今日は仕事前にフットサルの試合をした。
雨天だったが屋内だったので支障はなかった。
今日も僕は無得点だ。
キーパーが倒れた状態でゴール前、どフリーのシュートを外した。
これが入らないなら、今年はもう無得点だろう。
憂鬱になる。
ゴールキーパーをやった時に相手選手に指を蹴られて、久しぶりに突き指した。
大した突き指ではなかったからいいが、お陰で仕事中痛んで憂鬱だ。
試合中に体育館のドアの横に立てかけといた傘が、誰かがドアを開けた際にドアに挟まれて曲がってしまったのが憂鬱だ。
曲がったくらいならまぁいいかと、外に出て傘を差そうとしたら取っ手から折れてしまった。
僕の指の代わりに折れてくれたと思うことにしよう。
今日はチームエースのS君が彼女連れで来た。
いつの間にか彼女を作っていたとは。
昨年末にK君、大晦日にA君が結婚発表。
次はS君か!?
さらにその次も現れるかもしれない。
彼女を作る能力はないが曲なら作れる僕は、結婚式での演奏のために尽力しよう。
突き指がすぐに治るといいな。演奏の練習が出来ないから。
2007年10月01日
2006年03月25日
Sporting Chance23 ドジなドッジボール
小学校の頃は、体育の授業でよくドッジボールをやったものだ。
僕は、球を捕るのが下手だった。
自分に向かって高速で近付いてくる物体が怖くて捕捉できなかったのだろう。
捕るのも下手なら投げるのも下手だった。
たぶん小学校低学年時は、ドッジボールを10mも投げられなかったのではないかと思う。
肩が弱かったのだ。
なので、授業中の僕の役目はボールを捕る事でも相手にぶつける事でもなく、ただ逃げ回る事だった。
逃げていれば人数稼ぎになるし、他の子が相手に狙われる率も分散されて低くなる。
たいがい、肩の強い子がエースになって攻撃してくれる。
僕はサポートに回る。
もしエースの子がボールを当てられて外野に回れば、僕がボールを拾った時にはその子にパスしてあげる。
そうすればエースが復帰してくるかもしれないし、僕が狙われる確率も低くなる。
そういう戦術で僕はドッジボールをこなしてきた。
ボールをキャッチした事などなかった。
もちろん相手にぶつけた事もない。
僕はただコートを駆け回り、相手の攻撃をかわすだけだ。
僕はボールを捕る気は全くないので、ほとんど当たる事もなかった。
狙われても、ジャンプしたり寝転んだりしてかわし続けた。
そうすると、最後に残ったのが僕だけになる事も多かった。
至近距離からぶつけられては痛いし、よけられないので、僕は自陣のコートの最後方まで下がってよける。
よけたら今度、外野から逃げるために相手コートぎりぎりまで逃げる。
この繰り返しだ。
こちらの攻撃ターンはほとんど回ってこない。
授業の後半は僕の独壇場(?)だったので、僕は逃げるのが楽しかった。
(当てられるものなら当ててみろ!)
もちろん当てられる事もあったが、授業の終わりまで逃げた時は嬉しかった。
そんな僕が中学になって、体育の授業でまたドッジボールをやった時の事だ。
相変わらず逃げ回って、僕が最後の内野になった。
中学になると、肩の強い子は物凄く速い球を投げてくる。
逃げ損なって当たったら痛い。
しかし、僕ももう中学生だ。いつまでも逃げ回っている訳にもいかない。
(捕ってみようかな?)
そんな思いがよぎった。
あまり肩の強くない子が投げた球を捕ってみようと構えた。
バンッ!
ボールは僕に当たって地面に落ちた。
捕れなかったのだ…。
普通は捕球のために胸の前で下から両手を出して、胸と腕で挟むように捕るのだが、僕はボクシングのガードのように手を挙げて捕ろうとして失敗した。
考えてみれば、今までまともにボールを捕った事もなかったのだ。急に捕れるはずもない。
味方がみんなガッカリしたように見えた。
ここまで逃げといて、最後はそれかよ…。そう言われた気がした。
それ以来ドッジボールはやっていない。
逃げ続けた人生を変えようと試みて失敗した。
そうして逃げ回る生き方が身に沁みついてしまったのかもしれない…。
僕は、球を捕るのが下手だった。
自分に向かって高速で近付いてくる物体が怖くて捕捉できなかったのだろう。
捕るのも下手なら投げるのも下手だった。
たぶん小学校低学年時は、ドッジボールを10mも投げられなかったのではないかと思う。
肩が弱かったのだ。
なので、授業中の僕の役目はボールを捕る事でも相手にぶつける事でもなく、ただ逃げ回る事だった。
逃げていれば人数稼ぎになるし、他の子が相手に狙われる率も分散されて低くなる。
たいがい、肩の強い子がエースになって攻撃してくれる。
僕はサポートに回る。
もしエースの子がボールを当てられて外野に回れば、僕がボールを拾った時にはその子にパスしてあげる。
そうすればエースが復帰してくるかもしれないし、僕が狙われる確率も低くなる。
そういう戦術で僕はドッジボールをこなしてきた。
ボールをキャッチした事などなかった。
もちろん相手にぶつけた事もない。
僕はただコートを駆け回り、相手の攻撃をかわすだけだ。
僕はボールを捕る気は全くないので、ほとんど当たる事もなかった。
狙われても、ジャンプしたり寝転んだりしてかわし続けた。
そうすると、最後に残ったのが僕だけになる事も多かった。
至近距離からぶつけられては痛いし、よけられないので、僕は自陣のコートの最後方まで下がってよける。
よけたら今度、外野から逃げるために相手コートぎりぎりまで逃げる。
この繰り返しだ。
こちらの攻撃ターンはほとんど回ってこない。
授業の後半は僕の独壇場(?)だったので、僕は逃げるのが楽しかった。
(当てられるものなら当ててみろ!)
もちろん当てられる事もあったが、授業の終わりまで逃げた時は嬉しかった。
そんな僕が中学になって、体育の授業でまたドッジボールをやった時の事だ。
相変わらず逃げ回って、僕が最後の内野になった。
中学になると、肩の強い子は物凄く速い球を投げてくる。
逃げ損なって当たったら痛い。
しかし、僕ももう中学生だ。いつまでも逃げ回っている訳にもいかない。
(捕ってみようかな?)
そんな思いがよぎった。
あまり肩の強くない子が投げた球を捕ってみようと構えた。
バンッ!
ボールは僕に当たって地面に落ちた。
捕れなかったのだ…。
普通は捕球のために胸の前で下から両手を出して、胸と腕で挟むように捕るのだが、僕はボクシングのガードのように手を挙げて捕ろうとして失敗した。
考えてみれば、今までまともにボールを捕った事もなかったのだ。急に捕れるはずもない。
味方がみんなガッカリしたように見えた。
ここまで逃げといて、最後はそれかよ…。そう言われた気がした。
それ以来ドッジボールはやっていない。
逃げ続けた人生を変えようと試みて失敗した。
そうして逃げ回る生き方が身に沁みついてしまったのかもしれない…。
ニックネーム SNJ at 00:33| Comment(0)
| Sporting Chance
2006年03月22日
Sporting Chance22 朝バスケ
小学5年生になると、学校では朝のクラブ活動を推奨された。
僕は同じクラスのマナブ君と西沢君と一緒に、バスケクラブに入った。
バスケクラブは人数が多すぎたので、体育館で練習できるのは一握りの生徒だけ。
へたっぴな生徒は、外で練習する事になる。
僕らはまず、外の練習から始まった。
上手い子は体育館へと上げられる。
外にもバスケのゴールはあるが、地面がでこぼこしているので環境は悪い。
僕はドリブルすら出来なかった。
手でついたボールが、また自分の手に戻ってくる事が不思議だった。
そしてそのまま移動していくと、バウンドして戻ってくる位置に手を移動させてないとドリブルは続かない。
僕はその目測が分からなくて、ドリブルが出来なかったのだ。
毎朝、早く登校してバスケの練習をする。
しかし、一向に上手くならない。外で練習している生徒には、教えてくれる人もいない。
ゴールに向かってシュートを放ってみても、全く入る気がしなかった。
やがて、体育館に上がる組と練習に来なくなる組との差が広がり始めた。
たくさんいたバスケクラブだったが、朝早く学校に行っても、外で練習している生徒は数人になった。
僕もだんだんバスケをするのが苦痛になり、バスケクラブに行くのをやめた。
それ以来、僕の中ではバスケは苦手な競技としてインプットされ、スラムダンクを読むようになるまで大嫌いな競技の一つになったのだった。
僕は同じクラスのマナブ君と西沢君と一緒に、バスケクラブに入った。
バスケクラブは人数が多すぎたので、体育館で練習できるのは一握りの生徒だけ。
へたっぴな生徒は、外で練習する事になる。
僕らはまず、外の練習から始まった。
上手い子は体育館へと上げられる。
外にもバスケのゴールはあるが、地面がでこぼこしているので環境は悪い。
僕はドリブルすら出来なかった。
手でついたボールが、また自分の手に戻ってくる事が不思議だった。
そしてそのまま移動していくと、バウンドして戻ってくる位置に手を移動させてないとドリブルは続かない。
僕はその目測が分からなくて、ドリブルが出来なかったのだ。
毎朝、早く登校してバスケの練習をする。
しかし、一向に上手くならない。外で練習している生徒には、教えてくれる人もいない。
ゴールに向かってシュートを放ってみても、全く入る気がしなかった。
やがて、体育館に上がる組と練習に来なくなる組との差が広がり始めた。
たくさんいたバスケクラブだったが、朝早く学校に行っても、外で練習している生徒は数人になった。
僕もだんだんバスケをするのが苦痛になり、バスケクラブに行くのをやめた。
それ以来、僕の中ではバスケは苦手な競技としてインプットされ、スラムダンクを読むようになるまで大嫌いな競技の一つになったのだった。
ニックネーム SNJ at 04:17| Comment(0)
| Sporting Chance
2006年03月18日
Sporting Chance21 キャッチボール in the park・工事現場のオジサン現る
昔、僕は公園によく遊びに行ってた…と言っても二十台半ばだが、一人でキャッチボールをしに遊びに行ってたのだ。
公園で一人、壁に向かって投球していると、同じく公園で遊んでいる子供達が寄ってきたりする。
「カーブ投げてよ」
そんな注文をされたりするのだが、軟球が曲がるほどの回転は僕は掛けられない。
まぁ一応は少し曲がった様に見える。
「うわ〜!すげぇ!カーブした〜!」
それだけで子供達は喜んだ。
シュートやフォークも投げた。
しかし、カーブ以上に変化しない。フォークなど球速もなく、自然に落下してるだけだ。
それでも子供達は喜んだ。
子供が僕の横に並んで、僕と同じタイミングで投げようとする。
僕は壁から18mほど離れて投げていたので、子供には遠い距離だ。
でも、ちゃんと山なりにならずに届く子もいた。
フォームもしっかりしていて、僕が教わりたいくらいだった。
子供の投げた球は、僕の投げた球と同じくらいのスピードだった。
同時に投げて、同時に壁に当たったのだ。
その速さに僕は焦ったが、また僕に合わせて投げようとする子供のタイミングをずらしてやった。
投げようとして一瞬止まり、手首で投げたのだ。
タイミングを外された子は、自分だけ投げてしまい笑っていたが、僕の投げ方はボークだ。
そんな子供との触れ合いもなかなか面白かったが、一番面白かった出来事がある。
公園の横ではマンションの工事をしていたのだが、そこの現場の人だろう、オジサンが公園に入ってきて、子供達に話し掛けた。
「ちょっと投げさせてよ」
「うん、いいよ」
子供達も大人が投げてくれると言うので嬉しそうだ。
一人の子がキャッチャーとして構えた。
「よ〜し、捕れないと危ないからな。軽く投げるぞぉ」
オジサンはサイドスローから手加減して投げた。
オジサンの投げた球がワンバウンドして、子供のミットに収まった。
「もっと速く投げていいよ」
子供は速球を要求した。
「そうか、じゃあもう少し速いの投げちゃうぞ」
パスン
オジサンの速球がミットに収まる。
「もっと速くていいよ」
子供はより速い球を要求する。
「まぁ待て。肩がまだ温まってないからな。まずは変化球からいこう」
オジサンは変化球を投げるらしい。
「よ〜し、カーブいくぞぉ」
オジサンはカーブを投げた。
山なりの球が飛んでいく。
パスン
「どうだ、曲がったろう?」
オジサンは得意気だ。
「ぜんぜん曲がってないよ〜」
子供は不満足のご様子。
「そうか、もう一回投げるから良く見とけよぉ」
オジサンのカーブが山なりに飛んでいく。
パスン
「どうだ?曲がったろう?」
「え〜?曲がってないよ〜」
また曲がらなかったようだ。
「そうか、じゃあ今度はシュートいくからな」
オジサンはサイドスローだ。もしかすると、カーブよりシュートが得意なのかもしれない。
パスン
「どうだ?」
「全然シュートしてないよ〜」
シュートもダメだったみたいだ。
僕はそれを横目で見ていて笑いそうになっていた。
「そら、もう一回シュートだ」
しかし、球がそれて壁に当たった。
「今度こそ曲がったろう?」
「最初から壁の方にいってたよ〜」
子供は納得しない。
「今度は落ちる球だ。急に落ちるからな。気を付けろ」
オジサンの投げた球は、ワンバウンドしてミットに収まった。
「どうだ、今のは落ちたろう?」
オジサンの名誉挽回なるか?
