けない状態だ。
僕だけが逃げ出すという、どうにも後味の悪い夢であった。
いや、僕だけ逃げ出したというより、逆に考えれば僕だけ省かれてしまったのかもしれない。
ニックネーム SNJ at 17:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 夢物語

もう一つの手賀沼

先日、昼過ぎまで雨が降っていたのだが、3時頃から晴れてきたので自転車で出掛けた。
向かった先は例によって手賀沼。

柏駅前のビックカメラに立ち寄って、ニンテンドーDSLiteが売り切れなのを確認しから手賀沼に到着。
我孫子市側に渡って遊歩道を走る。

我孫子市側の遊歩道はゆったり走るのに向いている。
手賀沼公園を過ぎ、我孫子高校を過ぎ、手賀大橋をくぐると、いつものように種類の分からない怪しい鳥がいる。

手賀沼の鳥2.jpg

コッコッコッコ、ゲハァ〜、ゲハァ〜

全部で7羽。
前にも7羽揃っているところを確認しているので、これで一つの群れなのだろうか。

怪しい鳥の後は、ネコが待ち受けている。
ネコに「お〜っす!」と挨拶してさらに走っていくと、カメラを構えて夕日を待ち受ける人々が並んでいる。
雨がやんで晴れてきたので、急いで手賀沼に来たのだろう。
ここから見える夕日はとても美しいのだが、今日は素通りだ。

曙橋の水門を渡り、手賀川沿いに行く。
このまま川を行けば、正月に行った木下に辿り着く。
だが、今日の目的は木下ではない。
川沿いから畑の中を南に突っ切り、手賀沼を囲む丘に登っていく。
その丘の向こうには、もう一つの手賀沼があるのだ。

今走ってきた遊歩道が整備されてるのが大きい手賀沼。
これから向かうのが小さい手賀沼で南部手賀沼といい、元々は二つ合わせたもっと大きな沼だった。
それが、江戸時代からの開拓によって二つに分断されたのだ。
手賀沼の『水の館』という博物館で読んだ資料では、昔は水害がひどかったという。

丘に向かって走っていくと、風景は林に囲まれた農村のような風景になった。
標高差15〜20mほどの坂道を登っていく。
時刻は4時半になり、夕日も輝きを増してきている。

丘を登りきると大きな農家がある。
この辺は以前は沼南町という区画だったが、今では柏市に合併されてしまった。
この風景は残っていって欲しいものだ。

手賀沼の丘の山道.jpg

農家の先で舗装路が途切れて、木々に囲まれた未舗装路になった。
未舗装でもマウンテンバイクで走っていたので大丈夫だ。
(どこの山奥だ?た、楽しいじゃないか)
手賀沼から少し外れただけでこのような道に入れるとは思わなかった。

木々の中を走っていくと、下りになった。
ダートの下りだ。
後輪を滑らせながら下っていく。
(た、楽しいじゃないか…少し怖いけど)

標高差もないので下りはすぐに終わる。
そして次の丘に向かってまた登っていく。
けっこう急勾配だが、標高差は20mもないので問題ない。
木々の間から眩しいくらいに夕日が見える。
登坂中に夕日が見えると気力が湧いてくる。

手賀沼の丘の山道2.jpg

坂を登りきると竹藪が現れる。
なかなか雰囲気が良い。

手賀沼の丘の山道3.jpg

さらに旧家や大きな木もあり、ますます雰囲気が良い。
遠い田舎を走っている感覚になる。

再び下って田園風景の中を進んでいくと、やっともう一つの手賀沼が現れた。
本当は二つの手賀沼間はもっと近いのだが、僕が曲がりくねって走ったのでけっこう遠くなった。
遠くはなっても、曲がりくねって丘をいくつか越えて走ることにより単調な道ではなくなるので、それはそれで良い。

小さい方の手賀沼は田畑に囲まれて特に遊歩道はないが、ところどころで沼畔までいける。
自転車であぜ道を走って沼の畔に向かう。
その時気付いた。
妙に体が軽い。
夕日や南部手賀沼が見えて、気分が高揚したのだろうか?

南部手賀沼の夕日.jpg

土手から沼の畔に自転車を下ろして、夕日をバックに写真撮影。
狙ったわけではないが、ちょうど夕日が沈む時間に南部手賀沼に辿り着いた。

さて、後は帰るだけだ。
あぜ道を引き返すが、やはり体が軽い。
一般道を走っても体は軽い。
さっき遊歩道を走っている時は時速24kmペースでキツく感じたのに、今は27kmペースでも軽く感じるのだ。

(なんでこんなに体が軽くなったんだ?)
考えるに、丘を二つ越えたので体が登坂モードになって、平地が楽に感じるようになったのだろうか?
走った距離はすでに20km以上なのに不思議だ。

農道を飛ばす。
時速30kmを超えてもまだ軽い。
(どうしちゃったんだ〜?)

南部手賀沼そばの坂.jpg

右手に急坂発見。
一旦は通り過ぎたものの、今の僕は体が軽く感じている。
すぐに引き返してこの坂を登った。

さすがにキツかったが、途中から勾配が緩やかになって何とか登りきった。

登ったら、今度は下りたくなる。
息を整えると、下り坂に向かってギアを重くして一気に加速していった。

スピードメーターはすぐに30km/hを超えた。
40kmも超えた。
(あれれ、何だこの加速力〜)

坂の途中で勾配の角度が変わるとこから先が見えないほどだった。
つまり走っていく先が見えてない。
まるで崖になっているようだ。

45kmを超えている。
(これ、飛んじゃうんじゃないの!?)
慌ててブレーキを掛ける。
もちろん飛びはしなかったが、坂を下りたとこはy字路になっているので、絶対に止まらなければいけない。

フルブレーキングで停止した。
55kmを超えたら止まれないかもしれない。
(危ね〜。登るのはともかく、下りるのは気を付けよう…)

また農道を走っていく。
日は落ちて、どんどん暗くなっていく。
しかも、北西に向かわなければいけないのに、南西に向かってしまって遠回りをした。
地図を持っていなかったし、太陽も見えなくなったので、方向が分からなくなっていたのだ。

国道16号に出た時には、もう真っ暗だった。
交通量の激しい道だ。こういう道はなるべく走りたくない。
トラックが起こす向かい風が僕を減速させるし、寒い。
いや、気温も下がっているのだろう。

長い上り坂もある。
さっきまで軽かった体だが、交通量の激しい国道の環境と、寒さと、道を読み間違えたショックで、急激に疲れてしまった。

コンビニであんまんなどを補給しながら帰った。
走行距離は無駄に長く40kmになった。

最後の方はイマイチだったが、手賀沼周辺の丘をいくつか上り下りすると、合計で100mほどの標高を登ったことになり、山でもないのに山を走った気になれて良かった。
ニックネーム SNJ at 02:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 自転車奇行2007

2007年01月30日

狼狽

今日はいい天気。
天気予報通りだ。

なので、仕事が終わった後に朝から自転車で秩父に行こうと思っていた。
宝登山(ほどさん)というのがあって、そこの蝋梅(ロウバイ)園が咲き誇っているシーズンなのだ。

ロウバイがあるのは山頂なので、登山と組み合わせようとか、無理やり自転車で登るかとか、ロープウェイであっさりとか考えていたが、仕事で疲れていたので行かず仕舞いになってしまった。

家に帰ってから聞くと、今日は親が宝登山にロウバイを観に行っているらしい。
危なかった。
もし僕も行っていたら、危うく宝登山山頂で鉢合わせをしてしまうとこだった。

「何やってんだ、お前?こんなとこに自転車持ちこんで。仕事に行ってたんじゃなかったのか?」
「そ、そっちこそ何でここにいんだよ?いいからロウバイ観てろよ」
きっと、山頂でそんな会話が繰り広げられるだのろう。

以前も、早朝、僕と親と別々に出掛けたのに、同じ日に富士山の同じ場所に行ってたことがあった。
こういうニアミスは嫌なもんだ。
ニックネーム SNJ at 13:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

夢物語10 〜行方不明の街・前編〜

ある日、夢を見た。
それはこんな夢。

今回の夢はサスペンス風だ。
ずいぶん前に見た夢だが、戦慄の内容だったので今でも覚えている。
内容はあくまでも、寝ている僕が勝手に作り出したフィクションである。
それでは妄想サスペンスにご招待。

==========
   〜1〜

僕の住む街(架空の街)で、行方不明事件が多発した。
行方不明になるのは、決まって妙齢の男。
何人も消え、僕の友人も消えた。

そしてある日、行方不明になった男たちが、街の外れにある川を水死体となって流れてくるという事件が起きた。
遺体の顔はげっそりと痩せ細り、生前の面影がないほどに老いていた。

警察の調べによると、遺体の外傷は死後に川を流れてきた時のものだけで、死因は衰弱死とのことだ。
川の上流を警察のヘリが飛んだが、何も見付からなかったという。

行方不明になった僕の友人も、遺体となって街に戻ってきた。
僕はこの事件の謎を解明すべく、6、7人の友人を引き連れて川の上流へと向かった。

警察のヘリによる捜索でも上流に何も見付からなかったのだが、僕らはボートで上流へと遡ることにした。
川を遡っていくと、川から下水道のような地下用水路に入った。

そして、長く真っ暗なトンネルを抜け出ると、霧の立ち込める森の中の川となっていた。
「どこだ、ここは?地図にも載ってないぞ」
どうも、得体の知れない場所に来てしまったようだ。
どこかで道を間違えたのかもしれない。

さらに遡っていくと、霧の中に街並みが見えてきた。
ボートを係留してから岸に上陸し、街の中に踏み入る。

人気のない静かな街だ。
小さな工場が立ち並ぶが、稼働はしていない。廃工場のようだ。
昭和初期の雰囲気がある。

とりあえず、僕らは街を探索することにした。
歩いていくと突然、背後から声を掛けられた。
「すみません、みなさま方…」

   〜2〜

振り向くと、いつの間にか数人の女性が並んで立っていた。
どの女性も美しい顔立ちをしている。
「ようこそ、こんな田舎町にいらっしゃいました。もし宜しければお食事などご用意いたしますので、どうぞ…」
僕らは、美しい女性たちのご馳走に預かることにした。

廃工場の中らしき広間に、食事は用意されていた。
魚料理、肉料理、酒など、豪勢だ。
「この街の男たちは稼ぎに出ていって、残ったのは女ばかりでございます」
「へぇ〜、でもみなさんキレイな方が多いですよね。そんなヒトを残していってしまうなんて罪な男ですよね〜」
僕らはお世辞を言いながら、ご馳走を食べていった。

聞く話によると、男手が足りなくなって工場も閉鎖になってしまっているという。
過疎化の進んだ街なのだろう。

「みなさま方はどうしてこの街にいらっしゃったの?」
「僕たちは、行方不明になった男性たちを探しにきたんですよ。そしたらここに迷い込んでしまって」
「まあ、殿方が行方不明だなんて、そんな恐ろしい…」
女性たちも心配そうだ。

「そんな行方不明なんてならずに、殿方にはどんどん食べてもらって精力をつけてもらいたいものですわ」
「ワハハハハ。どんどん頂きま〜す」
女性たちとも話が弾んで、みんな楽しそうだ。

僕は食事の途中でおしっこに行きたくなって、席を中座した。
工場の通路を歩いていると、妙な光景が目に入った。

通路脇の部屋の中で、一人の若い男が複数の女性に囲まれてデレデレしているのだ。
膝枕やら、胸に顔をうずめたりやら、男は楽しそうだ。
(何だ?ここって、そういう類の店なのか?
しまったな…。後で高額請求されるんじゃないか?)
何だか、この場所が怪しいところに思えてきた。

僕が用を足して戻ってくると、まださっきの部屋の中で笑い声がしている。

アハハハハ、アハハハハ

あまりに楽しそうなので部屋を覗くと、男はまた膝枕をして上を向いていた。
しかも裸だった。
(やっぱり、そういう店か!ぼったくられる前に退散しないと…)

(え!?…)
しかし、声は笑えども、男の顔は笑っていなかった!
死んだような目をして、天井を虚ろに見つめているだけだった。
しかも、先ほどよりも顔がやつれている。

(こ、これは!?あの事件の水死体と同じではないか!?)

