休み休み自転車を押していると、後ろから初老の男性が登ってきた。
挨拶を交わして、ふと、そのおじいさんの足元を見た。
「あれ!?裸足で登って来たんですか?」
「ええ、あたしゃいつも裸足ですよ」
おじいさんは事も無げに言うが、全くこの山を登ってくる人たちはみんな健脚である。
おじいさんの後を付いていくと、向こうが明るくなった。

鳥居が見える。
金刀比羅神社という、日和田山の頂上付近にある神社だ。
この神社まで来れば、ほぼ山頂である。
(よし、行くか!)
僕は自転車に乗って、一気に開けた場所に出た。
鳥居のそばには、壮年の夫婦が座って休んでいた。
夫婦の横には、黒いラブラドール犬が休んでいる。
一緒に連れてきたのだろうか。
「こんにちは〜」
僕は自転車を降りつつ、爽やかに挨拶をした。
挨拶は爽やかだが、顔は汗まみれだ。
「こんにちは〜。あれ、自転車で登ってきたの?」
夫婦は驚いている。
「そうです、そこの岩場がキツかったですけどね。女坂なのに岩場ですから参りましたよ」
「私たちは男坂から来たんですよ」
「ええっ!?ワンちゃんもそこを登って来たんですか?」
「そうよ。いつも一緒に山を登ってるの。垂直みたいな崖でもパァ〜ッと登っていっちゃうんだから」
「へぇ〜〜〜」
僕は犬に近付いて頭を撫でようとしたが、犬は「ウ〜〜〜」と唸って後退りした。
敵ではない事を示すために、僕は犬の前に背を向けて座り込む。
「しかし、自転車でここまで来たとはね。すごいねぇ…」
おじさんは驚いているが、僕も犬が崖を登って来たのにビックリだ。
「どこから走って来たの?」
おじさんは聞いてきた。
「飯能駅から来ました。飯能までは池袋から電車で来ましたが…。家は千葉の柏なんですけどね」
「へ〜、千葉ね。千葉って印旛沼ってのがあるでしょ?そこってサイクリングロードあるの?」
「ありますよ。印旛沼から利根川まで続いてます。よく印旛沼を知ってますね?」
なかなか千葉を知ってるおじさんだ。
「私たちも自転車が好きでね。前に夫婦で、千葉の銚子から九十九里浜に沿って房総半島を走ったことがあるんですよ。泊り掛けで」
何と自転車好きの夫婦だった!
「へ〜、すごい距離を走りましたね。そういや、どちらにお住まいなんですか?」
「青梅に住んでるんですよ。いいとこですから、ぜひ来て下さい」
「青梅ですか。今度、走りに行ってみようかと思ってたんですよ〜」
「青梅はいいわよ〜。ちょうど、あの山の向こうかしらね」

おばさんが指差す方向には日高市の団地が広がり、その背後の山を三つ越えた辺りが東京都の青梅市だ。
「あたしたちもマウンテンバイク買って山道を走った事あんだけど、転んでから山道を走らなくなっちゃったわね。何でもないとこで転んじゃってね。あなたも気を付けてね」
「はい、気を付けます」
僕も半年前、御殿場で転んだのを思い出した。
「写真撮ってあげるわよ。良かったらうちの子も一緒に入れてあげて」
「はい、ぜひ」
僕が犬に手を伸ばすと、今度は舐めてくれた。
飼い主と僕が話していたから安心したのだろう。
犬を鳥居に繋いで、僕も自転車と共に横に並ぶ。
「撮るわよ〜」

僕の背後に見えるのが、巾着田である。
モロに、巾着の形をしている。
巾着田にいた時は一面の菜の花であったが、上から見ると道路沿いに咲いているだけなのが分かる。
それだけ巾着田が広いのだろう。
巾着田の背後には、僕が越えてきた高麗峠とゴルフ場が見える。
さらに鳥居の上部辺りには、所沢の西武ドームが見えている。
「ありがとうございました」
夫婦と犬は女坂から下りていくようだ。
犬は尻尾をブンブン振りながら、大喜びで下りていった。
山を歩くのが好きなのだろう。
良い夫婦と良い犬だった。
僕は男坂の様子を見に少し下りていってみたが、男坂は確かに崖だった。
『男坂から下りるのは危険なので女坂から下りるように』との看板がある。
(男坂から登ってたら、途中で自転車を置いて来たろうな…)
男坂から行かなくて良かったが、いつか男坂を徒歩で登ってみたいと思えるほど魅力がある岩場だった。
男坂から登って来た若者二人組が、「20分だな」と言っていた。
日和田山は、それくらいの時間で登れてしまう山なのだ。
なので、ハイカーに人気がある。
日和田山は岩が剥き出しになっている場所が多い。
山全体が岩盤質なのだろう。
後で知ったが、日和田山にはロッククライミングの練習場がある。
高さ20mほどの切り立った岩場が立ち並ぶ場所があるのだ。
関東の初心者はみんなここから始めるほど、日和田山は有名だったようだ。
僕は何も知らなかった。
〜続く〜
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