「届いてないだけだよ〜」
子供は正直だ。
「そんな事ないだろう。落ちてるから、よく見とけ」
オジサンは、またも落ちる球を投げた。
もちろん、またワンバン。
「最初から低いよ〜」
子供は厳しい。
やがてオジサンは、投げ疲れたのか工事現場に戻っていった。
(あのオジサン楽しめたのかな〜?いい汗かいてこの後、良い仕事が出来ればいいんだけど…)
少しオジサンに同情しながら、僕も公園を後にした。
公園で一人、壁に向かって投球していると、同じく公園で遊んでいる子供達が寄ってきたりする。
「カーブ投げてよ」
そんな注文をされたりするのだが、軟球が曲がるほどの回転は僕は掛けられない。
まぁ一応は少し曲がった様に見える。
「うわ〜!すげぇ!カーブした〜!」
それだけで子供達は喜んだ。
シュートやフォークも投げた。
しかし、カーブ以上に変化しない。フォークなど球速もなく、自然に落下してるだけだ。
それでも子供達は喜んだ。
子供が僕の横に並んで、僕と同じタイミングで投げようとする。
僕は壁から18mほど離れて投げていたので、子供には遠い距離だ。
でも、ちゃんと山なりにならずに届く子もいた。
フォームもしっかりしていて、僕が教わりたいくらいだった。
子供の投げた球は、僕の投げた球と同じくらいのスピードだった。
同時に投げて、同時に壁に当たったのだ。
その速さに僕は焦ったが、また僕に合わせて投げようとする子供のタイミングをずらしてやった。
投げようとして一瞬止まり、手首で投げたのだ。
タイミングを外された子は、自分だけ投げてしまい笑っていたが、僕の投げ方はボークだ。
そんな子供との触れ合いもなかなか面白かったが、一番面白かった出来事がある。
公園の横ではマンションの工事をしていたのだが、そこの現場の人だろう、オジサンが公園に入ってきて、子供達に話し掛けた。
「ちょっと投げさせてよ」
「うん、いいよ」
子供達も大人が投げてくれると言うので嬉しそうだ。
一人の子がキャッチャーとして構えた。
「よ〜し、捕れないと危ないからな。軽く投げるぞぉ」
オジサンはサイドスローから手加減して投げた。
オジサンの投げた球がワンバウンドして、子供のミットに収まった。
「もっと速く投げていいよ」
子供は速球を要求した。
「そうか、じゃあもう少し速いの投げちゃうぞ」
パスン
オジサンの速球がミットに収まる。
「もっと速くていいよ」
子供はより速い球を要求する。
「まぁ待て。肩がまだ温まってないからな。まずは変化球からいこう」
オジサンは変化球を投げるらしい。
「よ〜し、カーブいくぞぉ」
オジサンはカーブを投げた。
山なりの球が飛んでいく。
パスン
「どうだ、曲がったろう?」
オジサンは得意気だ。
「ぜんぜん曲がってないよ〜」
子供は不満足のご様子。
「そうか、もう一回投げるから良く見とけよぉ」
オジサンのカーブが山なりに飛んでいく。
パスン
「どうだ?曲がったろう?」
「え〜?曲がってないよ〜」
また曲がらなかったようだ。
「そうか、じゃあ今度はシュートいくからな」
オジサンはサイドスローだ。もしかすると、カーブよりシュートが得意なのかもしれない。
パスン
「どうだ?」
「全然シュートしてないよ〜」
シュートもダメだったみたいだ。
僕はそれを横目で見ていて笑いそうになっていた。
「そら、もう一回シュートだ」
しかし、球がそれて壁に当たった。
「今度こそ曲がったろう?」
「最初から壁の方にいってたよ〜」
子供は納得しない。
「今度は落ちる球だ。急に落ちるからな。気を付けろ」
オジサンの投げた球は、ワンバウンドしてミットに収まった。
「どうだ、今のは落ちたろう?」
オジサンの名誉挽回なるか?
「届いてないだけだよ〜」
子供は正直だ。
「そんな事ないだろう。落ちてるから、よく見とけ」
オジサンは、またも落ちる球を投げた。
もちろん、またワンバン。
「最初から低いよ〜」
子供は厳しい。
やがてオジサンは、投げ疲れたのか工事現場に戻っていった。
(あのオジサン楽しめたのかな〜?いい汗かいてこの後、良い仕事が出来ればいいんだけど…)
少しオジサンに同情しながら、僕も公園を後にした。
ニックネーム SNJ at 03:16| Comment(0)
| Sporting Chance
2006年03月14日
Sporting Chance20 手賀沼でのキャッチボール
無職の我ら二人は、前日のテニスに懲りずに、次の日も遊びに出掛けた。
平日の昼間、近所の手賀沼へと繰り出し、今度はキャッチボールだ。
20代前半の若い二人だ。猛暑と言えども、じっとしてられない。でも無職。
夏、眩しくて真っ盛り。
二人、貧しくて真っ暗闇。
手賀沼に着くと、早速キャッチボールを始めた。
グローブを持ってなかったので、ゴムボールでのキャッチボールだ。
ゴムボールは下回転を掛けると、球が良く伸びる。
スピードのある球だと、浮き上がってくるように見える。
互いに渾身の力を出して投げ合った。
僕は疲れてきたのでカーブを投げた。
すっぽ抜けて高く上がり、マナブ君の右後方に飛んでいってしまった。
飛んでいったその先に、女子高生が二人、制服姿でベンチに腰掛けてしゃべっていた。
すぐ側の高校の生徒で、夏休みに入ったのだろう。
女子高生らは、転がっていったボールを見て何か話していたが、すぐにマナブ君が走っていってボールを拾った。
またカーブを投げた。
またマナブ君の右後方に転がる。
女子高生二人の内の一人がそのボールを拾おうとしたのだろうか、立ち上がってボールの方へ一歩踏み出した。
そこへマナブ君が走ってきてボールを拾った。
マナブ君が走って戻ってくる後ろで、女子高生が笑い合っていた。
またキャッチボールが再会された。
投げ合っていると、マナブ君の後方の女子高生がこちらを見て何か話し合っているのが見えた。
(もしかしたらボールを拾いたかったのかも?)
またカーブがすっぽ抜けてマナブ君の後ろへ転がった。
女子高生たちが、アンタ行きなさいよ、みたいな感じでお互いを押し合っている。
でもマナブ君が走っていって拾った。
僕は左利きなので、カーブを投げるとマナブ君の右肩から入って左手に落ちていく球筋になる。
そうすると女子高生の方へ飛んでいっても、彼女らからは遠ざかる軌道になる。
(そうか、シュートを投げてみよう)
シュートなら女子高生の方へと転がっていくはずだ。
あえて高めのシュートを投げた。マナブ君から逃げていく球筋だ。
マナブ君を越えて女子高生の方へ転がった。
女子高生たちが、互いに譲って押し合う。
今度はボールが近い。
女子高生の一人が立ち上がって、3歩ほど走った。
そこへ風の様にマナブ君が走ってきて、ボールを拾った。
マナブ君が戻ってくる後方で、やっぱり女子高生たちが笑っていた。
またキャッチボールが再会された。
女子高生たちはいつの間にかにいなくなった。
僕の後方で、男の笑い声が聞こえた。
ちらっと見ると、何が面白いのか分からないがこちらを見て笑っている。
キャッチボールを続ける。
また笑い声が聞こえる。
どうやら、僕が球を投げると笑っているようだった。
「ヤングマンじゃねーのか?」
「ブハハ〜ッ」
何だかよく分からないが、もしかしたら僕が短パンで投げていて、スネ毛が濃いから笑っているのかもしれない。
渾身の力でマナブ君に球を投げる。
よく伸びていく自己満足の球筋だ。
「ワハハハハ!」
また後ろで笑い声が聞こえる。
僕が投げる球が速いほど笑っているようだった。
今思うと、僕の投げるフォームがおかしかったのかもしれない…。
そして、猛暑の中疲れた二人はキャッチボールを終えた。
僕は自販機で飲み物を買いながら、マナブ君に言った。
「さっきマナブの後ろで、女子高生たちがボール拾おうとしてたよ。でもマナブが全部拾っちゃったから笑ってた」
「え?全然気付かなかった」
手賀沼でのキャッチボール。
僕は何人もの友人をここへ連れてきてはキャッチボールをしている。
何故だろう?
きっと、汚い沼ながらもこの近辺で唯一の憩いの水辺だからだろう。
無職二人は、無職なのも忘れてこの水辺で癒され、そして楽しんだのだった。
平日の昼間、近所の手賀沼へと繰り出し、今度はキャッチボールだ。
20代前半の若い二人だ。猛暑と言えども、じっとしてられない。でも無職。
夏、眩しくて真っ盛り。
二人、貧しくて真っ暗闇。
手賀沼に着くと、早速キャッチボールを始めた。
グローブを持ってなかったので、ゴムボールでのキャッチボールだ。
ゴムボールは下回転を掛けると、球が良く伸びる。
スピードのある球だと、浮き上がってくるように見える。
互いに渾身の力を出して投げ合った。
僕は疲れてきたのでカーブを投げた。
すっぽ抜けて高く上がり、マナブ君の右後方に飛んでいってしまった。
飛んでいったその先に、女子高生が二人、制服姿でベンチに腰掛けてしゃべっていた。
すぐ側の高校の生徒で、夏休みに入ったのだろう。
女子高生らは、転がっていったボールを見て何か話していたが、すぐにマナブ君が走っていってボールを拾った。
またカーブを投げた。
またマナブ君の右後方に転がる。
女子高生二人の内の一人がそのボールを拾おうとしたのだろうか、立ち上がってボールの方へ一歩踏み出した。
そこへマナブ君が走ってきてボールを拾った。
マナブ君が走って戻ってくる後ろで、女子高生が笑い合っていた。
またキャッチボールが再会された。
投げ合っていると、マナブ君の後方の女子高生がこちらを見て何か話し合っているのが見えた。
(もしかしたらボールを拾いたかったのかも?)
またカーブがすっぽ抜けてマナブ君の後ろへ転がった。
女子高生たちが、アンタ行きなさいよ、みたいな感じでお互いを押し合っている。
でもマナブ君が走っていって拾った。
僕は左利きなので、カーブを投げるとマナブ君の右肩から入って左手に落ちていく球筋になる。
そうすると女子高生の方へ飛んでいっても、彼女らからは遠ざかる軌道になる。
(そうか、シュートを投げてみよう)
シュートなら女子高生の方へと転がっていくはずだ。
あえて高めのシュートを投げた。マナブ君から逃げていく球筋だ。
マナブ君を越えて女子高生の方へ転がった。
女子高生たちが、互いに譲って押し合う。
今度はボールが近い。
女子高生の一人が立ち上がって、3歩ほど走った。
そこへ風の様にマナブ君が走ってきて、ボールを拾った。
マナブ君が戻ってくる後方で、やっぱり女子高生たちが笑っていた。
またキャッチボールが再会された。
女子高生たちはいつの間にかにいなくなった。
僕の後方で、男の笑い声が聞こえた。
ちらっと見ると、何が面白いのか分からないがこちらを見て笑っている。
キャッチボールを続ける。
また笑い声が聞こえる。
どうやら、僕が球を投げると笑っているようだった。
「ヤングマンじゃねーのか?」
「ブハハ〜ッ」
何だかよく分からないが、もしかしたら僕が短パンで投げていて、スネ毛が濃いから笑っているのかもしれない。
渾身の力でマナブ君に球を投げる。
よく伸びていく自己満足の球筋だ。
「ワハハハハ!」
また後ろで笑い声が聞こえる。
僕が投げる球が速いほど笑っているようだった。
今思うと、僕の投げるフォームがおかしかったのかもしれない…。
そして、猛暑の中疲れた二人はキャッチボールを終えた。
僕は自販機で飲み物を買いながら、マナブ君に言った。
「さっきマナブの後ろで、女子高生たちがボール拾おうとしてたよ。でもマナブが全部拾っちゃったから笑ってた」
「え?全然気付かなかった」
手賀沼でのキャッチボール。
僕は何人もの友人をここへ連れてきてはキャッチボールをしている。
何故だろう?
きっと、汚い沼ながらもこの近辺で唯一の憩いの水辺だからだろう。
無職二人は、無職なのも忘れてこの水辺で癒され、そして楽しんだのだった。
ニックネーム SNJ at 14:43| Comment(0)
| Sporting Chance
2006年03月14日
Sporting Chance19 失業・失意の真夏のテニス
昔、友人のマナブ君の会社が倒産して次の職を探している時、僕も無職みたいなもんだった。
平日の昼間、真夏の猛暑の中、僕とマナブ君で一緒にテニスをしようという事になり、千葉県の北端の野田市へと足を運んだ。
「ここは穴場なんだ」
マナブ君が言う通り、野田市のどこかに人気のないテニスコートがひっそりと佇んでいた。
コートが2面。
周りを3m以上の高さのフェンスに囲まれ、その周りは森になっている。
森の向こうには何があるのだろう?
それほど、そこは異空間に思えた。
管理人がいる訳でもないので、僕らは勝手に入ってテニスを始めた。
マナブ君は中学時代はテニス部、僕は卓球部だった。負けてる。
マナブ君は安物のラケットを持参、僕は2万3千円のラケット持参だ。勝ってる。
真夏。
夏の日差しが僕らの肌を突き刺す中、僕は思い切って打つ。
真夏の太陽に向かって、ボールは飛んでいく。
そしてフェンスを越え、真夏で生い茂った草むらの中に消えた。
フェンスの扉を開けて取りに行こうとしたが、鍵が掛かっていて開かない。
フェンスを乗り越えるしかないが、3m以上の高さだ。
しかし、身軽なマナブ君は軽々と乗り越え、草むらへと入って行った。
僕も乗り越えようとしたが、靴がフェンスの隙間に入らず、足場がなくて登れなかった。
マナブ君がボールを拾って戻ってきた。
マナブ君が軽めのサーブを打つ。
僕の2万3千円が唸りを上げる。
ボールは真夏の太陽に吸い込まれ、フェンスの向こうに消えた。
僕はフェンスを登れない。
マナブ君がボールを拾って戻ってきた。
真夏。
それは過酷な環境だ。
僕らは照りつける強烈な日差しに、体を焦がされ、溶かされてゆく。
僕は元々体力がないし、体力自慢のマナブ君も球拾いのせいもあって疲弊している。
せっかく穴場を見付けたのに、30分もしない内にバテバテだ。
ここが穴場である訳が分かった気がした。
横のコートに女性の二人組みがやってきた。
女性の目を気にしてか、マナブ君のサーブスピードが上がった。
僕は一歩も動けない。さすがは元テニス部だ。
僕はどうも、早い球が来るとフォアで打つのかバックで打つのか決め兼ねて動けないようだ。いや、暑すぎて動けないのかもしれない。
それにしても暑い日だ。
女性達は元気にテニスをしている。
マナブ君はフェンスの向こうでボールを捜している。
僕は空を見上げる。
(ここは良い空間だ)
「そろそろ帰ろうか…。もう喉が渇いて限界だ」
凄まじい太陽の攻撃になぶられ、1時間ほどで切り上げて、僕らは車に乗り込んで帰路についた。
いや、帰路より何より、まずは自販機探しだ。
僕らは乾いている。テニスコートには水道の設備はなかったのだ。
こういう時に限って自販機がない。
自販機を求めて走り回った挙句、たまたま見付けた商店で飲み物を買った。
この日、この時ほど、僕は喉が渇いた事はなかったろう。
だが、失業中で腐ってる中、気分転換も出来たし、良い一日だったと言える。
平日の昼間、真夏の猛暑の中、僕とマナブ君で一緒にテニスをしようという事になり、千葉県の北端の野田市へと足を運んだ。
「ここは穴場なんだ」
マナブ君が言う通り、野田市のどこかに人気のないテニスコートがひっそりと佇んでいた。
コートが2面。
周りを3m以上の高さのフェンスに囲まれ、その周りは森になっている。
森の向こうには何があるのだろう?