   〜3〜

怪しい部屋の前をそっと離れると、平然を装って友人たちのところに戻った。
「みんな、もうそろそろ帰ろう。今日のところは引き揚げるんだ」
「え〜、まだいいじゃん。今日はゆっくりしてこうよ〜」
友人たちは酒を飲んだせいもあり、すっかり上機嫌になっている。
中には女性の肩を抱いて飲んでいるヤツもいる。

「いや、帰るんだ。みなさん、どうも美味しい食事をご馳走になりありがとうございました」
「あら、もうお帰りですの?もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いえ、先を急ぐんで」

僕は、無理やりに友人を引き連れて工場から出て、霧の中を船の方へと戻っていった。
金は請求されなかったが、早くこの街から出たかった。
「何だか楽しい街だったな。また来たいよ」
友人は未練たらたらだ。

気付くと、友人が一人いなくなっていた。
「どこに行ったんだ?まったくもう」

街中に探しに戻ると、友人は女性たちに左右から抱きつかれていた。
「オレ、この街に残るよ」
妙なことを言い出した。
「なに言ってんだよ。みんなで僕たちの街に帰ろう」
「この街の方がいいよ。このコたちだって、オレに優しくしてくれるし…。ネ〜」
「あ〜ん、嬉しいわぁ」
友人は聞く耳を持たない。

「お、俺もここに残ろうかな…。ここはいいところだよ、きっと」
別の友人も残ると言い出した。
「ちょっと待ってよ。今日のところは戻ろう」
僕は必死に食い下がる。

「なぁ、みんなも言ってやって…。あ…」
見ると、また別の友人まで目付きがおかしくなっていた。
「おれも残る…」
「わぁ〜、アタシたち嬉しい〜」
一人、また一人と陥落していく。

そして、僕以外のみんなが残ると言い出した。
それどころか僕を押さえ込み、街に引きずり込もうとしている。
「みんな!待て!目を覚ませ!」
僕は友人を投げ飛ばし、走ってその場を脱した。

街を離れ森の中に逃げ込む。
(何でこんな事に?…)
(もしかして、あの料理!あの料理に何か仕込まれていたのか?)
(僕は酒も苦手だし、料理も野菜くらいしか食べなかった。しかも、途中でトイレに抜けている。だから、何ともなかったのか…?)

僕は思案に暮れながら森の中に潜んでいた。
ともかく、逃げる前に友人を助け出さねばならない。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 03:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 夢物語

2007年01月24日

Drive物語・東北編13 〜東北旅行終了〜

米沢市街地から国道13号を東に向かうと、やがて山道に入る。
当初の予定なら、この辺りにある辺境の温泉に行きたかったのだが、いろいろ却下してきて今がある。
辺境の温泉は、また今度に取っておこう。

時刻は10時半になろうとしている。
長かったようで短かったこの旅もあと数時間で終わりだ。
深夜2時くらいに着くペースだろうか。

「あ、何か上に見えると思ったら、月が出てたよ」
小野君が言うと、窓を開けてみんなで空を見上げた。
僕は運転中なので見れないが、ちらっとは見える。
周りにほとんど明かりがないので、月が明るい。

月がキレイだ。
星もキレイだ。
日中は何度か雨が降ったが、この夏の夜空はどこまでも高く澄み切っている。

「こんな月を見たのは久しぶりだよ」
RA君も月に見とれる。
山道で曲がりくねっているので、ハンドルを切るたびに月は右に左に移動する。
「あっちだ」
「こっちだよ」
「消えた?」
「木の陰だよ」
「あれだ、低くなってる」
「あれは街灯でしょ」

開けた窓から流れ込んでくる山形の空気が心地良い。
本当に良い夜だ。
昨夜の仙台での飲みも良かったが、対照的にこの夜空のしっとりとした情緒も最高だ。

「どこかで車を停めて、ちゃんと夜空を見たいね」
NK君が言った。
「うん、どこか広い場所があったら停めよう」
僕も、運転してるので車を停めてゆっくり夜空を見上げたかった。

トンネルがあった。
窓を閉めてトンネルに突入。
長いトンネルだ。これを抜けると福島県になるはずだ。

トンネルを抜けた。
……何かがおかしい。
窓を開けてみる。
何だ?…。

「あっ、月が見えなくなってる!」
山の陰とか木の陰ではない。
空は全体が曇ってしまっていた。月も星も見えない。
「何てこった…。すぐに車を停めてればよかった…」

どうしても不運続きの旅だ。
月まで却下になるとは…。

高速に乗り、小野君に運転を替わってもらった。
この旅の最初で渋滞に捕まった東北自動車道を敬遠して、磐越自動車道経由で常磐自動車道に向かった。

常磐道はガラガラに空いていたが、まぁ東北道も空いていただろう。
車内で流していたNK君のセレクション音楽も聴き尽くしてしまった。
後はもう何のイベントもなく、地道に高速道路を戻るだけである。

RA君は熟睡している。
僕も少しうつらうつらとしていたが、茨城県に入る辺りで小野君が疲れたのでまた僕に運転を替わった。
四国旅行の時は、最後は僕はダウンして小野君に運転を任せっぱなしだったので、今回は頑張ろう。

眠くならないように、カーブの内側の最短距離を走れるようにレーンチェンジを繰り返し、柏を目指す。
頻繁にレーンを変えても、あまり車は走っていないので大丈夫だ。

運転しながら、いろいろ思い返す。
(岩手県のリアス式海岸見たかったなぁ)
(龍泉洞の地底湖も見たかった)
(でも、こうして4年振りに大人数で旅行できたのは良かった。次はまたいつ行くか分からないしな)
(さっきまで米沢にいたのが不思議だ…。そういや昨日は平泉も行ったんじゃん…)
(何だかんだ言って、いろんなとこに行ったんだなぁ…)

深夜2時、へろへろになって帰宅。
かまぼこも牛タンも、氷の袋で挟んでいたので、夏の最中でも大丈夫だった。
お土産の東北の地酒は、年末に飲むつもりだ。

こうして、却下しまくりだったが、それでも予定を変更していろいろ回った東北旅行を終えた。
今回の旅行で、岩手&宮城&山形の3県を訪れ、以前訪れた秋田、青森、福島と合わせて東北6県制覇となった。

次はどこに行こうかな?

……そういや、4人一緒の写真が一枚もなかったな…。
ニックネーム SNJ at 23:27| Comment(3) | TrackBack(0) | Drive物語U

Drive物語・東北編12 〜米沢牛を求めて〜

国道13号で上山市、南陽市と通り、米沢南陽道路という有料道路に入る。
有料道路だが、高架線なのにライトがあまりなくて暗い道だった。
空いているだけが救いか。

…と思いきや、下に見える一般道の方も空いている。
「あっちの方が明るいし、わざわざ有料道路に乗った意味がないよ〜」

文句を言ってる内に米沢市内に入った。
時刻は7時半。もう真っ暗だ。
いや、真っ暗にも程がある。
米沢市内は、駅周辺でも暗すぎだった。

とりあえず、雑誌に載っていた米沢牛の店に行ってみるが、もう閉まっていた。
「まだ7時半だぞ!?」
「いや、元々休みかも」

仕方なく、他の店を探しにいく。
しかし、街の店はことごとくシャッターが下りている。
夜の早い街だった。

『なせば成る なさねば成らぬ 何事も』

米沢藩主の上杉鷹山の名言だ。
質素倹約で藩政改革に励んだ名君だったが、その倹約が現代も続いて夜が早いのかと思ったが、もしかしたらお盆で休みだったのかもしれない。
街中には線香の香りが漂っていた。

米沢駅の近くで2軒、開いてるステーキ店を見つけたが、ものすごく混んでいて9時過ぎまで1時間半くらい待たないといけないと言う。

「これはマズイね」
「遅くなるほど店は閉まっていくし…」
市内を車で走り回るが、やはり開いてる店は少ないし、開いてても1時間以上待つことになる。
しかも、僕らと同じように店を探して回っている人も何組かいた。
先を越されたら、どんどん不利になる。

「ここまできて米沢牛も却下になるのか?」
昨日から却下してばかりの旅路だ。

「いや、諦めるわけにはいかない!」
僕らは、米沢牛を食べたい一心で何軒ものお店に電話を掛け、やっとすぐに食べられそうな焼肉店を見付けた。
その辺りは、駅前よりも栄えていそうなエリアだった。

「やった〜。これで米沢牛が食べられる」
喜び勇んで店に入って席に着く。
そこで、ふと思った。

メニューに『米沢牛』と表記していないのだ。
いや、確かに店の前の幟には米沢牛と書いてあった。
しかしメニューには書いてない。
「これは…?米沢?」
「どっちだ…?怖くて聞けないよ…」

不安ながらも上等の肉を注文した。
1切れ300円する肉だ。

米沢牛なのか分からないまま焼いて食べたが、これが物凄いとろけっぷりで美味しい。
「これ、米沢だろ?…」
「食べたことないから分からないよ…」
「この柔らかさで米沢じゃなかったら、何が米沢だって話になる…」
「米沢だよな?」
「だろ?」

