いくら待っても事故渋滞は解消されなかった。すでに1時間以上経つが、1キロも進んでいない。
とりあえず、ガソリンを入れがてらパーキングに寄った。
パーキングを出てもまだ渋滞だ。
少し、進むようになってきた。ナビでは相変わらず事故渋滞と伝えられている。
渋滞開始から2時間ほど経って、トンネルが見えてきた。
トンネルの入り口に『追突注意』の看板があった。
事故現場はトンネルを入ってすぐのとこだった。
一車線を塞ぐ状態で3台の車が停まり、それぞれが後部を損傷していた。玉突き衝突の事故らしい。
警察が実地検分をしている横で、若者たちが携帯で電話をしている。
「こいつらか〜。車間距離とれよな〜」
そこを過ぎると渋滞は解消された。
ほんと1箇所、一車線が数十メートル塞がれただけで、あのように3キロほどに渡って動かなくなるとは、渋滞とは不思議なものだ。
そこからはスムーズに進んだ。
千葉への到着予想時刻も、どんどん短くなる。一時は明日の夜までいったものの、どうにか朝には帰宅できそうだ。
岐阜県から愛知県にかけて2箇所の渋滞があったものの、サービスエリアで食事中に渋滞は消えた。
来る時はガソリン切れのピンチだった区間をすいすいと走り抜ける。
到着予想は2時半になった。
夜になり道は空いてたが、問題は疲れだった。
僕と小野君で、交替で運転していたが、当初の「2時間ごとに交替しよう」の予定から、1時間半で交替、1時間で交替と、交替のサイクルが短くなっていった。
片方が運転している間に、片方が仮眠する。ヘミングウェイならぬカミングウェイだ。
僕は前日の山道にやられすぎたのか、精神が限界であった。
道路の白線ギリギリを走っていたら、眠気防止の白線に乗り上げた。
ガクガクガクガク
普段ならギリギリに寄せられるのに乗り上げた。やはり、細かい運転ができなくなってる。
箱根越えからの最後の2時間は小野君に運転してもらい、僕は寝た。
起きる度に、千葉が近くなってゆく。ありがたい。
首都高も空いていたし、渋滞はまったくなかった。まぁすでに深夜2時近いのだから。
そうして、無事に千葉の柏まで戻ってきた。
僕は、家の前で大量の荷物と一緒に降ろしてもらい、小野君はRAV4と共に帰っていった。
帰宅時刻は2時半をすぎていた。ほぼナビ通りだ。
僕は風呂にも入らずに、歯を磨くとすぐ、倒れるように眠りにつくのだった。
今回の総走行距離は2500kmを上回った。
交通費も6万を軽く超えた。
強行軍だったが、毎日いろいろなところを見れて、知らない場所も知れたし、十分すぎるほど運転したし、充実した日々だった。
毎日、宿を変えていったのも面白かった。
四国で一番すごかったのは、やはり『四国カルスト』だったかな。
夢に出てきたくらいのインパクトだった。
お遍路さんが何人も歩いていたのも、初めてみる風景だった。
テレビでは観たことあるが、実際に歩いているのを見ると、すごいな〜と思う。
懺悔することでもあるのか、再出発のためか、事情はいろいろあろうが、尊敬する。
僕らは車で横を抜いていっただけだから。
四国には、最も標高の高い『石鎚山』というのがあり、その近辺には『面河渓(おもごけい)』という渓谷が広がっている。
四国カルストの近くなのだが、時間の都合で行けなかった。
もし、また四国を訪れることがあれば、ぜひ見てみたい場所のひとつだ。
そういえば、この旅の間、何度か松山千春の曲を聴いていた。
曲名は『めぐる季節』。名曲だ。
『松山』まで『千』葉から行く、『春』の『季節』に。そして四国(四季に通ずる)を『めぐる』という暗示だ。
無理やりだが。
これにて、3泊5日の四国の旅を終わります。
2006年05月14日
この記事へのTrackBack URL
http://269g.jp/tb/2166237
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
http://269g.jp/tb/2166237
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
![Powered by 269g[ブログ・ジー]](http://269g.jp/img/269g.gif)
ブログもたくさんかいたね。楽しかったよ。
13、4回か、1クール分だね。
ちょっと強行軍の旅行だったけど、四国は面白かった。
今思うと、四国を走り回っていたのが不思議な感じだ。よく千葉から行ったもんだよなぁ。
これを上回るとすれば、九州の鹿児島まで陸路で運転か?
秋田も遠かったけどね。