それほど、そこは異空間に思えた。
管理人がいる訳でもないので、僕らは勝手に入ってテニスを始めた。
マナブ君は中学時代はテニス部、僕は卓球部だった。負けてる。
マナブ君は安物のラケットを持参、僕は2万3千円のラケット持参だ。勝ってる。
真夏。
夏の日差しが僕らの肌を突き刺す中、僕は思い切って打つ。
真夏の太陽に向かって、ボールは飛んでいく。
そしてフェンスを越え、真夏で生い茂った草むらの中に消えた。
フェンスの扉を開けて取りに行こうとしたが、鍵が掛かっていて開かない。
フェンスを乗り越えるしかないが、3m以上の高さだ。
しかし、身軽なマナブ君は軽々と乗り越え、草むらへと入って行った。
僕も乗り越えようとしたが、靴がフェンスの隙間に入らず、足場がなくて登れなかった。
マナブ君がボールを拾って戻ってきた。
マナブ君が軽めのサーブを打つ。
僕の2万3千円が唸りを上げる。
ボールは真夏の太陽に吸い込まれ、フェンスの向こうに消えた。
僕はフェンスを登れない。
マナブ君がボールを拾って戻ってきた。
真夏。
それは過酷な環境だ。
僕らは照りつける強烈な日差しに、体を焦がされ、溶かされてゆく。
僕は元々体力がないし、体力自慢のマナブ君も球拾いのせいもあって疲弊している。
せっかく穴場を見付けたのに、30分もしない内にバテバテだ。
ここが穴場である訳が分かった気がした。
横のコートに女性の二人組みがやってきた。
女性の目を気にしてか、マナブ君のサーブスピードが上がった。
僕は一歩も動けない。さすがは元テニス部だ。
僕はどうも、早い球が来るとフォアで打つのかバックで打つのか決め兼ねて動けないようだ。いや、暑すぎて動けないのかもしれない。
それにしても暑い日だ。
女性達は元気にテニスをしている。
マナブ君はフェンスの向こうでボールを捜している。
僕は空を見上げる。
(ここは良い空間だ)
「そろそろ帰ろうか…。もう喉が渇いて限界だ」
凄まじい太陽の攻撃になぶられ、1時間ほどで切り上げて、僕らは車に乗り込んで帰路についた。
いや、帰路より何より、まずは自販機探しだ。
僕らは乾いている。テニスコートには水道の設備はなかったのだ。
こういう時に限って自販機がない。
自販機を求めて走り回った挙句、たまたま見付けた商店で飲み物を買った。
この日、この時ほど、僕は喉が渇いた事はなかったろう。
だが、失業中で腐ってる中、気分転換も出来たし、良い一日だったと言える。
ニックネーム SNJ at 03:02| Comment(0)
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2006年03月08日
Sporting Chance18 テニスラケット
二十歳過ぎの頃、初めてテニスラケットを買った。
2万3千円の代物だ。
ディスカウントショップで3千円くらいの安いのが売っているのも知らずに、スポーツ用品店に買いに行ったら高いのしかなかったのだ。
せっかく高いのを買ったのだが、僕はテニスなどした事もなかった。
いや、一回だけあったか。軽井沢でテニスと洒落込んだ事があった。その程度だ。
高いラケットだけあって、ガットも自分で選ぶ。
コントロールが☆☆☆、スピンが☆☆☆☆☆のガットにした。
ガットの形状も何だかヨレヨレしてて、いかにもスピンが掛かりそうだった。
僕は変化球が好きだったのだ。
買ったはいいが、テニスをする機会もない。
公園に行って一人で壁打ちをするしかなかった。
幸い、近所の公園の壁には、テニスのネットの線が描かれていた。
その高さに当てられるようにサーブの練習をしていたが、打ち方も分からないので上手くいかず、だんだん飽きてくる。
仕舞いには、公園の隅からホームランを打ってどこまで飛ぶのかを確かめる遊びに変わっていた。
とても良く飛んだ。
何度か公園に練習しに行ったが、どうしても上手く打てずに気が滅入って、最後はホームラン遊びになる。
いろいろな打ち方を試してみたところ、カットした打球の軌道が真っ直ぐ伸びて、それが心地良かった。
僕が卓球部だった時に得意としていた打ち方の、ドライブ回転であるトップスピンは、テニスラケットでは打てなかった。
練習中にラケットで地面を擦って、フレームに傷が付いた。
高いラケットが傷ついたのが何だかショックで、それ以来練習に行かなくなった。
僕の友人の浅野君は、年に一回、会社でテニス大会がある。
僕のラケットは、そこで年に一度の活躍の場を得たのだった。
2万3千円の代物だ。
ディスカウントショップで3千円くらいの安いのが売っているのも知らずに、スポーツ用品店に買いに行ったら高いのしかなかったのだ。
せっかく高いのを買ったのだが、僕はテニスなどした事もなかった。
いや、一回だけあったか。軽井沢でテニスと洒落込んだ事があった。その程度だ。
高いラケットだけあって、ガットも自分で選ぶ。
コントロールが☆☆☆、スピンが☆☆☆☆☆のガットにした。
ガットの形状も何だかヨレヨレしてて、いかにもスピンが掛かりそうだった。
僕は変化球が好きだったのだ。
買ったはいいが、テニスをする機会もない。
公園に行って一人で壁打ちをするしかなかった。
幸い、近所の公園の壁には、テニスのネットの線が描かれていた。
その高さに当てられるようにサーブの練習をしていたが、打ち方も分からないので上手くいかず、だんだん飽きてくる。
仕舞いには、公園の隅からホームランを打ってどこまで飛ぶのかを確かめる遊びに変わっていた。
とても良く飛んだ。
何度か公園に練習しに行ったが、どうしても上手く打てずに気が滅入って、最後はホームラン遊びになる。
いろいろな打ち方を試してみたところ、カットした打球の軌道が真っ直ぐ伸びて、それが心地良かった。
僕が卓球部だった時に得意としていた打ち方の、ドライブ回転であるトップスピンは、テニスラケットでは打てなかった。
練習中にラケットで地面を擦って、フレームに傷が付いた。
高いラケットが傷ついたのが何だかショックで、それ以来練習に行かなくなった。
僕の友人の浅野君は、年に一回、会社でテニス大会がある。
僕のラケットは、そこで年に一度の活躍の場を得たのだった。
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2006年02月27日
Sporting Chance17 3秒で負けたケンカ
殴り合いのケンカなどした事もなかった僕だが、一度だけそういう機会があった。
中学3年の時の事だ。
放課後、僕が帰ろうとして下駄箱を開けると、運動靴がない。
どこにいったのかと辺りを見回すと、陸上部の三上君と城下君が笑いながら僕の靴を持っていた。一人、片方ずつだ。
僕と彼らは仲も良い。ちょっとしたイタズラだ。
返してもらおうと三上君に近付くと、持っていた靴を城下君に投げた。
城下君に近付くと、三上君に投げる。
そうしながら、外に出て行ってしまった。
僕が上履きで外に出られないのを見越しての間合いだ。
僕はきっと、だんだん腹が立ってきたのだろう、上履きのまま外に出て三上君に近付くと、
「返せよ!」
ミドルキックを放った。
三上君のお尻を蹴ったのだが、よほど痛かったのか、「イッテ〜」と、すごい形相でこちらを睨んでいる。
(あれ?もしかして、蹴りすぎちゃった?)
僕は宣戦布告をしてしまったようだが、蹴り終えた時点で、すでに戦意はない。
三上君が突進してきた。
50mを6秒の脚力だ。僕が避けられるはずもない。
三上君は突進と同時に飛び膝蹴りを繰り出した。
それをボディに食らった僕は前屈みによろめいた。
三上君はすかさず、僕の頭を押さえ、下からの膝を叩き込んでくる。
僕は手でガードしたが、ガードした手もろとも、顔面に当たった。
さらに、膝と同時に上からは肘が振り下ろされる。
後頭部に肘が入った。こちらは無防備だ。
上から肘、下から膝の素晴らしいコンビネーションを数発食らった僕は、そのまま膝から崩れ落ちた。
K.O.
突進からその間、3秒もなかったろう。
そして、僕がへたり込んだところは水溜りだった。膝が冷たい。
まるで、作られたシナリオの様な場所に、僕はひざまずいていたのだ。
その後、どこがどうなったのか分からないが、僕は三上君と一緒に帰り道を歩いていた。
ケンカを目撃していた金沢君も一緒だった。
彼が取り持ってくれたのだろうか?
「いや〜、久しぶりに怒ったよ〜」
三上君はもう怒ってなかった。晴れ晴れとした表情だ。
僕も怒ってなかったが、口の中を切ったのと後頭部への打撃、そしてビショビショになったズボンのせいで参っていた。
三上君は本気で殴っては来なかったと思うが、まぁ僕の完敗だ。
翌日、学校に行き、三上君としゃべった。
三上君の席は僕の二つ隣の席だ。
間の席の井上さんが驚いた様に言った。
「えっ?ケンカしたの?」
「うん。一瞬で僕が負けたけど。ね、三上さん」
僕は三上君に相槌を求める。
「そうそう。あんなに怒ったの久しぶりだよ」
それを聞いた井上さんは言った。
「カ〜ッコい〜ィ」
カッコいい?
何だかよく分からないが、中3女子から見ると、そういう男のケンカがカッコよく感じたのだろう。
カッコいいとまで言われちゃ、水溜りにひざまずいた甲斐があったてもんだ。
少し照れくさかった。
今となっては、三上君はこの出来事を覚えていない。
中学3年の時の事だ。
放課後、僕が帰ろうとして下駄箱を開けると、運動靴がない。
どこにいったのかと辺りを見回すと、陸上部の三上君と城下君が笑いながら僕の靴を持っていた。一人、片方ずつだ。
僕と彼らは仲も良い。ちょっとしたイタズラだ。
返してもらおうと三上君に近付くと、持っていた靴を城下君に投げた。
城下君に近付くと、三上君に投げる。
そうしながら、外に出て行ってしまった。
僕が上履きで外に出られないのを見越しての間合いだ。
僕はきっと、だんだん腹が立ってきたのだろう、上履きのまま外に出て三上君に近付くと、
「返せよ!」
ミドルキックを放った。
三上君のお尻を蹴ったのだが、よほど痛かったのか、「イッテ〜」と、すごい形相でこちらを睨んでいる。
(あれ?もしかして、蹴りすぎちゃった?)
僕は宣戦布告をしてしまったようだが、蹴り終えた時点で、すでに戦意はない。
三上君が突進してきた。
50mを6秒の脚力だ。僕が避けられるはずもない。
三上君は突進と同時に飛び膝蹴りを繰り出した。
それをボディに食らった僕は前屈みによろめいた。
三上君はすかさず、僕の頭を押さえ、下からの膝を叩き込んでくる。
僕は手でガードしたが、ガードした手もろとも、顔面に当たった。
さらに、膝と同時に上からは肘が振り下ろされる。
後頭部に肘が入った。こちらは無防備だ。
上から肘、下から膝の素晴らしいコンビネーションを数発食らった僕は、そのまま膝から崩れ落ちた。
K.O.
突進からその間、3秒もなかったろう。
そして、僕がへたり込んだところは水溜りだった。膝が冷たい。
まるで、作られたシナリオの様な場所に、僕はひざまずいていたのだ。
その後、どこがどうなったのか分からないが、僕は三上君と一緒に帰り道を歩いていた。
ケンカを目撃していた金沢君も一緒だった。
彼が取り持ってくれたのだろうか?
「いや〜、久しぶりに怒ったよ〜」
三上君はもう怒ってなかった。晴れ晴れとした表情だ。
僕も怒ってなかったが、口の中を切ったのと後頭部への打撃、そしてビショビショになったズボンのせいで参っていた。
三上君は本気で殴っては来なかったと思うが、まぁ僕の完敗だ。
翌日、学校に行き、三上君としゃべった。
三上君の席は僕の二つ隣の席だ。
間の席の井上さんが驚いた様に言った。
「えっ?ケンカしたの?」
「うん。一瞬で僕が負けたけど。ね、三上さん」
僕は三上君に相槌を求める。
「そうそう。あんなに怒ったの久しぶりだよ」
それを聞いた井上さんは言った。
「カ〜ッコい〜ィ」
カッコいい?
何だかよく分からないが、中3女子から見ると、そういう男のケンカがカッコよく感じたのだろう。
カッコいいとまで言われちゃ、水溜りにひざまずいた甲斐があったてもんだ。
少し照れくさかった。
今となっては、三上君はこの出来事を覚えていない。
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2006年02月17日
Sporting Chance16 硬球でのキャッチボール
中学3年時に、友人の小野君と200球以上に渡るキャッチボールを繰り広げてから10年近く経ち、また小野君とキャッチボールをする機会があった。
中3時はゴムボールだったが、今度は硬球を使ってキャッチボールをした。
ちょうど、軟球をなくしてしまったとこだったのだ。
硬球。
ゴツゴツして、当たると痛そうだ。重さも軟球より重く感じる。
晴れた真夏の公園にて、小野君と対峙した。
最初は遠投気味に軽く投げる。
小野君の投てき。
硬球が青空に上がる。
落下。
バシッ!
グローブで捕ったが結構痛い。
もし、取り損なったら痛すぎるな。
僕も高く投げる。
「おっかねっ!」
小野君も怖がりながら捕球した。
そして、肩も温まってきたので、いよいよ全力投球に入る。
小野君の投球。
グオッ!
唸りを上げて(そう感じた)、硬球が飛んでくる。
しかし低い!
ドッ!
カサカサカサッ
「危ねっ!」
硬球は地面を叩き、草を跳ね飛ばしながら僕の足元を抜けていった。
捕球しようとしたのに、バウンドが低く捕れなかったのだ。
硬球は軟球と違い、弾力がない。
軟球の軌道で構えていては、足に当たってしまう。
(硬球は危険だ)
そう思いつつも、キャッチボ−ルを続ける。
僕の投球。
僕はカーブを投げた。
しかし、カーブ回転がかかっているだけで何の変化もしない。
硬球を変化させるには回転力も足りないし、スピードも足りない。70kmも出てないだろう。
硬球の重さを揺るがすほどの空気抵抗を作り出さなければ、変化したようには見えない。
僕の投げ方では気流も乱れないのだ。
小野君の投球。
ボールは僕の正面に飛んでくる。
バシッ!
痛い。グローブの手の平部分で捕ると痛い。
網目の部分で捕球しなくてはいけない。
僕はカーブを投げる。
曲がらない。
ボールは小野君を越えて、後ろのフェンスにぶつかった。
小野君の投球。
低い。
ドッ!
また地面に当たった。
ボールは、踏みつけようとした僕の足元をすり抜け、草を薙ぎ払いながら、後ろのフェンスまで10m以上も転がっていった。
硬球の勢いは止まらない。
僕の投球。
またカーブだ。
また小野君を越えてフェンスに当たった。
拾いに行くのも疲れる。
小野君の投球。
また低い。
僕の足元でバウンドする捕りにくい球だ。足を出して足裏で止めた。
(このやろう!)
僕ばかりカーブを投げて、小野君はストレートばかりだ。
(捕る方も大変なんだぞ)
僕もお返しにストレートを投げた。
小野君のウエスト下辺の取りにくい高さだ。
「おっかねっ!」
小野君は僕の「攻撃」をかわした。
ボールはフェンスに当たる。
真夏の太陽が照り付ける。
投球と球拾いで体力を消耗していく。
それでもまだ、お互いの攻撃は続いた。
小野君もカーブを織り交ぜ始めた。
きっと、ストレートばかりではスタミナが辛くなってきたのだろう。
しかし、小野君のカーブもやはり曲がらない。
元々、小野君は縦に落ちるカーブが好きだったのだから、曲がらなくて当然だ。
「まだまだ〜」
僕も負けじとカーブを投げる。
高すぎて小野君を越えたり、低すぎて足元を抜けたり、的を絞らせない投球だ。
50球ずつも投げてなかったと思うが、真夏の日差しのせいなのか、硬球の重さのせいなのか、コントーロールが無さすぎたからなのかは分からないが、互いに疲れ果て、勝負は終わった。
「硬球は怖いよね」
「足元の草に隠れて、転がってくるのが分からないんだよ」
「手が痛くなった」
「握力なくなった〜」
こうして、中3の時代から続く投球勝負は、またも痛み分けに終わったのだった。
(どうしたら勝ちなんだ?)