「きっと米沢牛だ!」
僕らは、そう思って食べた。
実際、とても美味しいのだから。
…でも怖くて店員さんには聞けない…。

そんなこんなで、ともかく美味しい焼肉を食べ終えた。
「美味しかった〜、怖くて聞けなかったけど」
後は、千葉県を目指して帰るだけだ。

「さっきの店の店員、美人姉妹だったね」
NK君が言った。
「え?姉妹?二人いたっけ?確かに可愛い店員だったけど」
僕は運転しながら気になった。

「二人とも娘さんだろうね。家族でやってる感じだったよ」
RA君も言う。
「え〜?家族?そう言われてみれば、家族経営って感じだったけど。姉妹だったかな〜?」
僕は気になる。
『美人の店員』と『美人姉妹の店員』では、インパクトが違うのだ。

「うん、姉妹揃って訛ってたな。やっぱり山形訛りだったよ」
小野君も言う。
「やっべ〜。米沢牛かどうかに気を取られて観察し損なった〜」
僕は悔いる。

RA君が僕に言う。
「また今度行ってみれば?」
「遠すぎるよ〜。また今度行くって距離じゃないし。でも美人姉妹の店員か〜。気になるなぁ」
気になりながら、もう米沢の街明かりは見えなくなっていた。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Drive物語U

Drive物語・東北編11 〜蔵王温泉〜

仙台の次はどこに向かうか迷った。
とりあえず、昨日の栗駒の温泉に続いて温泉をもう一つ行っておきたい。
いくつかの温泉が候補に挙がったが、時間とその後の行程を考えて『蔵王温泉』というところに決めた。

仙台から東北自動車道で南に向かった後、山形自動車道で西に向かう。
運転手のRA君が疲れたと言うので、NK君に運転を替わった。
昨日はRA君は運転中に半分寝てしまい、危うく事故るとこだったので、今日は早めの交替だ。

昨日、久しぶりの運転だというのに雨に降られたNK君だったが、今日もまた途中で雨が降ってきた。
昨日から降られっぱなしである。

RA君の愛車パジェロioのナビゲーション通りに進み、途中で高速を降りると、道を間違えた。
ナビの表示が、急に残り20kmから60kmに増えたのだ。
「あれ?すごい遠回りになってるよ」
RA君は寝ている。

「何だよ、全く性能の悪いナビだな」
「まぁ、こんな山奥だからね。ある程度の誤差はしょうがないよ」
車の持ち主のRA君は寝ている。

結局、高速に乗り直して山形蔵王インターで降りる。
西蔵王高原ラインという有料道路で、蔵王温泉を目指す。
雨は途中で止んだ。

リスが車の前を横切った。
のどかな高原ラインである。
そういや、前日はイタチが横切ったんだっけ。

硫黄の匂いが立ち込める蔵王温泉のエリアに辿り着いたが、温泉がたくさんありすぎて迷う。
細い路地を入っていった先の『源七露天の湯』という温泉で入浴。
メインの通りより、奥まったとこの方が雰囲気が良いとの理由だ。

さっと体を洗うと、内湯ではなく露天風呂に出る。
露天には先客が何人かいた。
見ると、みなさんお身体にペイントが入っていらっしゃる。

肩から腕にかけて絵の入った若い男と、ボディにも絵の入った兄貴分らしき男。
背中に般若が描かれた年配の人、日本語を話さない人、様々だ。

露天の形は楕円形で、真ん中を遮るように岩が置かれている。
そのど真ん中で般若の顔を僕の方に向けながら、年配の方が鎮座している。

僕と小野君はけっこう長湯をしたが、絵の入った方々も長湯である。
そろそろ出ようと、3つしかない洗い場に行くと、これまた絵の方々と同じタイミングである。
僕の方が少し早かったので先に洗ったが、絵の方々を待たせてるので、何だか気が引けた。

風呂から出ると、出たばかりなのにもう汗びっしょりになった。
気温というより、温泉の成分で体が温まっているのだろう。
長湯しすぎたようだ。

温泉から出て車に戻ると、また雨が降ってきた。
しかも、かなりの豪雨で前が見えないほどだ。
全く、この旅に出てから雨ばかり降るが、何故か降るのは車に乗ってる時だけだ。
もし、露天に入っている時に降っていたら、長湯は出来なかったろう。

雨が止むまで駐車場で待機してから出発。
時刻は午後6時過ぎ。
雨雲のせいもあって、少し暗くなってきた。
次の運転手は僕だ。
雨で滝のようになった坂道を慎重に下って、温泉地を後にした。

蔵王温泉から下りてくると、上山(かみのやま)市に入る。
ここにも上山温泉があるが、温泉街の方は通らずに国道13号線で一気に南下していく。

この辺の13号は、真っ直ぐで新しそうな何もない道であった。
渋滞はないが、上山温泉を素通りしてしまうのも、もったいなく思えた。
しかし、次の目的地はすでに決まっている。

「みんな、米沢牛というのはどうかね?」
「いいね、いいね」
「米沢牛なんて食べたことないよ〜」

そう、僕らは米沢に向かっているのだ。
仙台の牛タンに続き、米沢牛。
この旅最後で最高の食事になるだろう。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Drive物語U

Drive物語・東北編10 〜青葉城〜

松島から仙台市内に戻り、昼食を食べる。
「これで仙台で食べるのも最後か〜」
たった1泊しかいなかった仙台だが、昨夜は仙台でたっぷり飲んだので、馴染みのある街に思えていた。

蕎麦や牛タン、アワビやずんだ餅などを食べ、お土産の牛タンを買って次の目的地へ向けて出発。
もちろん、お土産が傷まないようにコンビニで氷を買って冷やしておいた。

歴史好きな僕と小野君の要望で、青葉城に向かう。
特に小野君は伊達家好きなので、ここに来るのを楽しみにしていた。
青葉城へは、狭い道をけっこう上っていく。以外に標高があるようだ。
仙台市街地の都会的に洗練された感じと、青葉城の方の自然で素朴な感じが対照的で良い。

青葉城は、僕の好きな曲である、さとう宗幸『青葉城恋唄』でも有名だ。

♪時は〜め〜ぐり〜 また夏が〜来て〜
 あの日と〜同じ〜 流れの〜岸〜♪

青葉城1.jpg

青葉城に着くと、雨が降ってきた。
「とりあえず、ざっと見ていこう」
車を降りると、早歩きで青葉城址の公園内を一周する。
雨はどんどん激しくなる。

青葉城2.jpg

公園内には伊達政宗の像がある。
伊達好きの小野君も見れて満足だろう。
「城も何もないんだな…。思ってたのとずいぶん違ったよ」
公園内には天守閣も何もなかったが、見晴らしだけは良かった…。

青葉山から八木山方面へ下っていくと、何故か渋滞していた。
山の中腹にベニーランドという遊園地があり、そこへのマイカー客で混んでいたのだ。
しかし突然の豪雨に帰る人も多く、車ともども徒歩で帰る人で道は混雑している。
道には、雨水が洪水のように流れている。
歩いている人は、顔も足もずぶ濡れで可哀相だ。
僕らは、渋滞ながらも車内で助かった。

小野君いわく、『ベニー』なのか牛を意味する『べこー』なのか気になったらしいが、ベニーランドだ。
山を下りると雨は止んだ。やはり山の天気は変わりやすいようだ。

そして、僕ら4人は仙台を後にした。
「バイバイ、仙台」

♪瀬音ゆか〜しき〜 杜の〜都〜
 あの人は〜もう〜 いな〜い〜♪

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | Drive物語U

Drive物語・東北編9 〜ウミネコ〜

松島島巡りの観光船を、何十羽ものウミネコが追い掛けてくる。
乗客がお菓子をあげるからだが、その様は圧巻だ。

何人もの人が、そこかしこでかっぱえびせんを手に持って掲げると、ウミネコは見事にそれをついばんでゆく。
えびせんを投げれば、ウミネコは空中で鮮やかにくちばしでキャッチする。

見てると、僕もウミネコにお菓子をあげたくなった。
誰かが投げたえびせんが床に落ちている。
僕は屈んでそれを拾うと、ウミネコに向かって投げた。

パクッ

ウミネコはしっかりとキャッチしてくれた。
なかなか嬉しい。

また拾って投げると、今度はキャッチされずにえびせんは海へと落ちていった。
何人もの人がえびせんを投げるので、ウミネコも取りやすいものを取っている。
基本的に、ウミネコの真正面にいく様に投げれば食べてくれる。

海に落ちたえびせんは、遅れてついてくるウミネコが海面に着水して食べている。
ただでさえ塩分過多なのに、海水でますますしょっぱいだろう。

また投げると、キャッチ成功。
僕とウミネコの心が通じ合っている。
投げてるえびせんが、拾ったものなのが心苦しい。

次に手に持ってかざす。
ウミネコが僕の手を見て加速してきて、えびせんだけを抜き取っていった。
素晴らしき飛行能力だ。

飛び疲れたり、お腹いっぱいになったウミネコは、「ミャア」と鳴きながら海面に着水する。
次々と着水していく様が可愛らしかった。

その間も船は島々の間を進み続け、やがて復路に差し掛かる。
外洋に出ている間は、ウミネコは追い掛けてこない。
島から遠すぎるか、風が向かい風なのだろう。

再び島々の間に入ると、どこからともなくウミネコが群がってくる。
しかし風の影響か、今度は船の前方からキャッチしにくる。
人々は船の後方の甲板でお菓子をあげているので、船体横にえびせんを差し出さないと食べてくれない。
ウミネコが船に着地することはないのだ。

ウミネコを見てると、船の前方に回りこんで、そこで身体を船に向けて空中に留まり、船が来るとえびせんをキャッチしている。
往路の、後方から加速してくるのと逆に、前方からこちらに向かってくるので、さらに迫力が増している。

後方から来る時は船とほぼ同じスピードで飛んでいるので止まって見えるが、前方からだと相対的に速く感じる。
やはり素晴らしい飛行能力だ。

ウミネコばかり見ている内に、観光船は島々を巡って帰港した。
これで日本三景の一つを堪能したことになる。
(しまった、ほとんど景色を見ていなかった…)

観光船を降りると、親に頼まれていたかまぼこをお土産に買って再び仙台市内に戻った。
昨夜、デパートで地酒を買った時には買わなかった牛タンを、やはりお土産に買うことにしたのだ。
時は8月。車に戻ると熱気が籠もっていた。今日も暑い。
家に帰るまでかまぼこ大丈夫か…?

