この辺は山道ばかりだ。
何人かの自転車乗りとすれ違ったが、よくもまぁこんな山の中まで登ってくるものだ。
テントなどを携帯した重装備の自転車もいたが、重くて坂が大変そうだった。
トンネルを抜けると和歌山県だ。
道の駅に車を停め、休憩。
夜通し走ってきてすごく眠いが、これから熊野古道を歩かなければいけない。
歩く前に食事も摂っておく。
この辺の名物の『めはり寿司』という、高菜を細かく切ったものをご飯に詰めて、それを高菜で包んだものを食べた。
さっぱりしていて、とても美味しかった。
この旅に出る前は、熊野古道とは一本道なのかと思っていたが、実は紀伊半島全域に広がる道だった。
もちろん、何ルートもの古道があるので、一日では歩ききれない。
僕らは、熊野本宮大社近辺の古道を歩くつもりでいた。
熊野本宮大社の駐車場が混んでるといけないので、道の駅からバスで本宮大社に向かった。
バスの中で寝ようかと思ったが、5分ほどで大社前に到着。

熊野本宮大社にお参りを済ます。
ここで石段を上り下りしたが、この後に続く石段地獄の序章でしかなかった。
ここから古道を歩く。

まずは、『大斎原(おおゆのはら)』というところに向かう。
熊野川沿いに大鳥居が建つが、鳥居以外は明治の水害で流されて、今は敷地に芝が生え揃うのみだ。

大斎原を過ぎると、いよいよ民家の脇から山へと入ってゆく。
標高369mの大日山を越えていくルートだが、山頂を越えるわけではないので、そんなに時間は掛からない。

初っ端から、急な石段の登り。
すぐに息が切れる。
石段は苔むしていて、雰囲気が良い。
石段はどんどん急になる。
休み休み登るも、息は絶え絶えだ。
寝てないのも原因か。
月見丘神社というとこまで登ると、少し楽になる。
ここで、ガイドのボランティアをしているおじいさんに会った。
毎日のように古道を歩いては、出会った人に古道の説明をしているらしい。
「どっから来たの?」
「千葉から来ました」
「千葉かぁ。千葉は熊野神社多いんですよ」
「へ〜、そうなんですか〜」
僕らも、おじいさんから説明を受けながら登っていく。
「あともうちょっとで楽になるから、頑張って」
おじいさんは、そうやって励ますようだ。
あとちょっとが、長い。
「登る時は、先を見すぎるとダメなんです。足元を見て一歩一歩リズム良く登ってると、いつの間にか登っているんですね」
「私ね、働いてる時に体を悪くしたんだけど、退職して古道を歩いていたら元気になりました」
「ここからはもう楽ですよ」
おじいさんと話している内に、峠を越えたようだ。
下りも急な石段だったが、登るよりは楽だった。
下り終えると、湯の峰温泉というところに出た。
おじいさんの正体は、ここの温泉街の旅館のご主人であった。
おじいさんと別れて、ここからの道先を考える。
さらに熊野古道を奥に進むか、今来た山道を戻るか、別の道から戻るかだ。
熊野古道を奥に進むとまた山越えで、4時間以上は掛かる。
ここまで歩いてきた所要時間が1時間ちょいなので、さらに4時間歩くのは寝不足の身にもしんどい。
今来た道を戻るのも面白味がない。
というわけで、残るルートの『別の道から戻る』を選択。
温泉に入りたかったが、まだこの先歩くのでやめた。
僕らは湯の峰温泉を後にして、車道沿いに歩いていった。
〜続く〜
![Powered by 269g[ブログ・ジー]](http://269g.jp/img/269g.gif)
十津川警部はここに由来したネーミングなのかな?
山頂だと立ち止まって話す事もあるか。
目的はみんな同じだから、話しやすいんだろう。
十津川警部は、どうかね。
珍しい苗字だから、ここの地名から取ったのかもしれないね。