中3時はゴムボールだったが、今度は硬球を使ってキャッチボールをした。
ちょうど、軟球をなくしてしまったとこだったのだ。
硬球。
ゴツゴツして、当たると痛そうだ。重さも軟球より重く感じる。
晴れた真夏の公園にて、小野君と対峙した。
最初は遠投気味に軽く投げる。
小野君の投てき。
硬球が青空に上がる。
落下。
バシッ!
グローブで捕ったが結構痛い。
もし、取り損なったら痛すぎるな。
僕も高く投げる。
「おっかねっ!」
小野君も怖がりながら捕球した。
そして、肩も温まってきたので、いよいよ全力投球に入る。
小野君の投球。
グオッ!
唸りを上げて(そう感じた)、硬球が飛んでくる。
しかし低い!
ドッ!
カサカサカサッ
「危ねっ!」
硬球は地面を叩き、草を跳ね飛ばしながら僕の足元を抜けていった。
捕球しようとしたのに、バウンドが低く捕れなかったのだ。
硬球は軟球と違い、弾力がない。
軟球の軌道で構えていては、足に当たってしまう。
(硬球は危険だ)
そう思いつつも、キャッチボ−ルを続ける。
僕の投球。
僕はカーブを投げた。
しかし、カーブ回転がかかっているだけで何の変化もしない。
硬球を変化させるには回転力も足りないし、スピードも足りない。70kmも出てないだろう。
硬球の重さを揺るがすほどの空気抵抗を作り出さなければ、変化したようには見えない。
僕の投げ方では気流も乱れないのだ。
小野君の投球。
ボールは僕の正面に飛んでくる。
バシッ!
痛い。グローブの手の平部分で捕ると痛い。
網目の部分で捕球しなくてはいけない。
僕はカーブを投げる。
曲がらない。
ボールは小野君を越えて、後ろのフェンスにぶつかった。
小野君の投球。
低い。
ドッ!
また地面に当たった。
ボールは、踏みつけようとした僕の足元をすり抜け、草を薙ぎ払いながら、後ろのフェンスまで10m以上も転がっていった。
硬球の勢いは止まらない。
僕の投球。
またカーブだ。
また小野君を越えてフェンスに当たった。
拾いに行くのも疲れる。
小野君の投球。
また低い。
僕の足元でバウンドする捕りにくい球だ。足を出して足裏で止めた。
(このやろう!)
僕ばかりカーブを投げて、小野君はストレートばかりだ。
(捕る方も大変なんだぞ)
僕もお返しにストレートを投げた。
小野君のウエスト下辺の取りにくい高さだ。
「おっかねっ!」
小野君は僕の「攻撃」をかわした。
ボールはフェンスに当たる。
真夏の太陽が照り付ける。
投球と球拾いで体力を消耗していく。
それでもまだ、お互いの攻撃は続いた。
小野君もカーブを織り交ぜ始めた。
きっと、ストレートばかりではスタミナが辛くなってきたのだろう。
しかし、小野君のカーブもやはり曲がらない。
元々、小野君は縦に落ちるカーブが好きだったのだから、曲がらなくて当然だ。
「まだまだ〜」
僕も負けじとカーブを投げる。
高すぎて小野君を越えたり、低すぎて足元を抜けたり、的を絞らせない投球だ。
50球ずつも投げてなかったと思うが、真夏の日差しのせいなのか、硬球の重さのせいなのか、コントーロールが無さすぎたからなのかは分からないが、互いに疲れ果て、勝負は終わった。
「硬球は怖いよね」
「足元の草に隠れて、転がってくるのが分からないんだよ」
「手が痛くなった」
「握力なくなった〜」
こうして、中3の時代から続く投球勝負は、またも痛み分けに終わったのだった。
(どうしたら勝ちなんだ?)
ニックネーム SNJ at 03:58| Comment(0)
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2006年01月24日
Sporting Chance15 幅跳び&高かったイス
僕はジャンプ力がなかった。
小学6年生で垂直跳びが27cmしか跳べないのだから、ジャンプ系の運動は苦手だった。
走り幅跳びというのがある。
砂場に向かって走っていってジャンプし、跳ぶ距離を競う種目だ。
友人の三上君は身長154cmながら、中学生の時には7m以上跳んでいた。
市内でも有数の幅跳び記録だった。
僕はどうだったかな…。
小6の時は3m跳べなかった気がする。
きっと2m30cmとかだろう。
小学生の頃には、走っていって両足で踏み切って跳んでしまう子もいたが、そんな子の記録とたいして変わらないんじゃないだろうか。
中学になると、だいたい男子は筋力がアップして、記録も伸びる。
もちろん僕もアップした。
2m90cm!
60cmもアップだ!?
たしか、自分でも愕然とした記憶があるので、そんなもんだろう。
膝のケガもあったし、3mは超えなかったろう。
自分の最高記録が、高校時の3m後半くらいだと思うので、まぁ何メートルでもいいのだが…。
男子高校生なら4〜5mは跳べるだろうし、僕なんかは三上君の半分しか跳べていない。
ふと、跳べない事で思い出したエピソードがある。
小6の運動会で、応援席を作るために、教室のイスを外に運び出した時の事だ。
僕がジャンプ力ないのを知ってた女子たちが、僕に難題を出してきた。
「イスの上に立って、背もたれを飛び越えて地面に着地できる?」
というものだった。
背もたれの高さなんて、30cmそこそこだろう。あっても40cm弱だ。
僕はイスの上に立った。
(高い!)
背もたれが高く思えた。
考えてもみれば、僕の垂直跳びは27cmだ。
30cmを超えた高さなど、飛び越えられるはずもなかった。
4、5人の女子に囲まれ、イスの上に立ち尽くす僕…。まるで見世物だ。
「頑張れ、頑張れ」
女子たちが盛り立ててくれる。
(よし、跳ぶぞ!)
女子たちが見守る。
背もたれは高い…。
「ゴメン、無理だ…」
僕は跳べなかった…。
女子の誰かが、お手本を見せてくれた。
「こうやって跳ぶのよ」
軽く背もたれを飛び越えた。
他の女子もやってみたが、みんな飛び越えた。
「ほら、みんなできるよ」
僕は、促されてまたイスの上に立った。
やはり高い。
イスの上に立たされたまま、時間だけが過ぎてゆく…。
「無理だったら、もういいよ」
「そうだよ、危ないからさ」
女子たちが、心配になったのだろうか、憐れみの目で見ているような気がした。
「うん…」
(何でこんな目に遭ってるんだろう…)
きっと、女子たちは軽い気持ちでそんな遊びを始めたんだろう。
でも、ジャンプ力がない僕には高すぎる壁だった。
(ダメだ…跳ばないと終わらない…)
僕は意を決した。
ピョンッ!
思いっきり足を曲げて跳んでみると、僕の足は背もたれを超えて、地面に着地した。
(やった!跳べた!)
周りを見ると、飽きたのだろうか、それとも終わりと思ったのか、女子たちはもう僕を見てなかった。
いや、見ててくれて、「よくやったね」と、褒めてくれたのだろうか?
よく思い出せないが、実のところは最後まで跳べなかったのなら、後に修正された都合のいい記憶違いである…。
小学6年生で垂直跳びが27cmしか跳べないのだから、ジャンプ系の運動は苦手だった。
走り幅跳びというのがある。
砂場に向かって走っていってジャンプし、跳ぶ距離を競う種目だ。
友人の三上君は身長154cmながら、中学生の時には7m以上跳んでいた。
市内でも有数の幅跳び記録だった。
僕はどうだったかな…。
小6の時は3m跳べなかった気がする。
きっと2m30cmとかだろう。
小学生の頃には、走っていって両足で踏み切って跳んでしまう子もいたが、そんな子の記録とたいして変わらないんじゃないだろうか。
中学になると、だいたい男子は筋力がアップして、記録も伸びる。
もちろん僕もアップした。
2m90cm!
60cmもアップだ!?
たしか、自分でも愕然とした記憶があるので、そんなもんだろう。
膝のケガもあったし、3mは超えなかったろう。
自分の最高記録が、高校時の3m後半くらいだと思うので、まぁ何メートルでもいいのだが…。
男子高校生なら4〜5mは跳べるだろうし、僕なんかは三上君の半分しか跳べていない。
ふと、跳べない事で思い出したエピソードがある。
小6の運動会で、応援席を作るために、教室のイスを外に運び出した時の事だ。
僕がジャンプ力ないのを知ってた女子たちが、僕に難題を出してきた。
「イスの上に立って、背もたれを飛び越えて地面に着地できる?」
というものだった。
背もたれの高さなんて、30cmそこそこだろう。あっても40cm弱だ。
僕はイスの上に立った。
(高い!)
背もたれが高く思えた。
考えてもみれば、僕の垂直跳びは27cmだ。
30cmを超えた高さなど、飛び越えられるはずもなかった。
4、5人の女子に囲まれ、イスの上に立ち尽くす僕…。まるで見世物だ。
「頑張れ、頑張れ」
女子たちが盛り立ててくれる。
(よし、跳ぶぞ!)
女子たちが見守る。
背もたれは高い…。
「ゴメン、無理だ…」
僕は跳べなかった…。
女子の誰かが、お手本を見せてくれた。
「こうやって跳ぶのよ」
軽く背もたれを飛び越えた。
他の女子もやってみたが、みんな飛び越えた。
「ほら、みんなできるよ」
僕は、促されてまたイスの上に立った。
やはり高い。
イスの上に立たされたまま、時間だけが過ぎてゆく…。
「無理だったら、もういいよ」
「そうだよ、危ないからさ」
女子たちが、心配になったのだろうか、憐れみの目で見ているような気がした。
「うん…」
(何でこんな目に遭ってるんだろう…)
きっと、女子たちは軽い気持ちでそんな遊びを始めたんだろう。
でも、ジャンプ力がない僕には高すぎる壁だった。
(ダメだ…跳ばないと終わらない…)
僕は意を決した。
ピョンッ!
思いっきり足を曲げて跳んでみると、僕の足は背もたれを超えて、地面に着地した。
(やった!跳べた!)
周りを見ると、飽きたのだろうか、それとも終わりと思ったのか、女子たちはもう僕を見てなかった。
いや、見ててくれて、「よくやったね」と、褒めてくれたのだろうか?
よく思い出せないが、実のところは最後まで跳べなかったのなら、後に修正された都合のいい記憶違いである…。
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2006年01月20日
Sporting Chance14 HEY!柔道 その五
柔道の授業で初勝利を逃した僕は、もっと柔道を勉強することにした。
もしかすると、あと少しで勝てるかもしれなかったからだ。
(技さえ知ってれば、もうちょっと攻める事ができるはずだ)
友人の若野君と、休み時間や昼休みなどに、廊下やロッカールーム、また柔道場にも忍び込み、柔道の技の練習をした。
ヤンキーのH君とも柔道場で練習した。
以前、H君に投げられて頭から落ちたのだが、この時は捨て身の大外刈りで勝てた。
少しずつ、自分の柔道が強くなっていく気がした。
ロッカールームの中で技の練習をしている時なんか、先生が入ってきたのですぐにやめたが、若野君と二人でお互いの胸ぐらを掴んでいたので、ケンカしてると思われたかもしれない。
その後、妙に先生が僕らの後をついてきたからな…。
そうこうして、やっと必殺技の「袖釣り込み腰」を覚えた。
通常、背負い投げや払い腰、内股などは引き手の方向に投げるが、袖釣り込み腰は逆側に投げる。
だから、相手の意表を突く事ができる。
(この袖釣り込み腰で勝とう!)
僕は柔道の授業が待ち遠しくなっていた。
そして、休み時間だか放課後に行われるクラス対抗戦が始まった。
僕の相手は、元野球部の山下君だった。
山下君は僕より小柄で、体重も8kgくらい軽そうだったが、元は野球部だし、力も強く素早い。
試合が始まったが、山下君が速くて、僕はなかなか袖釣り込み腰が出せなかった。
仕方なしに、体落としを出してみたが、山下君は僕の足をジャンプで飛び越えてかわしてくる。
3、4回は体落としを出したが、全部かわされた。きっと、僕の足の出し方が浅かったのだろう。
山下君も何か技を出してきて、僕は体勢を崩されて「効果」を取られた気がする。
そのままでは、有効以上を取らないと僕の負けだ。
しかし、体落としは通用しないし、背負い投げに行くにも、山下君の下に潜り込むのは難しかった。
もちろん、袖釣り込み腰も出せる間合いではなかった。
僕が踏み込めば、山下君は逃げる。
時間が過ぎてゆく。スタミナも切れてゆく。握力もなくなってゆく。
残り十秒、もう最後の手段、巴投げを仕掛けた。
しかし、僕の引きが甘く、山下君を蹴り上げる事はできなかった。
時間がきた。
僕は勝てなかった。
山下君もかなり疲労したらしく、寝転がったまま立てない。
(そんなに疲れてたんだ…)
そう思いながら、僕は立っていた…。
つまり、僕はまだ動けたという事だ。
山下君は、立てなくなるほど動いたのに、僕は疲れてはいたものの、余力を残している。
勝てなかったのは、その差だろう。
かたや3年間野球部、かたや僕はスポーツ嫌いだ。すこし柔道の練習をしたくらいで、勝てると思うのが甘い。
(もしかしたら、足元を引っ掛けて投げる「体落とし」の代わりに、足を腰の高さまで上げる「払い腰」を出していれば、ジャンプで足を飛び越えられる事もなかったかもしれない…)
そんな反省も出るくらい、どうやら僕は柔道が好きになっていたようだった。
大嫌いだった柔道なのに、技の原理や特性を知っていく内に、柔道の虜になっていたのだ。
きっと、休み時間に練習している時点で、柔道が好きだったのだろう。
今でも、柔道は好きなスポーツだ。そこから相撲も好きになった。投げ技全般が好きになった。
僕は今、フットサルを趣味でやっているが、試合中転んでも、痛くない。
周りから見ると、派手に転がって転んでいるらしいが、僕は痛くない。
きっと、受け身を取っているのだろう。回転して、力を逃がしている。
それはあの、一度も勝てなかった柔道の授業で培った賜物かもしれない。
もしかすると、あと少しで勝てるかもしれなかったからだ。
(技さえ知ってれば、もうちょっと攻める事ができるはずだ)
友人の若野君と、休み時間や昼休みなどに、廊下やロッカールーム、また柔道場にも忍び込み、柔道の技の練習をした。
ヤンキーのH君とも柔道場で練習した。
以前、H君に投げられて頭から落ちたのだが、この時は捨て身の大外刈りで勝てた。
少しずつ、自分の柔道が強くなっていく気がした。
ロッカールームの中で技の練習をしている時なんか、先生が入ってきたのですぐにやめたが、若野君と二人でお互いの胸ぐらを掴んでいたので、ケンカしてると思われたかもしれない。
その後、妙に先生が僕らの後をついてきたからな…。
そうこうして、やっと必殺技の「袖釣り込み腰」を覚えた。
通常、背負い投げや払い腰、内股などは引き手の方向に投げるが、袖釣り込み腰は逆側に投げる。
だから、相手の意表を突く事ができる。
(この袖釣り込み腰で勝とう!)