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | Drive物語U

2007年01月23日

賞味期限

仕事場で、1週間前に賞味期限の切れたミカンゼリーと、3ヶ月前に期限の切れたレトルトのスープカレーを発見した
捨てるのも勿体なかったので食べた。
お腹痛くなるかと思ったが大丈夫だった。

ゼリーは、ミカンがしなびていて水っぽかったので、あまり美味しく感じられなかった。
カレーは、スパイスの匂いが強すぎて傷んでいるのか分からない。
けっこう温めてから食べたが、味自体が自分の好きなスープカレーではなかった。
もしかしたら、期限中に食べればもっと美味しかったのかもしれない。

やはり、期限中に食べないとな。
ニックネーム SNJ at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年01月22日

池から沼

今朝は、徹夜明けの仕事終わりに、池袋から沼袋まで自転車で往復した。
友人にDVDを借りてたので、返しに行ったのだ。

池袋から沼袋といっても、駅から駅ではなく、池袋駅周辺の仕事場から沼袋駅の先の友人宅まで行っただけだ。
電車だと徒歩も含むし、2回の乗り換えでコの字に進むのもあって40分以上掛かるが、地図で見ると、直線距離は近い。
15分で行けそうだった。

朝、小雨が降る中を沼袋方面に向けて走る。
24時間起きていて眠かったが、走り出せば大丈夫だ。
傘を持っていなかったので、すぐにメガネは水滴に覆われた。
雨は冷たいが、風がないせいかそんなに寒くはない。

途中、中野駅行きのバスが走っていたので後ろをついていった。
沼袋駅を南に越えた先に友人宅があるのだが、中野駅にも近いので、バスについていくのは有効手段だ。
乗っていたのは折り畳み自転車だったので、バスについていくのも大変だったが…。

バスと袂を分かち、沼袋の住宅街の細い路地を走る。
朝の8時前。
この辺の道は全く知らないが、通勤通学の人々が向かう方向に駅があるはずだ。

女子高生の自転車についていくと(あまり後ろを走ると怪しいのですぐに抜いたが)、道をゆく人も増えてきて沼袋駅に達した。

カンカンカンカン

駅の横の踏切前には、線路の向こう側に渡るために、たくさんの人が並んでおり、車も3台ほど連なっていた。
僕もそこに並んだ。

カンカンカンカン

踏切は開かない。
駅前では、朝から雨の中、政治の演説。
僕が踏み切りに並んでからも、駅前にはどんどん人が増えてくるが、演説に足を止める人はいない。
みんな急いでいるのだろう。朝は忙しいのだ。

カンカンカンカン

踏切は開かない。
雨は強さを増し、踏切の警報音も、くぐもって聞こえる。
僕の後ろにもたくさんの人が並んでいた。
「…でありますから〜、皆さんのご支援の下…」
踏切前にはたくさん並んでいるが、演説前には人はいない。

カンカンカンカン

踏切は開かない。
出発してから沼袋までは10分で来たのに、踏切ですでに4分は待っている。
車の後ろにバスも並び、渋滞となっている。

カンカンカンカン
「…このままではいけません…」

踏切音と演説の声と、そぼ降る雨音の中、ゆっくりと西武新宿線が踏切を通過していく。
やっと電車が来たが、遅い。徐行運転のようだ。
(早く通過してけ〜)

電車内が満員ラッシュなら、踏切前も人と車のラッシュだ。
電車の窓も湿気で結露しているし、踏切前の人々も雨で濡れている。
満員ラッシュで窓に顔を押し付けられている乗客と、踏切前で雨に打たれているしかめっ面の人々と、視線を交わしていく。

ゆったりと新宿線が通り過ぎると、やっと踏切が開いた。
待ち侘びていた人々が、一斉に踏切を渡る。
渡っている途中で、また警報がなって遮断機が下り始める。
これでは毎朝が戦いのようだろう。

この難関をクリアすると、あとは友人宅までは簡単だった。
友人宅は何度か訪れたこともあるので、近くまで行けば土地勘もある。
出発から20分掛からずに友人宅に到着。
郵便受けにDVDを入れると、すぐに仕事場に引き上げた。
朝早かったので声を掛けなかったのだが、後で確認したら家にいなかったようだ。

帰路はまた沼袋の踏切に引っ掛かった。
踏切内には、自転車に乗ったおじいさんが取り残されていたが、慌てる素振りもなく遮断機を押して出てきた。
さすが、この辺の人は慣れているのだろう。

来た道を戻るつもりが、途中で迷子になった。
裏道をショートカットをしようとしたら、小学校の通学路を通ってしまった。
傘を差した小学生が道幅いっぱいに歩いており、抜くに抜けない。
折り畳み自転車に乗ったオッサンが、通学する小学生の列に紛れて、雨に打たれながら窮屈そうに走っている図になってしまった。

その後も迷子は続き、行ったり来たり。
雨はまた激しさを増してゆく。
細い道を走っていけば、道幅いっぱいのミキサー車が道を塞いで工事をしている。
仕方なく戻る。

ようやく西武池袋線の踏切があった。
これを渡れば仕事場までもうすぐだ。
もちろん、引っ掛かっている。

カンカンカンカン

1本の池袋線が通り過ぎた。
踏切はまだ開かない。
踏切の電光板の矢印は、今通り過ぎたのと同じ方向を示している。
もう1本来るようだ。

西武池袋線は、各駅、急行、特急などがあり、急行を先に行かすために通過待ちがある。
今行ったのが急行で、これから来るのが各駅停車だろう。

しかし、待てども来ない。
痺れを切らして、踏切から身を乗り出して遠くを見ると、ゆっくりと池袋線がこちらに近付いて来ていた。
(ま〜た徐行運転かよ)
ダイヤのために、急行と一定以上の時間差を作らなければいけないのだろう。

結局4分近く待ってから踏切を渡った。
仕事場に戻ると、服はびしょ濡れになっていた。
走ってきたので身体も温まっていて寒くはなかったが、プリンを食べていたら汗が冷えて寒くなり、食べ途中で風呂に入った。
風呂上りのプリンが美味しかった。

2時間ほど仮眠して帰宅。
起きたら、空は鮮やかに晴れていた。
朝じゃなくて、昼に行けば良かった。
もっとも、朝は朝の雰囲気があってとても良いのだが。

帰りに仕事場の仲間たちと池袋でラーメンを食べる。
雑誌『池袋Walker』でNo.1になったことのある店で、行列が出来ていて食べるまで時間が掛かったが、とても美味しかった。

今朝は雨だったが、普段は電車でしか行かない都内を自転車で走るのは楽しいもんだ。
ニックネーム SNJ at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車奇行2007

2007年01月18日

3D地形作成を

3D地形作成ソフトで、昨年末に自転車で走った奥武蔵グリーンラインを再現してみた。
6つ越えた峠の内、最初に越えた顔振峠上空から秩父方面を望んだ画像である。

奥武蔵グリーンライン.jpg

紫のラインが、僕が走ったルートだ。
この画像内のラインだと、距離にして20kmほどだろうか。
一番向こうで途切れているところが、大野峠を越えて下りに差し掛かる辺りだ。

画像を見る限り、山の上ばかり走っているから平坦にも見えるが、この画像内でも500〜850mほどの間を上り下りしている。
何度も手押ししたのを思い出す。
苦しかったのも思い出すし、寒かったのも思い出す。

か、風の音がまた蘇ってくる。
僕を呼んでいる〜。

春になったら、また行ってみたい山である。
ニックネーム SNJ at 01:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年01月17日

自転車奇行・横浜編3

国道1号で川崎市内を走り抜けて鶴見川を渡ると、そこから横浜市である。
もう横浜市に入ったと安心した僕を、横浜の坂道が待ち構えていた。

鶴見区に入ってすぐ、長い上り坂があった。
ギアを1速に落としても、なかなか上っていかない。
僕の横を車が追い越してゆく。
(抜いてけよ。惨めなオイラを抜いてくがいいさ)

車道脇を走っていたので、自転車を降りて押すのも憚られた。
ここまで、何度か上り坂はあったが、ここに来て最上級の坂道の登場だ。
(上ってやる、上ってやる…)

歩道内では、カップルが手を繋いで歩いている。
とても楽しそうに話しながら。
対照に、僕は苦悶の表情だったはずだ。
(楽しそうでいいね。僕も楽しいよ、きっと)

(うおぉぉぉ!)
シャカシャカシャカシャカ

やけっぱちに漕ぐ。
カップルとすれ違ったお蔭で力が出て、自転車を降りずに坂を上り切った。

その後も何度かアップダウンを繰り返しながら、子安駅付近まで来た。
夕方5時半を過ぎ、辺りはすでに暗くなってきている。

休憩がてら友人に電話する。
「今、自転車で横浜まで走ってる」と伝えると、「おお!『漢』と書いて『おとこ』だね」と励まされる。

走り出す前に考えていたことがあった。

『自分は頑張ったことがない。
頑張ったつもりだけで、きっと本気を出したことがない。
なぜ本気にならないかと言えば、自分の力が通用しなかったショックは、本気を出した時ほど大きくなるからだ。

本気を出さない。
なぜ?
自分に言い訳ができるから。

それは、結果から逃げているだけ。
そろそろ頑張ってみよう。

それが、自転車を使った変な旅であっても、シンプルだからこそ自分の本気度が分かるだろう。
ツラい時、本当に追い込まれた時、心の叫びがあるはずだ。
その時何か、気持ちの盛り上がりを叫んでみればいい』

そうして思いついたセリフは、
「俺は男だ!」
だった。
すいぶんと掻い摘んだセリフだ。

叫ぶなら、横浜到着直前がいいだろう。
(なかなか盛り上がってきたぞ)
一人で勝手にシナリオを思い描き、盛り上がる。

そんな気分で自転車を漕ぎ出した。
しかし、鶴見の坂で脚がやられていたのだろう、東神奈川駅に向けての上り坂が全く登れない。
自転車に跨ったままバランスを崩して転びそうになったが、歩道の柵を掴んで持ちこたえた。
危ない、気持ちは盛り上がっても、身体は疲れている。

自転車を押して坂を上ると、また自転車に乗って走り出す。
ふらふらと、東神奈川駅を過ぎた。
(こんだけ疲れてんだから、そろそろ叫ぶか。そろそろ横浜駅に着いてしまう)
周りを見回し人がいないのを確かめると、大きく息を吸い込んでからついに叫んだ!

「…俺は男だ…」

なんとも小声であった…。
(いかん、あまり盛り上がらなかったな)
次のシナリオを考える。

『横浜駅に着いたら自転車から飛び降りて、そのまま自転車を横倒しにして、ガッツポーズをしながら「よっしゃ!着いた〜!」と叫ぶ』

(これだ!今度こそ、バッチリ決めるぞ)
ゴールまでもう一息。
脚はもう限界だが、気持ちはまだ萎えていない。
細い路地を入っていくと、見覚えのある建物が見えた。

横浜駅1010.jpg

(あれ?ここ、横浜駅じゃん)
午後6時、出発から4時間半を費やし横浜駅西口に到着。
思ってたより早く着いた。
千葉の柏から横浜駅まで、65kmくらいだったと思う。

僕は駅前に自転車をそっと停めた。
午後6時。駅は人で溢れていた。
とてもじゃないけど、この人込みの中で叫ぶことなど出来ない。

僕は、ガッツポーズ代わりにペットボトルを持った手を掲げ、伸びをするように無言で両手を挙げた。
(これでも一応、両手のガッツポーズだ)

手を挙げたまま、駅ビルの中を練り歩く。
こんなに気分良く横浜駅を歩いたことはない。
達成感のなせる業だ。

また自転車の元に戻ってくると、突然、脚が痙攣し始めた。
緊張の糸が切れてしまったのだろう、僕はそのまま地面に座り込んでしまった。
(ダメだ、もう立てないや…)

座り込んだまま、横浜駅を見上げた。
僕がここに着いた瞬間を、横浜駅だけが見ていてくれた。
ニックネーム SNJ at 02:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 自転車奇行2007

2007年01月15日

自転車奇行・横浜編2

東京都に入っても国道6号を走り続け、言問橋で隅田川を渡る。
すると見えてきたのは…、

浅草寺1.jpg

(どこだ?この風情のあるとこは?)
そのまま進んでいくと、そこが浅草寺だと分かった。
正面の雷門ではなく、横っちょから進入したようだ。

浅草寺2.jpg

すごい混んでる。

浅草寺3.jpg

御利益を求めて煙を浴びる。
(この先、事故りませんように)

上野駅横.jpg

お参りを済ませて浅草寺を後にすると、次は上野駅に着く。
(何だ、上野までなら自転車ですぐじゃないか)
電車なら自宅から1時間で来れるが、自転車でも2時間足らずで来れた。

アメ横で横浜の友人にお土産を買って先を急ぐと、秋葉原に辿り着く。
いつもは電車で来るこの街に、自転車で上野側から入ってくることが何だか不思議な感じだった。
お腹が空いたので、ここでお昼を食べた。

さらに南に向かい、日本橋、東京駅と過ぎてゆく。
前方にメッセンジャー発見。

メッセンジャー.jpg

後を付いていったが、すぐに千切られた。
さすがに速い。
それでも追い掛けていったが、もう姿は見えなくなっていた。
(く〜、見せつけてくれるぜ)

日比谷公園、帝国ホテルと過ぎる。
電車でしか来たことのない場所を自転車で走っている。
何だか落ち着かない。

(あっ!)
先ほどのメッセンジャーが、道端の自販機でジュースを飲みながら休んでいた。
(何だよ〜)
あっけなく追い越してしまったので、少しガッカリした。

東京タワー.jpg

やがて、東京タワーも見えた。
友人の結婚式でこの辺を歩いたことはあったが、自転車で走っているのがやっぱり不思議だ。しかも、ママチャリ。

国道1号に入って、慶応大学の前を通過した。
たくさんの学生が歩いている。
頭脳明晰な大学生たちとすれ違う、ママチャリに乗った荷物どっさりの自分がバカっぽくて、その対比が可笑しく思えた。

慶応の後は、明治学院大学の横を通り過ぎる。
ここから五反田駅までは20mの標高差を駆け下りる。
思いっ切り漕いで、次々に車を追い抜く。
(やっべ〜、転んだら死ぬかも〜)

坂の途中で渋滞に捕まり減速。転ばすに済んだ。
今思えば、時速40kmそこそこだったと思うが、リュックとカバンを担ぎ、バッグとお土産をカゴに入れてたので、冷や汗ものだった。
まぁ、事故って死んだら、その時はその時だ。車にぶつかったりしたら迷惑が掛かるが…。

五反田駅のガード下をくぐると、今度は下った分だけ上らないといけない。
国道1号を走り、戸越、中延と過ぎてゆく。
この辺は、以前友人が住んでいて何度か来たことがあったので懐かしかった。

その時は五反田駅から歩いた記憶がある。
(確か、車の排気ガスで苦しかったっけなぁ…)
そう思い出した途端に、何だか息苦しくなってきた。
国道1号は交通量が多い。
(迂回したら道に迷いそうだし、まぁいいか)

多摩川2.jpg

そのまま国道1号を行くと、多摩川を渡った。
多摩川を渡れば、そこは神奈川県である。

(あれ?もう神奈川か)
家を出てから3時間半。
もう神奈川県に入った。

川崎市内は、平坦路で走りやすい。
(これじゃ楽勝じゃないの?)
僕は少し甘く考え始めた。
その先の横浜という土地の地形を、僕はまだ知らなかったのだ。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 02:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車奇行2007

2007年01月14日

鹿島鉄道

茨城県の鹿島鉄道が、いよいよ今年の3月で廃線になる。

去年3月の鹿島鉄道から国土交通省への廃止届けから12月の廃線決定まで、存続の募金や署名活動も届かず、運行事業者公募も審査を通らず廃線が決まった。
僕は、去年のクリスマスの新聞でそのニュースを知り、寂しく思った。

鹿島鉄道は石岡から鉾田までを繋ぐ、1両編成のディーゼル車が走る非電化路線だ。
どこの駅舎も大きくないが、80年以上の歴史がある。
沿線に住んでないし利用したこともないが、地域密着型の鉄道が廃線となると、寂しく感じるのだ。

ラッシュの電車は嫌い。空いてる電車がいい。
人が乗らないと、電車の本数は減る。
でも、1時間に2本とかの本数だと不便でイヤだ。
勝手だが、こう考えているのが実情だ。

鹿島鉄道の会社名は、昔は『鹿島参宮鉄道株式会社』といった。
鹿島神宮への参拝客を乗せて走る姿が思い浮かぶが、鹿島神宮まで線路を拡張できないままに合併、分離を繰り返し今に至る。
鉾田から鹿島神宮までは、鹿島臨海鉄道が担当する。

一昨年につくばエクスプレスが開通し、茨城県と東京間が行き来しやすくなったが、こうして廃線も決定していくのはやはり寂しいもんだ。
同じく茨城県内を走る常磐線は通勤時にはラッシュなんだが…。

僕は乗ったことがないが、沿線写真を見る限り、風景は良さそうである。
これから廃線までは、鉄道好きがお別れを言いに集まるかもしれない。

僕も乗りに行っておきたい。
自転車をそのまま電車に載せられる路線だし、自転車を絡めた旅には好都合なのだ。


同じく、茨城県内の路線で『筑波鉄道』というのがあった。
土浦駅から筑波山の麓を通っていく、のどかな路線だった。
1987年に廃線となったが、廃線の2年前には科学万博つくば’85が開催されていた。
万博は成功したが、筑波周辺地域の活性化には繋がらず、廃線となってしまった。

廃線から19年。
つくばエクスプレスが、東京の秋葉原から茨城のつくば市までを繋いだ。
つくば駅から筑波山まではバスが運行している。
そこには筑波鉄道の姿はもうない。
筑波鉄道の線路は埋め立てられて、自転車道路になっている。

もし筑波鉄道が残っていれば、筑波エクスプレスと常磐線に交差して、たくさんの乗客を運んでいたかもしれない。
ニックネーム SNJ at 22:39| Comment(2) | TrackBack(2) | 日記

自転車奇行・横浜編1

もう何年も前になるが、自転車で千葉の柏から神奈川の横浜まで行ったことがあった。

時は10月10日、旧体育の日。
僕は、何日も前から自転車で横浜に行こうと考えていた。
横浜には知人も多く、行けば誰かと会ったり、話が出来るかもしれない。
だが、道も分からなければ、自転車で大して遠くまで行ったこともなかった。
(やめとこうかな)
しかし数人の友人に、「自転車で横浜まで行ってやる」と宣言していたため、逃げることは出来ない。

「やっぱ冗談だったんだね」
そう思われるのも悔しい。
今まで、自分が決めたことから何度逃げてきたことか。
言うのは簡単、実行しなければウソなのだ。

散々迷った挙句、やっと決心をした。
(とにかく自転車で横浜まで行ってみるんだ。行けるか行けないかは、行ってみなければ分からないじゃないか)

昼の1時半頃になって出発。
すいぶんと遅いスタートだが、それほど迷ったのだ。
横浜までどのくらいの距離があるか分からないが、とりあえず6〜8時間で着くだろうと予想していた。
夜に着いて、誰かと食事でも出来れば幸いだ。

自転車は6段変速のママチャリ。
背中にリュックを背負い、肩にカバンを掛け、前カゴにはバッグを入れてある。
汗をかいた時のために着替えがいっぱい入っている。
他にもどっさりの荷物だ。

それだけの荷物を持って颯爽と家を出たものの、何か忘れている気がする…。

(地図がない!)

出てすぐに家に戻ることになった。
だが、これで挫けちゃいけない。
忘れ物なんてよくあることだ。人生でどれほどの物を忘れてきたことか…。

柏市街から国道6号線に入って南西に向かう。
このまま行けば松戸市、そして江戸川を渡って東京都に入る。
以前、松戸駅までは自転車で行ったことがある。40分ほどだ。

国道6号は、車でもよく通る道なので気楽なもんである。
その気楽さがいけなかったのだろう、アクシデント発生。

松戸駅を過ぎた辺りで車道脇を走っていると、目の前のトラックが幅寄せしてきた。
僕は脇からトラックを抜くつもりで加速していたので、けっこうスピードが出ていた。
(危ない!)

そのままではガードレールとの間に挟まれそうだったので、ブレーキを掛けつつガードレールの裂け目から歩道に逃げ込もうと思った。
しかし、歩道に乗ろうとした途端に前輪が段差に引っ掛かり、そのまま転倒。
スピードが出てたので自転車は前カゴからガードレールに衝突し、僕は歩道内のアスファルトに落ちた。

痛かった…。
ヒザを強打し、前カゴも曲がってしまった。
(やっぱり横浜なんて行くのは無理だったんだ…。もう戻ろう…)

すっかり落胆しながら、自転車を起こして前カゴを直す。
そして考える。
(ここでやめたら、いつもと同じじゃないか。まだ1時間も走ってないのに)

戻れるということは、逆に考えれば、戻る分だけ前にも進めるということだ。
僕は前に進むことを選んだ。

走り出した理由の一つに、「前に進んでいる実感を持ちたい」という想いがあった。
人生において、僕は止まりっぱなしだ。
いや、とどまっているならまだしも、もはや肉体的にも精神的にも衰退していっている。

自転車は、漕げば漕ぐだけ前に進んでいく。シンプルだ。
僕はもう、そうすることでしか前を向いて生きてる実感が持てなくなっていた。
転んだ痛みだって、生きてる証しだ。

そうして、僕は東京都に入った。
この時が、僕の自転車長距離旅の始まりだった。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 04:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車奇行2007

夜12時の池袋駅で

夜12時の池袋駅を、僕は仕事場の後輩と歩いていた。
後輩はもうすぐ二十歳。
今年成人式を迎えたばかりの若者だ。

駅の構内はカップルだらけだった。
後輩が言った。
「ああ!!ケツ触ってますよ!!」

見るとカップルが抱き合って、男の方が手を女のお尻に回しているっぽい。
僕は後輩に言ってやった。
「どうせなら君も逆側のお尻を触ってくれば良かったじゃん」
「何言ってんすか〜」