僕は柔道の授業が待ち遠しくなっていた。
そして、休み時間だか放課後に行われるクラス対抗戦が始まった。
僕の相手は、元野球部の山下君だった。
山下君は僕より小柄で、体重も8kgくらい軽そうだったが、元は野球部だし、力も強く素早い。
試合が始まったが、山下君が速くて、僕はなかなか袖釣り込み腰が出せなかった。
仕方なしに、体落としを出してみたが、山下君は僕の足をジャンプで飛び越えてかわしてくる。
3、4回は体落としを出したが、全部かわされた。きっと、僕の足の出し方が浅かったのだろう。
山下君も何か技を出してきて、僕は体勢を崩されて「効果」を取られた気がする。
そのままでは、有効以上を取らないと僕の負けだ。
しかし、体落としは通用しないし、背負い投げに行くにも、山下君の下に潜り込むのは難しかった。
もちろん、袖釣り込み腰も出せる間合いではなかった。
僕が踏み込めば、山下君は逃げる。
時間が過ぎてゆく。スタミナも切れてゆく。握力もなくなってゆく。
残り十秒、もう最後の手段、巴投げを仕掛けた。
しかし、僕の引きが甘く、山下君を蹴り上げる事はできなかった。
時間がきた。
僕は勝てなかった。
山下君もかなり疲労したらしく、寝転がったまま立てない。
(そんなに疲れてたんだ…)
そう思いながら、僕は立っていた…。
つまり、僕はまだ動けたという事だ。
山下君は、立てなくなるほど動いたのに、僕は疲れてはいたものの、余力を残している。
勝てなかったのは、その差だろう。
かたや3年間野球部、かたや僕はスポーツ嫌いだ。すこし柔道の練習をしたくらいで、勝てると思うのが甘い。
(もしかしたら、足元を引っ掛けて投げる「体落とし」の代わりに、足を腰の高さまで上げる「払い腰」を出していれば、ジャンプで足を飛び越えられる事もなかったかもしれない…)
そんな反省も出るくらい、どうやら僕は柔道が好きになっていたようだった。
大嫌いだった柔道なのに、技の原理や特性を知っていく内に、柔道の虜になっていたのだ。
きっと、休み時間に練習している時点で、柔道が好きだったのだろう。
今でも、柔道は好きなスポーツだ。そこから相撲も好きになった。投げ技全般が好きになった。
僕は今、フットサルを趣味でやっているが、試合中転んでも、痛くない。
周りから見ると、派手に転がって転んでいるらしいが、僕は痛くない。
きっと、受け身を取っているのだろう。回転して、力を逃がしている。
それはあの、一度も勝てなかった柔道の授業で培った賜物かもしれない。
ニックネーム SNJ at 03:18| Comment(0)
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2006年01月06日
Sporting Chance13 HEY!柔道 その四
その日、僕は頭が痛かった。
…というか、毎日痛かった。
学校を休んだりもしたが、頭痛は治らなかったので、偏頭痛だと思って毎日我慢する事にした。
そんな毎日の頭痛が高校2年の終わり頃から、もう4ヶ月も続いていた。
そして、柔道の授業での試合が始まった。
相手はヤンキーのH君。
僕はあっさり投げられた。
体落しで投げられたので、頭から落ちた。足を引っ掛けられたと思った次の瞬間には、頭から床に落ちてたので、受け身も取れなかった。
そのダメージなのか、日々の頭痛なのか分からないが、すごく頭が痛くなった。
周りの友達からも、「モロに頭から落ちて大丈夫なのか?」と心配された。
「大丈夫」
僕はやっぱり我慢した。
一生頭痛かと思ってたが、夏休みも終わる頃には、痛みも治まった。何故か半年間も毎日頭痛だった。
頭痛が消えたからといって、マンガの様に、急に僕がパワーアップする事はなかった。
一応、僕なりに柔道の技を本で見て、実戦で試そうとしたのだが、スポーツはそう上手くいくもんではない。
巴投げの様に、自分から後方に倒れ込んで相手の体勢を崩す技を出したが、自分が寝ただけで相手の体勢は崩れない。
そのまま抑え込まれた。
また負けた。
もっと本を読み込んで研究した。
次の対戦相手は、高校1年の剣道の授業の時に僕が勝った白石君だった。
(剣道の時の様に僕が覚醒できれば…)
試合開始と共に、押したり引いたりの牽制し合い。
その内、白石君が僕の足首辺りに足を掛けた。
僕はバランスを崩す。
…と同時に、僕は自ら仰向けに倒れ込み、白石君のお腹を蹴り上げた。
白石君が僕の上を通過し、そのまま回転して仰向けに落ちた。
つまり、巴投げだ。
周りのみんなが、「おおっ!!」と驚く。
「効果!!」
審判である先生が叫んだ。
(効果?会心の巴投げが決まったのに、効果かよ?背中から落ちなかったのかな?)
僕は内心、戸惑った。
その後は、どちらも技を決められないまま、試合は時間が来て終わった。
先生が勝者の側の手を挙げる。
その手の方向は…白石君だった。
(え?僕が巴投げを出したのに…負け?)
どうやら後で考えると、僕が巴投げを出そうと背中から倒れ込んだ動きが、その前に白石君が出した足技による崩れと取られたようだった。
つまり巴投げは無効。
こうして、僕の初勝利は露と消えた…。
最弱の座は、すぐそこまで来ている。
〜続く〜
…というか、毎日痛かった。
学校を休んだりもしたが、頭痛は治らなかったので、偏頭痛だと思って毎日我慢する事にした。
そんな毎日の頭痛が高校2年の終わり頃から、もう4ヶ月も続いていた。
そして、柔道の授業での試合が始まった。
相手はヤンキーのH君。
僕はあっさり投げられた。
体落しで投げられたので、頭から落ちた。足を引っ掛けられたと思った次の瞬間には、頭から床に落ちてたので、受け身も取れなかった。
そのダメージなのか、日々の頭痛なのか分からないが、すごく頭が痛くなった。
周りの友達からも、「モロに頭から落ちて大丈夫なのか?」と心配された。
「大丈夫」
僕はやっぱり我慢した。
一生頭痛かと思ってたが、夏休みも終わる頃には、痛みも治まった。何故か半年間も毎日頭痛だった。
頭痛が消えたからといって、マンガの様に、急に僕がパワーアップする事はなかった。
一応、僕なりに柔道の技を本で見て、実戦で試そうとしたのだが、スポーツはそう上手くいくもんではない。
巴投げの様に、自分から後方に倒れ込んで相手の体勢を崩す技を出したが、自分が寝ただけで相手の体勢は崩れない。
そのまま抑え込まれた。
また負けた。
もっと本を読み込んで研究した。
次の対戦相手は、高校1年の剣道の授業の時に僕が勝った白石君だった。
(剣道の時の様に僕が覚醒できれば…)
試合開始と共に、押したり引いたりの牽制し合い。
その内、白石君が僕の足首辺りに足を掛けた。
僕はバランスを崩す。
…と同時に、僕は自ら仰向けに倒れ込み、白石君のお腹を蹴り上げた。
白石君が僕の上を通過し、そのまま回転して仰向けに落ちた。
つまり、巴投げだ。
周りのみんなが、「おおっ!!」と驚く。
「効果!!」
審判である先生が叫んだ。
(効果?会心の巴投げが決まったのに、効果かよ?背中から落ちなかったのかな?)
僕は内心、戸惑った。
その後は、どちらも技を決められないまま、試合は時間が来て終わった。
先生が勝者の側の手を挙げる。
その手の方向は…白石君だった。
(え?僕が巴投げを出したのに…負け?)
どうやら後で考えると、僕が巴投げを出そうと背中から倒れ込んだ動きが、その前に白石君が出した足技による崩れと取られたようだった。
つまり巴投げは無効。
こうして、僕の初勝利は露と消えた…。
最弱の座は、すぐそこまで来ている。
〜続く〜
ニックネーム SNJ at 00:46| Comment(0)
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2006年01月05日
Sporting Chance12 HEY!柔道 その三
投げ技や寝技の練習をした後、いよいよ組み合いの練習になった。
まずは1対1で背中合わせで座った状態から、立たずに相手を組み敷く練習だ。
勝ち抜き戦で、勝った者から抜けていく。
僕は、どうやって組み敷くのか分からないし、変に対抗してケガしてもイヤだったので、相手のなすがままに組み敷かれ、連敗を続けていく。
全く以って、柔道は何が面白いのか分からない。
いよいよ、隣のクラスの冴えない子と僕の二人が残った。
最弱決定戦だ。
背中合わせから、開始の合図と共に相手に向き直り、襟や袖などを?んでいくのだが、冴えない二人だ。
立ってはいけないし、座ったままではなかなか勝負は付かない。
僕は負けても良かったのだが、相手も弱い。そうそう勝ってはくれない。
相手が僕に乗ってきた。
ちょっと体を捻ってみたら、勢い余った相手が僕の体の下に入った。
でも、組み伏せ方が分からなかったので、抜けられた。
その時、相手は鼻を畳で擦ったようで、鼻を押さえながら、なんか顔が怒っていた。
きっと下になった時に、僕の体重がかかったのだろう。
僕が攻めなかったので、先生から「何で攻めないんだ?」と言われた。
相手の柔道着が乱れていたので、「服を直すまでは攻めれない」と言うと、服が乱れても、特に中断はしないんだと言われた。
何故か周りから、「優しいな、アイツ」と言われた。攻めなかったからか?
怒った顔の相手が向かってきた。服は乱れている。
もうメンドクサイので、力押しで押し返して上に乗ったら、勝てた。
なんか、技とか以前に、力で勝った。相手は疲れていたのだろう。服も乱れているし。
最弱決定戦は終わった。
周りからは、僕があっさり勝ったので、今まで手を抜いてたんじゃないかと言われた。
次は、立った状態からの組み合いだ。
押されたら引き、引かれたら押す。
頭では分かってても、原理がよく解らない。
よく解らないまま、一年間が過ぎた。
そうして、高校3年生になると、ついに試合形式の授業が始まった。
最弱の座は誰に?…。
〜続く〜
まずは1対1で背中合わせで座った状態から、立たずに相手を組み敷く練習だ。
勝ち抜き戦で、勝った者から抜けていく。
僕は、どうやって組み敷くのか分からないし、変に対抗してケガしてもイヤだったので、相手のなすがままに組み敷かれ、連敗を続けていく。
全く以って、柔道は何が面白いのか分からない。
いよいよ、隣のクラスの冴えない子と僕の二人が残った。
最弱決定戦だ。
背中合わせから、開始の合図と共に相手に向き直り、襟や袖などを?んでいくのだが、冴えない二人だ。
立ってはいけないし、座ったままではなかなか勝負は付かない。
僕は負けても良かったのだが、相手も弱い。そうそう勝ってはくれない。
相手が僕に乗ってきた。
ちょっと体を捻ってみたら、勢い余った相手が僕の体の下に入った。
でも、組み伏せ方が分からなかったので、抜けられた。
その時、相手は鼻を畳で擦ったようで、鼻を押さえながら、なんか顔が怒っていた。
きっと下になった時に、僕の体重がかかったのだろう。
僕が攻めなかったので、先生から「何で攻めないんだ?」と言われた。
相手の柔道着が乱れていたので、「服を直すまでは攻めれない」と言うと、服が乱れても、特に中断はしないんだと言われた。
何故か周りから、「優しいな、アイツ」と言われた。攻めなかったからか?
怒った顔の相手が向かってきた。服は乱れている。
もうメンドクサイので、力押しで押し返して上に乗ったら、勝てた。
なんか、技とか以前に、力で勝った。相手は疲れていたのだろう。服も乱れているし。
最弱決定戦は終わった。
周りからは、僕があっさり勝ったので、今まで手を抜いてたんじゃないかと言われた。
次は、立った状態からの組み合いだ。
押されたら引き、引かれたら押す。
頭では分かってても、原理がよく解らない。
よく解らないまま、一年間が過ぎた。
そうして、高校3年生になると、ついに試合形式の授業が始まった。
最弱の座は誰に?…。
〜続く〜
ニックネーム SNJ at 02:34| Comment(0)
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2006年01月03日
Sporting Chance11 HEY!柔道 その二
投げ技は、「大腰」の他に、「背負い投げ」と「体落し」を習った。
大腰と背負い投げは、投げられる方は相手の上に乗る様に投げられるのでまだいいのだが、体落しは、前に崩され、足を止められて、何もない空間に向かって投げられていくのでかなり怖い。
次は寝技の練習だ。
「袈裟固め」や「上四方固め」などいろいろあるが、「横四方固め」は危険だ。
何が危険かと言うと、寝た状態の相手の脇から、相手と90度の角度になる様に抑え込むのだが、片手が相手の首の下、もう一方の手が相手の足の付け根や内腿を抑え込むため、相手が動くと股間に当たってしまいかねないのだ。
これは危険な抑え込みである。
といって、片手を使わないで挙げている訳にはいかない。
先生「横四方固めは、わざと股間に打撃を与え、相手がビックリしたその隙にガッチリ抑え込んでしまう手もあるぞ」
無い無い。
また、それ以上に危険なのが、寝た状態の相手に上から覆い被さる「縦四方固め」だ。
同方向に覆い被さるため、顔の前に相手の顔が来る。
男子高校生同士で至近距離である。危険、というか汚らしい。
上に乗った方は、顎で相手の顔をグリグリすると相手が嫌な気分になり、精神的ダメージを与えられる。
危険な技だ。
逃げようとヘタに暴れれば、KISSしてしまう事もあり得る。
無い無い。
他にも、腕ひしぎ逆十字や、締め技を習う。
しかし、これらは危険なので、授業ではやらないらしい。
先生が見本として、一人の生徒に締め技を掛けた。
先生「柔道着の袖をうまく使うと締まるぞ」
20秒ほどすると、締められた生徒が落ちた。
先生「これ以上締めると死ぬからな。気を付けろ」
落ちた生徒が、目を覚ます。
彼はキョトンとして、何も覚えていなかった。
怖い、怖すぎるぜ、柔道。
僕はますます柔道が嫌いになっていった。
〜続く〜
大腰と背負い投げは、投げられる方は相手の上に乗る様に投げられるのでまだいいのだが、体落しは、前に崩され、足を止められて、何もない空間に向かって投げられていくのでかなり怖い。
次は寝技の練習だ。
「袈裟固め」や「上四方固め」などいろいろあるが、「横四方固め」は危険だ。
何が危険かと言うと、寝た状態の相手の脇から、相手と90度の角度になる様に抑え込むのだが、片手が相手の首の下、もう一方の手が相手の足の付け根や内腿を抑え込むため、相手が動くと股間に当たってしまいかねないのだ。
これは危険な抑え込みである。
といって、片手を使わないで挙げている訳にはいかない。
先生「横四方固めは、わざと股間に打撃を与え、相手がビックリしたその隙にガッチリ抑え込んでしまう手もあるぞ」
無い無い。
また、それ以上に危険なのが、寝た状態の相手に上から覆い被さる「縦四方固め」だ。
同方向に覆い被さるため、顔の前に相手の顔が来る。
男子高校生同士で至近距離である。危険、というか汚らしい。
上に乗った方は、顎で相手の顔をグリグリすると相手が嫌な気分になり、精神的ダメージを与えられる。
危険な技だ。
逃げようとヘタに暴れれば、KISSしてしまう事もあり得る。
無い無い。
他にも、腕ひしぎ逆十字や、締め技を習う。
しかし、これらは危険なので、授業ではやらないらしい。
先生が見本として、一人の生徒に締め技を掛けた。
先生「柔道着の袖をうまく使うと締まるぞ」
20秒ほどすると、締められた生徒が落ちた。
先生「これ以上締めると死ぬからな。気を付けろ」
落ちた生徒が、目を覚ます。
彼はキョトンとして、何も覚えていなかった。
怖い、怖すぎるぜ、柔道。
僕はますます柔道が嫌いになっていった。
〜続く〜
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2005年12月30日
Sporting Chance10 HEY!柔道 その一
高校2年と3年の時は、体育の必修科目に柔道があった。
せっかく楽しくなった剣道が終わり、その時間が柔道に変わったのだった。
柔道…。
剣道の時もそうだったが、なんで変な服を着て、組み合い投げ合いしないといけないのか?