彼はもう二十歳。
捕まれば顔も載る。
そしたら僕も犯罪教唆になるな。
適当な先輩を演じているわけである。
テキトー、テキトー。
ニックネーム SNJ at 03:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年01月10日

正月も手賀沼かよ

1月3日、箱根駅伝を観終わった後、ふらりと自転車で手賀沼に出掛けた。

大津川.jpg

いつもの道と違って川沿いに向かってみる。
偶然見付けた道だが、なかなか良い。
川にも水鳥がいて和む。
和むが、道はオフロードでデコボコなので、サス付きのマウンテンバイクながらも振動は堪える。

国道16号.jpg

途中で国道16号を横切らなければいけないが、中央分離帯があるので大きく迂回しないと向こう側に渡れない。
ここさえクリアすれば、あとは小さい農道をいくつか横切るだけだ。

そして手賀沼に到着。
正月らしく、凧揚げをする家族連れが多かった。
いつものように遊歩道を走っていると、サドルがグラグラになった。
サドルの角度調整などをしたのでネジが緩んでいて、さらにダートを走った振動でグラ付きが出たようだ。

あいにく六角レンチは持ってきていなかった。
サドルはどんどんガタガタになり、座ると傾く程になった。
仕方なく引き上げる。

帰りも川沿いに帰った。
デコボコ道のせいで一層サドルが緩むが、ダートは座らない方が走りやすいので好都合だ。

立ち漕ぎのまま、どうにかホームセンターまで辿り着き、レンチを購入。
サドルを締めたが、もう走る気はなくなったので帰宅。


翌4日、再び手賀沼に向かう。
同じく川沿いに走り、手賀沼に到着。
このルートなら20分強で手賀沼に辿り着ける。
走りにくいが、車が通れないので一般道よりいいかもしれない。

前日とは打って変わって凧揚げしてる人は数人ほど。
(正月も終わりか〜)

手賀沼水鳥.jpg

水鳥たちは正月も関係なく戯れている。
水面に映る姿が美しい。さすが水鳥だ。

遊歩道脇にはススキが生い茂って、今は枯れススキになっている。
僕がススキに沿って走っていると、ススキの中で休んでいた何十羽ものスズメたちが、逃げるようにススキの向こうに飛び降りていった。
何だか僕は嫌われ者みたいだ。

遊歩道を走って水門まで来ると、少し手賀沼沿いから外れて『手賀の丘公園』に向かった。
公園までは少しの上り坂。
公園は木々に囲まれて薄暗いものの、テニスコートやバーベキュー、アスレチックを備えた大きな公園だ。

手賀の丘公園手内.jpg

公園内に入ると、たくさんの家族連れが芝生の上でお弁当を食べていた。
カップルまでいる。
その横を申し訳なさそうに走り抜け、手賀沼の見える展望台に登った。

手賀の丘公園から.jpg

沼との標高差は20mくらいしかないのであまり壮大ではないが、向かいに位置する五本松公園よりは見晴らしが良い。

公園を後にして手賀沼まで戻ると、今度は水門から先にある手賀川沿いに走る。
いつもは水門のある曙橋を渡ってしまうので、こちらに来るのは初めてだ。
この川がどこまで続いているのか知りたくなった。

手賀川ダート.jpg

時速26kmペースで快調に飛ばしながら延々と走っていくと、道はダートになった。
周りには何もない。

ススキスクリーン.jpg

横を見ると、枯れた葦のスクリーンに僕の影が投影されている。
自分の影を見ると脚が回転運動をしていて、走ってんだな〜と思う。
飽きないのか、とも思う。

飽きずに走っていくと川が三叉路になっていて、そのまま直線的に走って行くと、手賀川から弁天川に名称が変わった。

弁天川.jpg

住宅地も現れるが、道は畑と川の間に消えていった。
(行き止まりか…?)
目の前を遮る土手を上がると、線路が横切っている。
線路を渡れば向こう側にいけそうだ。
だが、自転車を持ち上げて線路を渡るのもいいが、横の川で釣りをしているおじさんに何か言われたらイヤなので引き返すことに…。

(待てよ…線路を渡す橋の下をくぐれないだろうか?)
見ると、川べりはコンクリートで補強されてて通れそうだ。
僕は自転車を押して、線路をくぐっていった。
対岸では釣りのおじさんが、行ったり来たりする僕を迷惑そうに見ている。

線路を抜けると神社の裏手に出たので、初詣を済ます。
賽銭を入れ、手を合わせながら願ったのは、
(裏から入ってスミマセン、しかも自転車で…。許して下さい)

六軒.jpg

風景は、水郷の町らしくなってきた。
ここは、印西市の木下地区だ。
木下(きおろし)は、かつて利根川水運で栄えた歴史ある土地だ。
町並みも、平坦で狭いながらも情緒がある。

利根川堤防.jpg

利根川に到着。
手賀沼からここまで水は流れていたわけだ。
土手に登ると遠くに筑波山が見えた。
(待ってろよ、筑波山)
箱根、秩父と来て、次のターゲットはたぶん筑波山だろう。
写真に撮ったが、霞んでキレイに写らなかった。残念。

『海まで74.5km』の標識がある。
このまま利根川を行けば漁港のある銚子市に着くが、今は行かない。
時刻は4時になる。そろそろ戻らないと日が暮れそうだ。

木下駅前のスーパーで飲み物などを買ってエネルギー補給。
店員が美人だった。また来よう。

ゥ転ヤ前輪視点.jpg

来た道を引き返す。
ダート走行は後輪が滑って面白い。

舗装路まで戻ると、横の道から折り畳み自転車に乗った若者が僕の前に入ってきた。
相手は折り畳みなのですぐに追い付くかと思ったが、差は縮まらない。
メーターは時速24km。
(なかなか飛ばしてるな)
こちらが27kmまで加速すると、差は縮み始めた。
向こうは25kmほどで走っているのだろう。

追い抜きそうになったが、僕は減速した。
もし追い抜いたら、相手も抜き返してくるかもしれない。
そうなった場合、抜き返されたらこう思われるだろう。

(その自転車に乗ってて、その程度かよ。こっちゃ折り畳みだぜ)

向こうは僕の存在に気付いたらしく、案の定加速した。
自転車乗りのプライドというものだ。
だんだんと差が開いていくが、僕は写真を撮ったりしてたので、まぁ別にいい。

水門まで戻ってくると、折り畳みの若者は僕を振り返った。
やはり、明らかに意識していた。
若者が自転車を停める横を、僕は目も合わさず通り過ぎていった。

手賀沼夕日とブレーキ.jpg

もう日暮れだ。このまま帰宅してしまおう。
また川沿いに走って、5時に家に着く。木下駅から1時間で戻れた。

この日の走行時間は3時間半。距離は50kmだった。
もし銚子に行くことがあれば、木下まではこのルートが良さそうだ。
ニックネーム SNJ at 02:31| Comment(5) | TrackBack(0) | 自転車奇行2007

2007年01月09日

自転車奇行・秩父編 第九陣〜凱旋〜

奥武蔵グリーンラインから自転車で寒風の中を駆け下ってきた僕は、迷走しながらも武甲温泉に辿り着くと、すぐに浴場に向かった。

鎧(服)を脱ぎ捨て、太刀(タオル)を携え、敵本陣(男湯)に突入。
すぐさま、並み居る雑兵(客)の中を突き進み、一番奥に控える大将(シャワー)に駆け寄ると、一捻り(蛇口を)。
大将は血飛沫(お湯)を上げながらグニャリと崩れ落ちた。

僕は返り血(湯)を浴びながら、敵の首級(シャワーヘッド)を掲げた。
(あったか〜い☆)


武甲温泉は、スーパー銭湯のような温泉だ。
入浴料700円の券を買えば、平日なら一日楽しめる。
施設内には食堂や休憩できる大広間、個人部屋などがある。至れり尽くせりの温泉だ。
泉質は硫黄の匂いはほとんどしないので物足りないが、その分ゆっくりと浸かっていられる。

広い湯舟に浸かりながら考える。
今日の出来は、どうだったろうか?

何度も自転車を手押ししてしまったが、脚は攣らなかった。
これは、漕ぎ切れなかったものの、余力は残っていたということだろう。
手押しした挙句に脚が攣ってしまった箱根の時より進歩した気がする。

水分も途中で切れたが、後半は楽だったので何とか乗り切った。
水分やエネルギー補給もまあまあ上手くできたろう。
箱根の時はハンガーノックになってしまったのだから、それを回避できただけでも進歩だ。

日が暮れるまでに温泉に辿り着けたのも成功だ。ギリギリだったけど。

湯舟の中で太股をマッサージする。
(もう今日は坂を登らなくていいんだ)
お湯に浸かり、開放感に浸る。

通過した峠は、顔振峠、傘杉峠、飯盛峠、ブナ峠、刈場坂峠、大野峠の6つ。
気付かずに通り過ぎそうになった峠もあった。
本当は、大野峠から東に向かえばもう二つの峠を通れたが、今回はパスした。機会があればそっちにも行ってみよう。

湯舟に浸かりながら周りを見渡す。
老若、子供、たくさんの客がいる。
(みんなこの辺の人たちかな)
僕は今日は旅人だ。
僕と同じく山を越えて来た人は他にいるのだろうか?