こんな考えだったから、柔道が楽しく出来るはずもない。しかも、剣道への未練もあったのだから。
体育館の下に柔道場があった。
そこは畳張り。
もちろん柔らかい畳なのだが、今まで倒れこんだりしてきたのは、マットや布団の上だ。
(痛そうだな〜)
その時思ったのは、剣道は防具があったから、叩かれても大して痛くなかったが、柔道は自身の体重がそのままダメージとなるという事。
(危険なスポーツだ)
僕は柔道の授業が大嫌いだった。
柔道の授業は、まず仰向けに寝転がって、畳を両手の平で叩く事から始まる。
基本は、あごを引いた状態で、畳を両手で押す様に叩く。
この練習が、投げられたり倒されたりした時に受け身を取るのに役立つ。
あごを引かないと後頭部にダメージを受けるし、手で畳を叩かないと全体重を背中や腰で止める事になる。
痛みを和らげる為の練習だ。
でも、叩いてる手がすでに痛い…。
寝転がって天井を見ながら、こんなスポーツは嫌だ嫌だと思っていた。
さらに、受け身の練習は続く。
立った状態から前に倒れこみ、両手でクッションを効かす前受け身。
座った状態から後ろに倒れこみ、両手で畳を叩く後ろ受け身。
ちなみに立った状態から後ろ受け身を取るのはかなり怖い。
他に、横受け身もある。
お次は、立った状態から床に片手を付き、半身になるよう、腕から肩を自分の足下に入れていくよう、回転しながら受け身を取る。
腕→肩→背中→腰→足と床に接地していくと、力が円運動に逃げて痛くないという事だ。
これが前回り受け身だ。
柔道場の端から端まで、回転しながら移動していく。
何度も何度も回転しながら移動していく。
マット運動の時もそうだったが、僕はこういう回転運動が苦手だ。
三半規管が弱いのか、すぐ気分が悪くなってしまうのだ。
しかし、これらの練習をしないと、とても危なくて対戦は出来ない。
地味でも重要な練習だ。
まぁとにかくその時は、こんな練習やっても、柔道を好きになれるはずもないと思っていた。
バンバンバンバン!
バンバンバンバン!
地鳴りを上げて、みんなで寝転び、畳を叩く。
授業のラストも一通り畳を叩いてから終わる。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!
先生が終わりと言うまで畳を叩き続ける。
みんなで並んで仰向けに寝て畳を叩き続ける様は、まるで何かの儀式の様だ。
ウミガメの子が卵から孵り、海へと向かう。
たまに波に引っ繰り返され、仰向けになったままもがいている子ガメもいる。
それだ!
並んで仰向けで両手で畳を叩く様は、そんな子ガメの集団なのだ。
…そんな受け身の練習をしばらく続けた後、いよいよ投げの練習が始まった。
一番簡単な大腰という技を初めに習った。
単に、自分の腰に相手を乗せる様に投げる技だ。
自分の腰を支点に相手が回るのだが、投げられた方はここで受け身を取ると痛くない。
少しは痛いが、手の平で床を叩き、衝撃を和らげる事が出来るのだ。
まぁ、そんな状態なら「一本」なのだけど。
一本取られないようにすると、変な風に床に落ちたりするから痛い。
それは後々、分かってくる事だった…。
〜続く〜
せっかく楽しくなった剣道が終わり、その時間が柔道に変わったのだった。
柔道…。
剣道の時もそうだったが、なんで変な服を着て、組み合い投げ合いしないといけないのか?
こんな考えだったから、柔道が楽しく出来るはずもない。しかも、剣道への未練もあったのだから。
体育館の下に柔道場があった。
そこは畳張り。
もちろん柔らかい畳なのだが、今まで倒れこんだりしてきたのは、マットや布団の上だ。
(痛そうだな〜)
その時思ったのは、剣道は防具があったから、叩かれても大して痛くなかったが、柔道は自身の体重がそのままダメージとなるという事。
(危険なスポーツだ)
僕は柔道の授業が大嫌いだった。
柔道の授業は、まず仰向けに寝転がって、畳を両手の平で叩く事から始まる。
基本は、あごを引いた状態で、畳を両手で押す様に叩く。
この練習が、投げられたり倒されたりした時に受け身を取るのに役立つ。
あごを引かないと後頭部にダメージを受けるし、手で畳を叩かないと全体重を背中や腰で止める事になる。
痛みを和らげる為の練習だ。
でも、叩いてる手がすでに痛い…。
寝転がって天井を見ながら、こんなスポーツは嫌だ嫌だと思っていた。
さらに、受け身の練習は続く。
立った状態から前に倒れこみ、両手でクッションを効かす前受け身。
座った状態から後ろに倒れこみ、両手で畳を叩く後ろ受け身。
ちなみに立った状態から後ろ受け身を取るのはかなり怖い。
他に、横受け身もある。
お次は、立った状態から床に片手を付き、半身になるよう、腕から肩を自分の足下に入れていくよう、回転しながら受け身を取る。
腕→肩→背中→腰→足と床に接地していくと、力が円運動に逃げて痛くないという事だ。
これが前回り受け身だ。
柔道場の端から端まで、回転しながら移動していく。
何度も何度も回転しながら移動していく。
マット運動の時もそうだったが、僕はこういう回転運動が苦手だ。
三半規管が弱いのか、すぐ気分が悪くなってしまうのだ。
しかし、これらの練習をしないと、とても危なくて対戦は出来ない。
地味でも重要な練習だ。
まぁとにかくその時は、こんな練習やっても、柔道を好きになれるはずもないと思っていた。
バンバンバンバン!
バンバンバンバン!
地鳴りを上げて、みんなで寝転び、畳を叩く。
授業のラストも一通り畳を叩いてから終わる。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!
先生が終わりと言うまで畳を叩き続ける。
みんなで並んで仰向けに寝て畳を叩き続ける様は、まるで何かの儀式の様だ。
ウミガメの子が卵から孵り、海へと向かう。
たまに波に引っ繰り返され、仰向けになったままもがいている子ガメもいる。
それだ!
並んで仰向けで両手で畳を叩く様は、そんな子ガメの集団なのだ。
…そんな受け身の練習をしばらく続けた後、いよいよ投げの練習が始まった。
一番簡単な大腰という技を初めに習った。
単に、自分の腰に相手を乗せる様に投げる技だ。
自分の腰を支点に相手が回るのだが、投げられた方はここで受け身を取ると痛くない。
少しは痛いが、手の平で床を叩き、衝撃を和らげる事が出来るのだ。
まぁ、そんな状態なら「一本」なのだけど。
一本取られないようにすると、変な風に床に落ちたりするから痛い。
それは後々、分かってくる事だった…。
〜続く〜
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2005年11月23日
Sporting Chance9 ヒザの壊滅・高跳び
僕はジャンプ力がない。
小学校6年生の時の記録を覚えている。
27cm。
30cm定規にも満たない記録だ。
同じクラスの太った女の子が22cmだった。それと大して変わらない。
他の女子で、53cmという子もいたが、僕の2倍の記録である。
さて、そんなジャンプ力のない僕が、中学2年の体育の授業で走り高跳びをする事になった。
走っていって、左足で踏み切った。
コキッ。
ジャンプした瞬間、左ヒザから音がした。
骨折したかと思ったが着地は痛くなかったので立ち上がろうとしたら、左ヒザに力が入らなくなっていた。
立ち上がれないまま、友人の肩を借りて保健室に行くと、保健の先生に「これはオスグートだね。成長期に運動してるとなったりするのよ」と言われた。
オスグートとは、ジャンプ時などに、膝の軟骨が膝上の筋肉が収縮する事によって引っ張られて、はがれてズレてしまう症状だ。
外見的には、膝頭が出っ張って見える。
その後は左ヒザの激痛に悩まされた。
体重を掛けると痛いし、もしもヒザをどこかにぶつけようものなら、激痛で動けなくなる。
そんな状態だったので、しばらく卓球部を休む事にした。
しかし、僕は卓球部の部長だったので、長く休む訳にもいかない。
まだヒザが痛かったが、部活に復帰した。
しかし、ランニング中も激痛が走るので、やはりもう前みたいには動けなかった。
部活は、休んだり、休まなかったりで、終わった。
部活を引退すると、フットワークなどでヒザを使う事もなくなり、段々と痛みは治まっていった。
ただ、思いっきり走ると痛かった。
ズレた軟骨は、元には戻らないそうで、もしも状態がひどい場合は、手術でヒザの骨を削らなくてはならないし、水も溜まるので、注射器を刺して水を抜かなければならない。
そんなわけで僕はもう運動をする気もなく、高校では絶対に運動部に入ろうとはしなかった。
高校でもまた高跳びの授業があった。
その頃には右足踏み切りに替わっていた。右足は足首に捻挫癖がついていたが、左はもう跳べなかったので、右足に替えたのだ
27cmしか跳べなかった左ヒザを捨て、右足を頼りにしたのだが、それが奏功して、高校3年の時は垂直跳びが63cmまでUPしていた。
どうにか平均値を跳べるくらいの力がついて、僕は安心した。
その後、ジャンプ力を上げようとしたが、68cmを頂点に下がり続けている。
今では左ヒザも軟骨が固まって痛くなくなり、フットサルをやっても大丈夫になった。
小学校6年生の時の記録を覚えている。
27cm。
30cm定規にも満たない記録だ。
同じクラスの太った女の子が22cmだった。それと大して変わらない。
他の女子で、53cmという子もいたが、僕の2倍の記録である。
さて、そんなジャンプ力のない僕が、中学2年の体育の授業で走り高跳びをする事になった。
走っていって、左足で踏み切った。
コキッ。
ジャンプした瞬間、左ヒザから音がした。
骨折したかと思ったが着地は痛くなかったので立ち上がろうとしたら、左ヒザに力が入らなくなっていた。
立ち上がれないまま、友人の肩を借りて保健室に行くと、保健の先生に「これはオスグートだね。成長期に運動してるとなったりするのよ」と言われた。
オスグートとは、ジャンプ時などに、膝の軟骨が膝上の筋肉が収縮する事によって引っ張られて、はがれてズレてしまう症状だ。
外見的には、膝頭が出っ張って見える。
その後は左ヒザの激痛に悩まされた。
体重を掛けると痛いし、もしもヒザをどこかにぶつけようものなら、激痛で動けなくなる。
そんな状態だったので、しばらく卓球部を休む事にした。
しかし、僕は卓球部の部長だったので、長く休む訳にもいかない。
まだヒザが痛かったが、部活に復帰した。
しかし、ランニング中も激痛が走るので、やはりもう前みたいには動けなかった。
部活は、休んだり、休まなかったりで、終わった。
部活を引退すると、フットワークなどでヒザを使う事もなくなり、段々と痛みは治まっていった。
ただ、思いっきり走ると痛かった。
ズレた軟骨は、元には戻らないそうで、もしも状態がひどい場合は、手術でヒザの骨を削らなくてはならないし、水も溜まるので、注射器を刺して水を抜かなければならない。
そんなわけで僕はもう運動をする気もなく、高校では絶対に運動部に入ろうとはしなかった。
高校でもまた高跳びの授業があった。
その頃には右足踏み切りに替わっていた。右足は足首に捻挫癖がついていたが、左はもう跳べなかったので、右足に替えたのだ
27cmしか跳べなかった左ヒザを捨て、右足を頼りにしたのだが、それが奏功して、高校3年の時は垂直跳びが63cmまでUPしていた。
どうにか平均値を跳べるくらいの力がついて、僕は安心した。
その後、ジャンプ力を上げようとしたが、68cmを頂点に下がり続けている。
今では左ヒザも軟骨が固まって痛くなくなり、フットサルをやっても大丈夫になった。
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2005年11月16日
Sporting Chance8 奇怪体操・マット運動
マット運動というのがある。
長いマットを敷いて、その上をでんぐり返しや後転などで移動していく運動だ。
僕はそれが苦手だった。
回転している内に目が回り、気分が悪くなってしまうのだ。
幼稚園の頃は、側転が横にズレたりして、意図したとことは違う場所に着地したりする。
でんぐり返しが斜めにズレるなどあったが、フォームの改善などで、小学校の頃にはだいたい出来るようになるものだ。
中学になると、倒立や、ハンドスプリングとかいう、走っていって飛び込みながら、手をマットに突っ張り、前方回転する技もやらされた。
試しに体育館で倒立をしてみたところ、足を上げた途端にグラついて背中の方に倒れこみ、激しく背中を打ち、呼吸が出来なくなったりしたもんだ。
もちろんハンドスプリングなんてものも出来ない。
校庭の砂場に向かって走っていってジャンプし、前宙をしようとして、砂場に背中から落ちた事もある。
なんか出来そうな予感がしていたのに、背中が砂まみれになっただけで終わった。
高校になって久しぶりに、体育の授業でマット運動が出てきた。
すると、なんと後転が出来なくなっていたのだ。
出来るには出来るが、斜めにズレてしまい、綺麗に出来ないのだ。
そこで、後転の練習をしまくっていたのだが、だんだん目が回り、遂には気分が悪くなって、保健室に行った。
高校生活で唯一の保健室だった。
きっと三半規管が弱いのだろう。
その後も練習を重ねたが、友人から、僕の「後転からハネ起きする技」が気持ち悪いと言われた。
奇怪体操に見えたらしい。
ヨガっぽくゆっくり動いていたからか?