最高到達地点は標高890mだが、たくさんのアップダウンがあった為、1200m近く登った気分だ。
武蔵横手駅から最初の顔振峠(500m)までが長く苦しかったが、それと対比するように後半は楽になった。
秩父方面への下りは、路面状況こそ良くないものの、急勾配で迫力があって良かった。
あんなに風の音を聞きながら走ったことはない。
逆から登ったら、さぞかしツラいだろう。

湯舟から出て、外にある露天風呂に向かう。
露天に浸かると、お湯がぬるい。
日も落ちて、気温も一気に低くなっているのだろう。空にはすでに星が瞬いている。
しばらく入っていたが、寒くなって室内の浴槽に戻った。

再び内湯に入ってすっかり長湯をすると、風呂から出て食堂に向かった。
そばと冷奴を注文。大広間で食べる。
この大広間にはステージがあり、客がカラオケを歌えるようになっている。

「次に歌いますは、○×からお越しの△□様。歌う曲は…」

そんな風に紹介アナウンスが流れ、おじさんやおばさんがステージ上で歌う。
歌い終わると、大広間で休んでいる人たちは拍手や歓声で応える。
なかなかのどかで良い。

食べ終わると、僕は西武秩父駅を目指してまた自転車を漕ぎ出した。
星がキレイだ。
山の稜線から下がシルエットになって、シルエットと対照に夜空のステージでは星が躍り輝いている。

西武秩父駅仲見世.jpg

夜の西武秩父駅。
時は12月28日。ほとんど誰もいない。
レッドアローの特急券を購入したが出発まで時間があったので、お土産の漬物を買ったり、自転車を折り畳んだりする。
秩父は僕の田舎だったので、この駅はとても懐かしいし居心地も良い。
秩父市街の方に歩いて行きたかったが、夜だし時間がないのでやめておいた。
きっと、ここにはまた来ることになるだろう。

西武秩父から出る.jpg

池袋からやってきたレッドアロー号が秩父駅に到着する。
帰宅や帰省の人々が降りてくる。今夜から帰省ラッシュだ。
僕は入れ替えに乗り込み、午後7時25分、西武秩父駅を発車した。

車窓から来る時に走った山々が見えないかと思ったが、窓の外は真っ暗で、ガラスに映った自分の顔しか見えなかった。
(あんだけ走っても、ちっとも痩せねェ)

8時45分、池袋駅到着。
折り畳み自転車を袋から出す。
(今日は良く走ってくれたな。あとひとっ走りだ)
自転車を組み立てると、年の瀬の池袋へ漕ぎ出した。
向かう先は仕事場。
(僕が1時間半前まで秩父を走っていたとは、誰も思うまい!)
何だか少し顔がニヤけてくる。

池袋の街は眩しい。
カップルやら、ひたすらナンパする人やら様々だ。
夜空を見上げるも、街が明るく星はよく見えない。
だけど、
(この池袋の夜空も、秩父の星空も、すぐそこに繋がっているんだ!)


20分後には、僕は残りの仕事を始めていた。
この日の走行時間は計6時間強、総走行距離は57kmになった。
そして2006年は暮れていった。

   〜秩父編・完〜
ニックネーム SNJ at 04:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 自転車奇行2006

2007年01月05日

自転車奇行・秩父編 第八陣〜風の音〜

下りを期待しながら大野峠から40mほど登り、そこが今回の陣の最高点で890mほどだろうか。
その先は下っているようだ。

左手に見えた県民の森の駐車場に、ショートカットのつもりで入り込んでしまった。
しかし、駐車場内は、車止めの段差ばかりでまともに走れない。
ガッタンがッタン走りながら駐車場を抜けて左に90度曲がると、午後4時5分、本日37kmの距離を走ってきて、やっとクライマックスのダウンヒルが始まった。

見る見る内にスピードが出ていく。
(ひゃっほ〜!!)
心の中で叫びながら下っていくと突然、正面からの風圧で減速させられてしまった。

ビュォォォォォ〜ッ!

目も開けてられないほどの物凄い強風が襲ってくる。
何とか目を開けると、目の前は木が枯れて開けており、そこから風がなだれ込んできているのだった。
と、同時に夕日も正面に見える。
美しい。
しかし、
(寒〜ッ!!)

とっとと林の中の道へと下っていった。
いくらか風は和らいだものの、それでもまだ強い。
そして冷たい。

(ダ、ダメだ…。凍える…)
ダウンヒルは気分良いのだが、あまりの寒さに僕は自転車を止めた。
そして、汗で濡れて冷たくなった服を着替えることにした。

服を脱いで、上半身裸のまま夕日に照らされる。
風は木々に遮られて、自転車に乗っていなければそんなに寒くはない。
(どうだ、コラ!風よ吹いてみろ!)

しばらく裸のまま夕日を見ていたが、車が走ってくる音がしたので慌てて服を着る。
だが車は来ない。
またしても風が木々を通り抜ける音だった。

(ビックリさせやがって…)
今度は重ね着をし、長ズボンも履いて下山フォームにチェンジ。
また下りに突入した。

時速40kmを超えながら、一気に下っていく。
そこまでスピードが出ると、やっぱり寒い。
「寒い寒い寒い寒い…寒いよォ〜」
呪文のように唱えながら下っていく。

路面には暴走禁止の凹凸が付いており、油断すると転倒する。
路肩を走っていれば大丈夫だが、コーナリングラインは限定される。

ヒュ〜ルルルルル、ヒュゥ〜ルルルルルゥ〜

風が森を通り抜ける音がする。
コーナーで減速すると聞こえなくなるが、スピードが出るとまた聞こえてくる。

ヒュ〜ルルルルル〜、ヒュ〜ルルルルル〜

まるで猫バスが走っているようだ。
もしくは打ち上げ花火の音。
そんな体験はないが、焼夷弾が落ちてくる音にも思える。

ヒュ〜ルルルル、ヒュ〜ルルル、ヒュ〜ルルルルル
ガタガタン!ガタガタン!

風の音と、路面の段差の音しか聞こえてこない。
時速40kmで景色が流れていくのと相まって、何が何だか分からなくなるが、決して45kmは超えないようにした。

ヒュ〜ルルル、ヒュ〜ルルル、ヒュ〜ルルル
ガタガタン!ガタガタン!

(持つのか?この折り畳み自転車…)
少し心配になるが、段差さえ気を付ければ大丈夫だろう。

横瀬への下りで夕日.jpg

眺望が開けて夕日が見えるが、開けた分だけ風も強まる。

ヒュ〜ルルル、ヒュ〜ルルル、ヒュ〜ルルル
ガタガタン!ガタガタン!

風の音は、弓矢の音。
なかなか激しい敵方の攻撃だ。
路面の凹凸と、道路を横切る排水溝は馬防柵と受け止めよう。
騎馬は馬防柵を乗り越え、牙を剥く。止まってはならない。

横瀬へ下り.jpg

いくつものつづら折れを下りてきた。

横瀬町.jpg

やがて民家が現れ始めるが、下りは続く。
下り始めて20分以上経ち、10kmは走っている。
ここは秩父の隣り、横瀬町。敵本陣は目の前である。

横瀬町河原.jpg

そして河原まで下りてくると、下りはなくなった。
(敵本陣はどこだ?)
ここで僕は迷子になった。

横瀬町河原2.jpg

地元の中学生の後をついて、河原沿いのよく分からない道を行く。
(おのれ、こんなとこに抜け道が)
迷うこと15分、ついに敵本陣を発見。

武甲温泉.jpg

『武甲温泉』

ここが目指す場所だ。
僕は愛馬(自転車)から飛び降りると、脚を休める間もなく敵本陣に突入した。
「いざ、参る!」

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 01:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 自転車奇行2006

2007年01月04日

自転車奇行・秩父編 第七陣〜敵陣四段構え〜

残り1本となった水を少しずつ飲みながら、飯盛峠を目指して進んでゆく。
登ったと思ったら下って、また登る。
3歩進んで2歩下がるみたいな感じで標高を上げていく。

途中、急坂に疲れきって手押しで登ってたら、壮年の夫婦のハイカーとすれ違った。
「こんにちは〜」
向こうから声を掛けて頂いた。
「ハァハァ、コ、コンニチハ〜、ハァハァ」
僕は、うな垂れていた顔を上げて挨拶を返した。
全く見っともないことだ。

もし、すれ違ったハイカーが振り返って僕を見たとしたら、その時は憐れな姿を見せたくない。
「あ〜あ、あの人あんな自転車で登って可哀相に…」
そう思われたくない一心で、僕は自転車に跨った。
ハイカーが振り返っていれば、ゆっくりとでも自転車で登坂していく僕の後ろ姿を見ただろう。

こういう風に、人と出会うと力が湧く。
その坂を登りきるまで、僕は漕いだ。
登りきった時には、
「どうだ見たか!登りきったぞ〜」
と独り言を言っていた。
例えハイカーが見てなくても、「どうだ見たか」なのだ。

飯盛峠.jpg

そして、傘杉峠からちょうど1時間後の午後3時、3つ目の峠である『飯盛峠(780m)』に到達。
疲れきって座り込み、暮れゆく太陽を見る。
(こんなんで秩父に着けるのかな〜?)

飯盛峠先.jpg

飯盛峠からまた少し登ると、ヘアピンの下り。
冬の枯れ木で見通しが良い。
車が来たら、すぐ分かるのはありがたい。
(こんなとこで下ったら、後でまた登らんといかんじゃないか〜)

案の定、また登り。
水は残り少ないので、あまり汗をかかないように登りたい。
まぁ、すでに寒風が吹き荒んでいて、あまり汗はかかなくなっているのだが。

ブナ峠.jpg

登るぞ…と思ったら、本日4番目『ブナ峠(770m)』に到着。
飯盛峠から10分だ。
顔振峠に対する傘杉峠のように、二つペアで攻略した感じだ。

ブナ峠からも登っている。
この辺で、エネルギー補給のため、カロリーメイトを摂取。
口に含んだ途端に、口中の水分をカロリーメイトに奪われた。
登坂していたので、呼吸は乱れている。
(く、苦しい〜!!)
ついつい、残り少ない水で流し込む。

水が尽きた。
カロリーメイトはもう1本残っている。
しかし、食べないことにはエネルギー切れになりかねない。
仕方なく食べる。

(み、水〜!!詰まる〜!!)
口を半開きにしたまま、飲み込むことも出来ずに唾液が出てくるのを待つ。
その間も呼吸は荒い。

「すぅ〜ファ〜、すぅ〜ホァ〜、すぅ〜ホヮヮ〜」
息を吸う時にカロリーメイトを吸い込んで器官に入らないよう、そ〜っと息をする。
しかし苦しいので、息を吐く時は強めに吐いてしまう。
すると、口の中で粉状に細かくなったカロリーメイトが飛び出ていってしまう。

鼻は、寒さで鼻水が出てきて呼吸はしづらい。
息を吐く度にカロリーメイトが飛び散り、そして寒風で運ばれていく。
5分の1くらい吐き出してしまったかもしれない。

刈場坂峠.jpg

そんなんで登っていくと、急に道が開けて『刈場坂峠(かばさか峠)』に到着。
標高は818m。
本日5番目にして、最も眺めの良い峠だ。
午後3時半、ブナ峠から20分かからずに到達。
僕の進軍も素早くなってきた(峠の間が近いだけだけど)。

刈場坂峠眺望.jpg

ここから見えるのは、手前が埼玉県ときがわ町の街並み、遠くは熊谷市や栃木県の足利市辺りだろう。
さすが、関東平野は広い。

僕が写真を撮っていると、パトカーが峠にやってきた。
奥武蔵グリーンラインのパトロールだろう。
パトカーは、変な自転車と一緒に自分を写している僕をしばらく見ていたが、やがていなくなってしまった。
「飲み物下さい」と言いたかった…。
もう僕の補給部隊は絶たれたのだ。
生き残るためには、先に進むしかない。

刈場坂峠から先に進むと、山の稜線部分を走るとこがある。
つまり、道の左右は崖っぷち。
道の広さは4mもないし、柵もないので、万が一踏み外したら、急斜面を滑落していくことになる。
こんなとこで下りが入ると、とても楽しくとても怖い。

大野峠への影.jpg

夕日と下り坂のお蔭で、かなり影が伸びる。

大野峠.jpg

そのすぐ後、最後の峠『大野峠(850m)』に到着。
またもや刈場坂峠から20分も掛からない近さだ。

ちょうど2台のバイクが走ってきたので、「こんにちは」と声を掛けた。
しかし、ライダーの返答はこうだった。
「あ、○×さん!?………あ、違った」
僕は彼らの知り合いに似ていたのだろうか…?
よし、ここは一つ影武者作戦としとこう。


ともかくこれで、秩父に向かっての敵陣は全て蹴散らした。
後半は1時間で4つの峠を陥落させた。
あとは秩父まで逆落としをかければいい。
(いっちょいくか〜)
僕は下る気満々だ!
でも、まだ登ってんですけど…。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車奇行2006

2007年01月03日

自転車奇行・秩父編 第六陣〜飯盛峠へ進軍〜

傘杉峠(550m)から飯盛峠(780m)までは、9kmほどの距離がある。
標高差は250mもないが、何度もアップダウンを繰り返すので、積算300m以上登るのかもしれない。

東側の関東平野の眺望から、ヘアピンカーブを曲がると再び木々に囲まれる。
右手の林の中から音が聞こえる。
『明日の天気です…』
他にも鈴の音が聞こえる。
(幻聴?疲れ果てたからか?)
ビックリしたが、木々の間に目を凝らすと人が歩いていた。
何のことはない。登山者が熊除けのために鈴やラジオを鳴らしていたのだ。
(なるほど、そうやって危険防止しているのだな)

木々の中を自転車に乗ったり、手押しをしたりしながら一気に100mの標高を登り、少し下ってまた登る。
この、少し下るというのが、せっかく稼いだ標高を失うのでもったいない。

漕がないでも時速40km出るので、下りは下りで楽でいいのだが、折り畳み自転車で40kmを超えると怖いものがある。
しかも、今まで下ったことのある国道や県道の山道と違って、ここは林道だ。
車がすれ違える幅がなかったり、ガードレールもないとこがほとんどだ。

崖に向かって40kmで突っ込み、ブレーキをかけつつ26kmで曲がっていく。
28km以上では僕の技術だとオーバースピードで、思い描いたラインより外に膨らんでしまうようだ。

だんだんと折り畳み自転車の性能とスピードに慣れてきたが、メーターを見たら45km以上出ていた瞬間があった。
(出過ぎ!?)
慌ててブレーキを掛ける。
減速しきれないままコーナーに突入。
目の前は崖。ガードレールはない。
(曲がれ〜!!)
車体を傾けつつ、崖まで50cm残して曲がりきった。
もちろん、思い描いたラインではない。
45km/hは危険と認識。
以後、45km以上出さないことにする。

飯盛峠までの中間地点である『高山不動尊』に到着。
お参りして必勝祈願でもしていきたかったが、道路から標高で50mくらい下ったとこにあったので、体力と時間を考えて参拝を断念。

高山不動尊そば.jpg

傘杉峠付近の東側に対して、この辺は西側の眺めが良くなる。
空気の層による見事なグラデーション。
まるで打ち寄せる波のようだ。
どこまで続いてるのか、山の間に街はあるのかいろいろ気になる。

高山から登坂.jpg

高山不動尊から登坂中。
もうヘロヘロだ。この後は手押しになった。

北に向かって『N』の字を描くようにヘアピンがある。
こういうところは急坂である。
手押しで歩いていると、森の中からガサガサと大きな音がした。
(何?熊?鳥?)
耳を澄ませても、その後は何も聞こえない。

キョロキョロしながらそ〜っと歩いていると、後方から車の音がしたので安心した。
しかし、いつまで経っても車はやってこない。
(何?今度こそ幻聴?)
どうやら音の正体は、風の音のようだ。
風が森を通り抜ける、サァ〜という音が、遠くに聞こえるロードノイズに思えただけだ。
結局、誰もいないのだ。
僕は少し不安になってきた。
もし日が落ちたら、ここには明かりもないし怖いだろうな。

ヘアピンを抜けると、高山不動尊から100mほど登ったことになり、ここには『関八州見晴台』というのがある。
しかし見晴台まで、徒歩で山道を登らなければならない。
どのくらい登るのか分からないので、ここも素通り。

ちょっと進むとまた登山道があり、見晴台に続いてると書いてあったので、やっぱり登ってみた。
手には缶コーヒー。見晴台で気分良く飲もうかと思ったのだ。

地面は雨の影響か、滑りやすかった。
普通の運動靴では厳しい。
(これじゃ登山じゃん?)
第一目的は日没までに秩父に到着することだ。
日が暮れたらマズいので、登っていく途中で引き返した。
滑る地面は、下りる方が難しい。
無事に下りきると、缶コーヒーを飲み干してしまった。

これで残りの飲料水は、500mlペットボトルの水1本となった。
持つのか?水と体力。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 13:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 自転車奇行2006

2007年01月02日

自転車奇行・秩父編 第五陣〜傘杉峠〜

顔振峠を発って10分後、僕は傘杉峠にいた。
近い、近いぞ。
顔振峠から一旦登って、そこから少し下ってまた登ったらもう傘杉峠だ。

傘杉峠.jpg

標高は550m。
峠からの見晴らしは良くない。
前線基地である顔振峠の補給基地みたいなもんだ。
あっ気なく陥落させた。

…とは言っても、峠直前の上り坂で「ハァ〜、フヒェ〜」とか言いながら自転車を漕いで登っていったら、峠の指標の下のベンチで寝転んで休んでいる人がいて、ビックリされた。
僕も、まさかそんなとこに人が寝てるとは思わなかったので、横で急にビクッと人が起き上がった時には焦った。

変な声を聞かれたのも恥ずかしい。誰もいないと思ってたから。
そのまま、「ふぅ〜、着いたァ〜」と独り言を繋いでごまかした。

寝ていた人はライダーだった。
峠の案内看板の横にバイクが停まっている。
ライダーはベンチから起き上がり、バイクの方へ歩いてくる。
僕は目を合わせないように、デジカメの液晶を見ていたが、
「こんにちは〜」
ライダーの方から声を掛けてきた。

「こんにちは。今日はいい天気で良かったですね」
僕も挨拶を返す。
ライダーは長髪の若者だった。
山道のこういう触れ合いは、清々しくて良いのもだ。

僕は気になって尋ねてみた。
「今日はどちらまで行かれるんですか?」
「秩父まで行こうと思ってるんですよ」
僕と同じ目的地である。

「へ〜、僕も秩父まで行こうと思ってるんですが、夕暮れまでに着けないかもしれません」
「もう日が傾いてきてますもんね」
まだ午後2時であったが、山の東側は日陰になってしまっている。
日陰に入ると気温も下がるし、風も冷たい。

この先、無事に走れるのだろうか。
まぁ万が一日が暮れても、奥武蔵グリーンラインから下る道はたくさんあるので、そこから帰ってしまえばいいだろう。
その場合は敵本陣である秩父には辿り着けないので、敗戦となる。
途中で山を下りたら、僕は落ち武者だ。

一足先に秩父に向かうライダーを見送ると、僕もライダーの後を追って走り出した。
バイクのエンジン音はどんどん遠ざかり、やがて鳥の鳴き声と風の音しか聞こえなくなった。

次の峠は、飯盛峠780m。
地図で見るとけっこう距離がある。
標高差もあるし、心して挑もう。

傘杉峠2.jpg

少し登ると、東側の眺望が開けた。
川越市やさいたま市の方向だ。
ライダーとの出会いや、こういう景色のお蔭で、登っていく気力も湧いてくる。

   〜続く〜
ニックネーム SNJ at 18:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車奇行2006

自転車奇行・秩父編 第四陣〜顔振峠〜

顔振峠まで2.65kmの看板からがまた長かった。
幾度かの上り下りを繰り返しながら進んでいく。

奥武蔵グリーンラインは尾根沿いに作られた林道なので、明確な一つの峠があるわけではなくいくつかの峠が存在する。
飯能市から秩父市へかけて、山並みの背筋を通るようにアップダウンを繰り返しながら、全体的な標高を上げていく感じだ。

最初に到達する顔振峠は標高500mなのだが、途中に下りが入るため、実質はもっと上りを漕がなくてはならない。
たかが500mと、少しナメていたかもしれない。
地図の中で道が曲がりくねっていた意味が分かった。

顔振へ走る.jpg

冬の木立の中を走る。
折り畳み自転車が小さすぎて、山道には似合わない。
それどころか、僕はまるで子供用の自転車で遊ぶ怪しい人物に見える。

集落が現れ、また無人の森に入り、つづら折れで急斜面を登って標高を稼いでいく。
つづら折れを登りきったところに、前々日の大雨&強風で倒れた木が転がっていた。

顔振手前.jpg

車が通ったので自転車を道の端に停めたのだが、倒木の写真を撮ってた向こうで風で自転車が倒れ、あわや崖下に落ちていくとこだった。

そして、ここを抜けると視界が開け、ついに『顔振峠(かあぶり峠)』に達した。

顔振峠.jpg

標高500m。
源義経がここを落ち延びていく時に、あまりの美しさに何度も振り返りながら通っていったというのと、弁慶が疲れ果てて顔を振りながら登ったというのが由来という。
もしくは、登山者があまりのキツさに汗をかき、顔を振って払うとこから名付けられたとか、冠の様な尖った山があって『かんむり』が『かあぶり』になったなど諸説あるが、まぁどれでもいい。
今は、ここに辿り着いたことを喜ぶのみだ。

時刻は午後1時半。
林道に入ってから2時間強、飯能駅から進軍を始めて3時間近く経っている。
ずいぶん掛かってしまったが、まだ体力も脚力も大丈夫だ。無理をしなかったのが良かったと思う。

ずっと奥まで連なる山並みは、おそらく奥多摩の方だろうか。
2ヶ月前に自転車で通った山梨県の大月市が、あの先にあるに違いない。
自転車で山を越えるようになってから、地形を気にするようになった。
車で走っている時は方角くらいしか気にしていなかったので、良いことだ。

この後の走行の為に、峠の茶屋で連なる山々を見ながら蕎麦を食べる。
箱根の時もそうだったが、峠を登ってから食べる物はなんでも美味しく感じる。

食べ終わるとまた景色を眺め、次の峠へ向けて走り始めた。
本当は、徒歩で登っていく展望台があったらしいが、知らずに通り過ぎてしまった。
展望台からは、もっと素晴らしい眺めが待っていたのだ。もったいない。

顔振峠の次に待ち受けるは、標高550mの傘杉峠。
また登っていか