そのマットの授業で、生徒一人一人が自分で演技を組み立て、マットを1往復するというのがあった。
例えば、マットに向かって走っていって、ハンドスプリング、前転、後転、そしてマットを戻って来る時に、最後はロンダート(助走から側転→バック転→バック中)で締める…といった感じだ。
僕は、最初だけ飛び込み前転をしたものの、あとは無難に前転、後転、側転で組み立てた気がする。
ちなみに後転は綺麗に出来るようになった。
授業中、マットの上で、前宙をやってみたら頭頂部から落下した。一人パイルドライバーだ。
友人から、今のはヤバかったと言われた。
でも、あまり痛くなかった。回転にエネルギーが逃げたのだろう。
修学旅行でも、布団の上で前宙をした。
また頭頂部から落ちた。
かなり痛かった…。
友人から、自分の運動能力を考えろと言われた。
それ以来、前宙はやっていない。
長いマットを敷いて、その上をでんぐり返しや後転などで移動していく運動だ。
僕はそれが苦手だった。
回転している内に目が回り、気分が悪くなってしまうのだ。
幼稚園の頃は、側転が横にズレたりして、意図したとことは違う場所に着地したりする。
でんぐり返しが斜めにズレるなどあったが、フォームの改善などで、小学校の頃にはだいたい出来るようになるものだ。
中学になると、倒立や、ハンドスプリングとかいう、走っていって飛び込みながら、手をマットに突っ張り、前方回転する技もやらされた。
試しに体育館で倒立をしてみたところ、足を上げた途端にグラついて背中の方に倒れこみ、激しく背中を打ち、呼吸が出来なくなったりしたもんだ。
もちろんハンドスプリングなんてものも出来ない。
校庭の砂場に向かって走っていってジャンプし、前宙をしようとして、砂場に背中から落ちた事もある。
なんか出来そうな予感がしていたのに、背中が砂まみれになっただけで終わった。
高校になって久しぶりに、体育の授業でマット運動が出てきた。
すると、なんと後転が出来なくなっていたのだ。
出来るには出来るが、斜めにズレてしまい、綺麗に出来ないのだ。
そこで、後転の練習をしまくっていたのだが、だんだん目が回り、遂には気分が悪くなって、保健室に行った。
高校生活で唯一の保健室だった。
きっと三半規管が弱いのだろう。
その後も練習を重ねたが、友人から、僕の「後転からハネ起きする技」が気持ち悪いと言われた。
奇怪体操に見えたらしい。
ヨガっぽくゆっくり動いていたからか?
そのマットの授業で、生徒一人一人が自分で演技を組み立て、マットを1往復するというのがあった。
例えば、マットに向かって走っていって、ハンドスプリング、前転、後転、そしてマットを戻って来る時に、最後はロンダート(助走から側転→バック転→バック中)で締める…といった感じだ。
僕は、最初だけ飛び込み前転をしたものの、あとは無難に前転、後転、側転で組み立てた気がする。
ちなみに後転は綺麗に出来るようになった。
授業中、マットの上で、前宙をやってみたら頭頂部から落下した。一人パイルドライバーだ。
友人から、今のはヤバかったと言われた。
でも、あまり痛くなかった。回転にエネルギーが逃げたのだろう。
修学旅行でも、布団の上で前宙をした。
また頭頂部から落ちた。
かなり痛かった…。
友人から、自分の運動能力を考えろと言われた。
それ以来、前宙はやっていない。
ニックネーム SNJ at 23:57| Comment(0)
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2005年11月15日
Sporting Chance7 夢の架け橋・運梯
校庭の隅などに運梯というのがある。
はしごを横にして渡した形のやつだ。
その下を手でぶら下がって、次の棒へと掴み変えながら移動していく遊具だ。
僕はそれが苦手だった。
身のこなしの軽い友達は、一段抜かしやニ段抜かしで渡っていく。
体を揺らした反動を利用して渡っていく様は、まるで猿のようだ。
僕もやってみたいのだが、両手でぶら下がって片手を離すと、そのまま次のバーが掴めずに落ちてしまうのだ。
家族で公園に遊びに行って、妹がそれを楽しそうにやっているのに、僕は出来なかった。
僕はぶら下がったまま、次のバーへは移動できないままだ。
妹とは雲泥の差だ。いや、運梯の差か。
すると親に、お前は何も出来ないやつだな〜と言われる。
僕は、そうして運動が嫌いになっていった。
大人になって腕力がついてから、運梯をやってみると、足が地面についてしまい、やっぱり出来なかった。
無理やり足を曲げてやっても、体を揺らすのが難しい。
なお、運梯の上に立って渡っていくという荒業もある。
それはそれで、高所で怖かったりするのだが…。
はしごを横にして渡した形のやつだ。
その下を手でぶら下がって、次の棒へと掴み変えながら移動していく遊具だ。
僕はそれが苦手だった。
身のこなしの軽い友達は、一段抜かしやニ段抜かしで渡っていく。
体を揺らした反動を利用して渡っていく様は、まるで猿のようだ。
僕もやってみたいのだが、両手でぶら下がって片手を離すと、そのまま次のバーが掴めずに落ちてしまうのだ。
家族で公園に遊びに行って、妹がそれを楽しそうにやっているのに、僕は出来なかった。
僕はぶら下がったまま、次のバーへは移動できないままだ。
妹とは雲泥の差だ。いや、運梯の差か。
すると親に、お前は何も出来ないやつだな〜と言われる。
僕は、そうして運動が嫌いになっていった。
大人になって腕力がついてから、運梯をやってみると、足が地面についてしまい、やっぱり出来なかった。
無理やり足を曲げてやっても、体を揺らすのが難しい。
なお、運梯の上に立って渡っていくという荒業もある。
それはそれで、高所で怖かったりするのだが…。
ニックネーム SNJ at 23:02| Comment(2)
| Sporting Chance
2005年11月11日
Sporting Chance6 果てなきキャッチボール
中学3年の秋頃だろうか。
「受験」の二文字が身に纏わり付く中、同じクラスの小野君とキャッチボールをした。
当時は、ファミコンソフトの「ファミリースタジアム」が流行っており、僕も小野君も野球への関心は高かった。
僕はとりわけ、変化球への憧れが強かった。
速球よりも変化球に美学を感じていた。
キャッチボールに使っていたのは、硬球でも軟球でもなく、ゴムボール。
中でも、表面に縫い目の凹凸が付けられたゴムボールを気に入って使っていた。表面がフラットなゴムボールは変化球が曲がりにくいのだ。
そんな僕らが、キャッチボールをしに公園にやってきた。
受験勉強など知ったことか。
西武ライオンズのファンの小野君と、中日ドラゴンズのファンの僕と、15mほど離れてゴムボールを投げ合う。
小野君はスロースターター。肩が温まるまでは、軽めの投球だ。
かたや僕は、序盤から飛ばす。
カーブ、スライダー、シュートと変化球を投げまくる。
スライダーはコントロールも出来ないし、投げ方もあやふやだが、カーブには自信があった。
横の変化のみを意識し、1m以上曲げる。ゴムボールだから可能な投法だ。
スピードはない。山なりに飛んでいって曲がっていく軌道だ。
ちなみに、シュートもコントロールが悪いので、多投はしない。
小野君も肩が温まり、だんだん球のスピードが上がっていく。
50球くらいずつ投げたろうか。
小野君もカーブを投げ出した。
「俺のは縦に割れるカーブだ」
そう言う通り、横の変化はほとんどなく、縦に落ちる軌道だ。
僕は横、小野君は縦。
カーブの投げ合いが続く。
より曲がるよう、より落ちるよう、工夫がなされていく。
やがて、球数はお互いに100球を超えた。
僕からすると、小野君のカーブはまだまだだった。
曲がらなくてドースル?
オレ様の曲がりを見よ!
そんな感じだ。
今では、落ちる軌道も理解できるが、当時は、カーブというものは横に曲がるほど凄いと思っていた。
だが、カーブでは僕が勝った気になっていたが、球速においては小野君に分があった。
ボールが小野君の手を離れると共に、浮き上がって来るのだ。
まぁ、球の伸びがあるという事だが、ゴムボールで軽いのでかなり浮いて見える。
僕も速球を織り交ぜ始めた。
「このっ!」
渾身の力を込めて投げる。
しかし、自分の目から見て、軌道に伸びがない。
小野君も力いっぱい投げる。
「どうりゃ!」
膝元から腰まで浮き上がってくる。
こちらも負けちゃいられない。
「はぁっ!」
「ふんっ!」
投げ合いは150球を超えた。
ゴムボールとは言え、さすがに肩が疲れてきた。
それでも、投げ合いは続く。
どちらも、やめようとは言わなかった。
秋の日も暮れてゆく。
200球を数えた。
もう暗くてボールも見えない。
それでも、やめようとは言わない。
一心不乱に投げ合うだけである。
「くらえぇぇい!」
暗闇を切り裂く小野君の速球が僕の手に納まった頃、日が完全に暮れた。
「ふぅ…もうそろそろやめるか…」
結局、お互い二百数十球も投げ合い、その日のキャッチボールは幕を閉じた。
この後に、これ以上の球数を投げた事はない。
二人とも、前途洋々の中学3年生であった。
「受験」の二文字が身に纏わり付く中、同じクラスの小野君とキャッチボールをした。
当時は、ファミコンソフトの「ファミリースタジアム」が流行っており、僕も小野君も野球への関心は高かった。
僕はとりわけ、変化球への憧れが強かった。
速球よりも変化球に美学を感じていた。
キャッチボールに使っていたのは、硬球でも軟球でもなく、ゴムボール。
中でも、表面に縫い目の凹凸が付けられたゴムボールを気に入って使っていた。表面がフラットなゴムボールは変化球が曲がりにくいのだ。
そんな僕らが、キャッチボールをしに公園にやってきた。
受験勉強など知ったことか。
西武ライオンズのファンの小野君と、中日ドラゴンズのファンの僕と、15mほど離れてゴムボールを投げ合う。
小野君はスロースターター。肩が温まるまでは、軽めの投球だ。
かたや僕は、序盤から飛ばす。
カーブ、スライダー、シュートと変化球を投げまくる。
スライダーはコントロールも出来ないし、投げ方もあやふやだが、カーブには自信があった。
横の変化のみを意識し、1m以上曲げる。ゴムボールだから可能な投法だ。
スピードはない。山なりに飛んでいって曲がっていく軌道だ。
ちなみに、シュートもコントロールが悪いので、多投はしない。
小野君も肩が温まり、だんだん球のスピードが上がっていく。
50球くらいずつ投げたろうか。
小野君もカーブを投げ出した。
「俺のは縦に割れるカーブだ」
そう言う通り、横の変化はほとんどなく、縦に落ちる軌道だ。
僕は横、小野君は縦。
カーブの投げ合いが続く。
より曲がるよう、より落ちるよう、工夫がなされていく。
やがて、球数はお互いに100球を超えた。
僕からすると、小野君のカーブはまだまだだった。
曲がらなくてドースル?
オレ様の曲がりを見よ!
そんな感じだ。
今では、落ちる軌道も理解できるが、当時は、カーブというものは横に曲がるほど凄いと思っていた。
だが、カーブでは僕が勝った気になっていたが、球速においては小野君に分があった。
ボールが小野君の手を離れると共に、浮き上がって来るのだ。
まぁ、球の伸びがあるという事だが、ゴムボールで軽いのでかなり浮いて見える。
僕も速球を織り交ぜ始めた。
「このっ!」
渾身の力を込めて投げる。
しかし、自分の目から見て、軌道に伸びがない。
小野君も力いっぱい投げる。
「どうりゃ!」
膝元から腰まで浮き上がってくる。
こちらも負けちゃいられない。
「はぁっ!」
「ふんっ!」
投げ合いは150球を超えた。
ゴムボールとは言え、さすがに肩が疲れてきた。
それでも、投げ合いは続く。
どちらも、やめようとは言わなかった。
秋の日も暮れてゆく。
200球を数えた。
もう暗くてボールも見えない。
それでも、やめようとは言わない。
一心不乱に投げ合うだけである。
「くらえぇぇい!」
暗闇を切り裂く小野君の速球が僕の手に納まった頃、日が完全に暮れた。
「ふぅ…もうそろそろやめるか…」
結局、お互い二百数十球も投げ合い、その日のキャッチボールは幕を閉じた。
この後に、これ以上の球数を投げた事はない。
二人とも、前途洋々の中学3年生であった。
ニックネーム SNJ at 12:02| Comment(2)
| Sporting Chance
2005年11月10日
Sporting Chance5 逆上がり出来ちゃった
運動の苦手な僕は、例によって逆上がりも出来なかった。
どうしてもあと少しで勢いをなくして落ちてしまうのだ。
おへそがもう少し鉄棒に近付けば一気に回れるのに、どうしても出来なかった。
手の伸ばし方や足の上げ方など、原因は多々あったのだろうが、いつの間にかに出来るようになっていた。たぶん、小学校の6年くらいの頃だろうか。
中学になってからは、授業で逆上がりのテストなんてする事もなくなったが、やってみたらいつでも出来た。
卓球部に入っていたし、運動もしていたから、体もキレていたのだろう。
さて、問題は高校になってからだ。
中学3年で部活を引退してからというもの、高校に上がっても体育以外で体を動かす事はほぼなかった。
自転車通学だったが、のんびり漕いでいたし。
高校になるとますます逆上がりなんてする機会がない。
たまに、校庭の鉄棒で逆上がりをしてみると、出来る時と出来ない時があった。
やはり、衰えていたのだ。
高校3年になり、体育の授業が終わった後、友達らが何人か鉄棒の前に集まり、逆上がりが出来るか出来ないかを話していた。
そこで、隣のクラスの結構カッコいい子が逆上がりが出来ないのがバレた。
でも、みんなその子を笑ったりする事もなく、「俺もギリギリだよ〜」と、自分の衰えを笑っていた。
そこで、僕に話が向けられた。
「逆上がり出来る?」
みんなは、僕が運動苦手なの知ってるし、僕も隠さずに、
「昔は出来たけど、今は出来ないよ」
と言った。
隣のクラスの子と「仲間同士だね〜」などと笑いあった。
そして…
試しに実演してみたら、出来た。
くるんって回れてしまった。
「あれ、出来ちゃったよ…?」
戸惑う僕。
隣のクラスの子の笑いが引きつった気がした。
そこで、隣にある高い鉄棒で回れるか試してみようという事にした。
低い鉄棒じゃ、ジャンプでごまかせるからね、と。
手を伸ばしても届かない鉄棒だ。
僕はその下に立ち、鉄棒目掛けてジャンプした。
手が鉄棒を掴む。
ジャンプの勢いを利用し、そのまま腹筋でおへそを鉄棒に近付けていく。
くるん!
回れた…。
またもや回れてしまった。
僕は、高い鉄棒の上に乗ったまま、下を見下ろし言った。
「あら、こっちでも出来ちゃったよ…?」
もう隣のクラスの子を見れなかった。
「おぉ、すげぇ!
なんだ、全然できんじゃん」
みんなが笑う。
何人かが、高い鉄棒にチャレンジしたが、意外に回れない人も多かった。
逆上がりが出来た!
…なのに、なんか悪い気分になった出来事だった…。
どうしてもあと少しで勢いをなくして落ちてしまうのだ。
おへそがもう少し鉄棒に近付けば一気に回れるのに、どうしても出来なかった。
手の伸ばし方や足の上げ方など、原因は多々あったのだろうが、いつの間にかに出来るようになっていた。たぶん、小学校の6年くらいの頃だろうか。
中学になってからは、授業で逆上がりのテストなんてする事もなくなったが、やってみたらいつでも出来た。
卓球部に入っていたし、運動もしていたから、体もキレていたのだろう。
さて、問題は高校になってからだ。
中学3年で部活を引退してからというもの、高校に上がっても体育以外で体を動かす事はほぼなかった。
自転車通学だったが、のんびり漕いでいたし。
高校になるとますます逆上がりなんてする機会がない。
たまに、校庭の鉄棒で逆上がりをしてみると、出来る時と出来ない時があった。
やはり、衰えていたのだ。
高校3年になり、体育の授業が終わった後、友達らが何人か鉄棒の前に集まり、逆上がりが出来るか出来ないかを話していた。
そこで、隣のクラスの結構カッコいい子が逆上がりが出来ないのがバレた。
でも、みんなその子を笑ったりする事もなく、「俺もギリギリだよ〜」と、自分の衰えを笑っていた。
そこで、僕に話が向けられた。
「逆上がり出来る?」
みんなは、僕が運動苦手なの知ってるし、僕も隠さずに、
「昔は出来たけど、今は出来ないよ」
と言った。
隣のクラスの子と「仲間同士だね〜」などと笑いあった。
そして…
試しに実演してみたら、出来た。
くるんって回れてしまった。
「あれ、出来ちゃったよ…?」
戸惑う僕。
隣のクラスの子の笑いが引きつった気がした。
そこで、隣にある高い鉄棒で回れるか試してみようという事にした。
低い鉄棒じゃ、ジャンプでごまかせるからね、と。
手を伸ばしても届かない鉄棒だ。
僕はその下に立ち、鉄棒目掛けてジャンプした。
手が鉄棒を掴む。
ジャンプの勢いを利用し、そのまま腹筋でおへそを鉄棒に近付けていく。
くるん!
回れた…。
またもや回れてしまった。
僕は、高い鉄棒の上に乗ったまま、下を見下ろし言った。
「あら、こっちでも出来ちゃったよ…?」
もう隣のクラスの子を見れなかった。
「おぉ、すげぇ!
なんだ、全然できんじゃん」
みんなが笑う。
何人かが、高い鉄棒にチャレンジしたが、意外に回れない人も多かった。
逆上がりが出来た!
…なのに、なんか悪い気分になった出来事だった…。
ニックネーム SNJ at 03:24| Comment(0)
| Sporting Chance
2005年11月05日
Sporting Chance4 鈍足
僕は足が遅い。
でも子供の頃、僕は特に足が遅い訳ではなかった。
幼稚園や、小学校低学年の時は、「かけっこ」で一番になったりもした。
ヒザを擦りむいてても一番になった事もあった。
家に帰ると、家族から褒められたり…。
我が子が一等賞を取ったのだから、親も鼻が高いだろう。
なのに、いつから僕は鈍足になったのだろうか…。
小学校4年生の時、クラス対抗リレーに向けて、足の遅い子のために、足の速い子が遅い子に走り方を教えるというのがあった。
担任の先生の提案だった。
その時、僕は教えられる方だった。
4年の時には遅かったようだ。
僕に走り方を教えてくれたのは、同じクラスの三上君と坂本君だった。
この二人は中学になっても、陸上部で共に競ったくらい足が速い。
4年生の僕は、二人に付き添われて本気で走っていたが、付き添いの二人からすれば、本気には見えなかったに違いない。
二人は、話しながら走っても僕より速いのだから。
そう差を見せつけられては、僕は自分の能力に自信をなくすしかない。
先生、逆効果です。
走り方が、こうだああだと、二人から教えられたが、所詮はみんな10歳児だ。走り方を説明できるはずも理解できるはずもない。
だいたい、三上君は上半身が後ろにのけ反りがちな走り方だし、一方の坂本君は前傾姿勢気味に走るのだ。
結果、僕が速くなる事はなかった。
今でも鈍足は変わりないが、足が短い分、回転数を上げて走るようにしている。
でも子供の頃、僕は特に足が遅い訳ではなかった。
幼稚園や、小学校低学年の時は、「かけっこ」で一番になったりもした。
ヒザを擦りむいてても一番になった事もあった。
家に帰ると、家族から褒められたり…。
我が子が一等賞を取ったのだから、親も鼻が高いだろう。
なのに、いつから僕は鈍足になったのだろうか…。
小学校4年生の時、クラス対抗リレーに向けて、足の遅い子のために、足の速い子が遅い子に走り方を教えるというのがあった。
担任の先生の提案だった。
その時、僕は教えられる方だった。
4年の時には遅かったようだ。
僕に走り方を教えてくれたのは、同じクラスの三上君と坂本君だった。
この二人は中学になっても、陸上部で共に競ったくらい足が速い。
4年生の僕は、二人に付き添われて本気で走っていたが、付き添いの二人からすれば、本気には見えなかったに違いない。
二人は、話しながら走っても僕より速いのだから。
そう差を見せつけられては、僕は自分の能力に自信をなくすしかない。
先生、逆効果です。
走り方が、こうだああだと、二人から教えられたが、所詮はみんな10歳児だ。走り方を説明できるはずも理解できるはずもない。
だいたい、三上君は上半身が後ろにのけ反りがちな走り方だし、一方の坂本君は前傾姿勢気味に走るのだ。
結果、僕が速くなる事はなかった。
今でも鈍足は変わりないが、足が短い分、回転数を上げて走るようにしている。
ニックネーム SNJ at 04:40| Comment(2)
| Sporting Chance
2005年11月04日
Sporting Chance3 剣道なんか(後編)
イカンガー君に勝った後のこと、友人がトイレで僕の噂話をしているのを聞いた。
「あいつの面、一撃必殺だよな」
「俺、喰らいたくないよ」
なんと、意外にも僕の「面」が一撃必殺の技として認知されていたのだ。
どうやら、僕のスタイルは薩摩の「示現流」だったみたいだ。
示現流は、「肉を斬らせて骨を断つ」だから、僕はそこまで徹底してないが、方向性は「一の太刀」か、「示現流」と言って良いだろう。
そして、最後の七人目との対戦の時が来た。
相手は、ここまで無敗の6連勝を誇る、同じクラスの伊東君。
僕は3勝3敗の成績。
向こうは全勝を掛けて、僕は勝ち越しを掛けての対戦だ。
一本目。
伊東君は牽制しつつ、攻撃を仕掛けてくる。無駄のない動きだ。
僕は、ここぞとばかりに面を放った。
しかし、竹刀は空を切り、床を叩いた。
伊東君の間合いが上手い。
周りからは、僕の面に対して「おぉ〜!」という声が上がる。
少し期待されてたのだろうか…。
次は胴を狙った。
また竹刀が空を切る。
空振ったところに伊東君の攻撃が来る。
僕はすぐに竹刀を前に向けて防ぐ。
伊東君は無敗だけあって、強いと感じた。
決して、ラッシュを仕掛けてくる訳ではないが、的確に攻撃を仕掛けてくる。
もし、伊東君が「小手」をマスターしてれば、僕はすぐに負けていたろう。
それくらい僕の攻撃は大振りだった。
僕も、面と胴しかないので、きっと単調な攻撃をしあっていたと思う。
その内、僕は疲れてきた。
大振りをし過ぎたのだから当たり前だ。
だが、それでも面を立て続けに打ち込み、伊東君の竹刀を横に押しのけてから、面を取った。
これで一本先取。
二本目、伊東君の反撃が来る。
ここは僕が防御に回る。
防御の内に力を溜めて、また一撃で倒そうとしていた。
しかし、逆に隙を突かれ、胴を取られた。
一本ずつ取って、最後の三本目。
僕も伊東君もすでに息が上がっていた。
お互いに単発の攻撃が空を切る状態だ。
僕は、攻撃を胴を多めにし、相手の防御を下げた。
ここで、面を打ったが、竹刀で防がれてしまった。
僕はそのまま引いた竹刀を横から胴に向けた。
手応えがあった。
審判が手を挙げて一本を取った。
二対一で僕の勝ちだった。
なんと、剣道なんかでけんどーの僕が勝ち越したのだ。
自分でびっくりだった。
しかも、無敗の伊東君を倒したのだ。
後日、伊東君が友人と廊下で話しているところに僕が通りがかった時、伊東君はその友人に僕を紹介した。
「コイツ剣道強いんだよ〜。
俺、全勝してたのにコイツにだけ負けたんだ」
伊東君は剣道を通じて僕を認めてくれたようだった。
それまで、彼とはほとんど話さなかったのに、話すようになった。
剣道がホントに楽しく思えてきた。
そして、1年生の剣道授業の最後に剣道のトーナメント戦が行われた。
前の対戦成績から、先生が組み合わせたトーナメントだ。
一回戦は、同じクラスのコータロー君だった。
あまり強そうには見えないが、意外に強かった。
僕は例によって竹刀を振り回したが、コータロー君は有効打を取らせない。
僕は、コータロー君の脇、太股、肩、二の腕など、いろいろな部位に打撃を与えたらしいが、ちゃんと面も取り、勝つ事ができた。
コータロー君は試合後、あまりにもいろんなとこを叩かれた事にぶつぶつ言っていたが、勝負は勝負だ。
逆に、コータロー君がよけるのが上手いから、胴を外れて脇などに当たるのだ。
二回戦は、剣道経験者の山本君だった。
初めての経験者との戦いだ。
山本君は前後のステップを多用し、いつ飛び込んでくるか分からない。
僕は、初めて見るステップに翻弄されて、距離感が掴めない。
面を打ったが、山本君は頭を右に傾け、肩で竹刀を止める。
そのまま僕の竹刀を肩に担いだまま、突進してきて、ついに小手を取られた。
小手を初めて喰らったが、意味が分からない。
そんなん防げるかって感じだった。
竹刀で弾き返したり、竹刀の鍔でブロックするのだろうが、僕にそんなテクニックは無い。
二本目も、変幻自在のステップで惑わされ、僕の攻撃は相変わらず肩で止められる。
今度は肩で担がれない様に、すぐに竹刀を引っ込める。
首振りだけで、僕の攻撃が無効にされるとは…。
実戦の刀なら袈裟斬りになるとこなのに、残念ながら剣道には「袈裟斬り」はない。
やがて、僕の攻撃は手詰りになった。山本君には、どんな攻撃も通じないのだから。
それでも僕は、山本君の攻撃を上手く防いでいた方だろう。
山本君が離れたのを見て、僕は面を打ちに行こうとした。
そしたら、振り被ろうとした手に「小手」が入った。
またもや、何が起きたか分からないままに小手を取られて、僕は敗退した。
さすがに経験者には、歯が立たなかった。
山本君が、もっと本気で来れば、僕は瞬殺されていただろう。
それくらい「小手」は見えなかった。
小手を知って、僕はもっと剣道が好きになった。
残念ながら、二回戦敗退だったが、僕は満足だった。
(剣道、面白いな。もっとやりたいよ)
しかし、2年生になると、授業は剣道から柔道になったのだった…。
僕の父は剣道をやっていた事もあって、日本刀が好きみたいだ。イミテーションの日本刀も持っている。
「これが、胴田貫だ」
そう言って、日本刀を見せびらかされた。
そんなこと言われちゃ僕としては、仕事場の仲間たちから誕生日プレゼントに頂いた、西洋の大剣「エクスカリバー」で対抗するしかない。
重さ4.5kg。正直、振る事もできないが…。
今はもう、父は剣道やれとは言わない。
だが、父と子で、剣を交わして対決するのも悪くないか…。
「あいつの面、一撃必殺だよな」
「俺、喰らいたくないよ」
なんと、意外にも僕の「面」が一撃必殺の技として認知されていたのだ。
どうやら、僕のスタイルは薩摩の「示現流」だったみたいだ。
示現流は、「肉を斬らせて骨を断つ」だから、僕はそこまで徹底してないが、方向性は「一の太刀」か、「示現流」と言って良いだろう。
そして、最後の七人目との対戦の時が来た。
相手は、ここまで無敗の6連勝を誇る、同じクラスの伊東君。
僕は3勝3敗の成績。
向こうは全勝を掛けて、僕は勝ち越しを掛けての対戦だ。
一本目。
伊東君は牽制しつつ、攻撃を仕掛けてくる。無駄のない動きだ。
僕は、ここぞとばかりに面を放った。
しかし、竹刀は空を切り、床を叩いた。
伊東君の間合いが上手い。
周りからは、僕の面に対して「おぉ〜!」という声が上がる。
少し期待されてたのだろうか…。
次は胴を狙った。
また竹刀が空を切る。
空振ったところに伊東君の攻撃が来る。
僕はすぐに竹刀を前に向けて防ぐ。
伊東君は無敗だけあって、強いと感じた。
決して、ラッシュを仕掛けてくる訳ではないが、的確に攻撃を仕掛けてくる。
もし、伊東君が「小手」をマスターしてれば、僕はすぐに負けていたろう。
それくらい僕の攻撃は大振りだった。
僕も、面と胴しかないので、きっと単調な攻撃をしあっていたと思う。
その内、僕は疲れてきた。
大振りをし過ぎたのだから当たり前だ。
だが、それでも面を立て続けに打ち込み、伊東君の竹刀を横に押しのけてから、面を取った。
これで一本先取。
二本目、伊東君の反撃が来る。
ここは僕が防御に回る。
防御の内に力を溜めて、また一撃で倒そうとしていた。
しかし、逆に隙を突かれ、胴を取られた。
一本ずつ取って、最後の三本目。
僕も伊東君もすでに息が上がっていた。
お互いに単発の攻撃が空を切る状態だ。
僕は、攻撃を胴を多めにし、相手の防御を下げた。
ここで、面を打ったが、竹刀で防がれてしまった。
僕はそのまま引いた竹刀を横から胴に向けた。
手応えがあった。
審判が手を挙げて一本を取った。
二対一で僕の勝ちだった。
なんと、剣道なんかでけんどーの僕が勝ち越したのだ。
自分でびっくりだった。
しかも、無敗の伊東君を倒したのだ。
後日、伊東君が友人と廊下で話しているところに僕が通りがかった時、伊東君はその友人に僕を紹介した。
「コイツ剣道強いんだよ〜。
俺、全勝してたのにコイツにだけ負けたんだ」
伊東君は剣道を通じて僕を認めてくれたようだった。
それまで、彼とはほとんど話さなかったのに、話すようになった。
剣道がホントに楽しく思えてきた。
そして、1年生の剣道授業の最後に剣道のトーナメント戦が行われた。
前の対戦成績から、先生が組み合わせたトーナメントだ。
一回戦は、同じクラスのコータロー君だった。
あまり強そうには見えないが、意外に強かった。
僕は例によって竹刀を振り回したが、コータロー君は有効打を取らせない。
僕は、コータロー君の脇、太股、肩、二の腕など、いろいろな部位に打撃を与えたらしいが、ちゃんと面も取り、勝つ事ができた。
コータロー君は試合後、あまりにもいろんなとこを叩かれた事にぶつぶつ言っていたが、勝負は勝負だ。
逆に、コータロー君がよけるのが上手いから、胴を外れて脇などに当たるのだ。
二回戦は、剣道経験者の山本君だった。
初めての経験者との戦いだ。
山本君は前後のステップを多用し、いつ飛び込んでくるか分からない。
僕は、初めて見るステップに翻弄されて、距離感が掴めない。
面を打ったが、山本君は頭を右に傾け、肩で竹刀を止める。
そのまま僕の竹刀を肩に担いだまま、突進してきて、ついに小手を取られた。
小手を初めて喰らったが、意味が分からない。
そんなん防げるかって感じだった。
竹刀で弾き返したり、竹刀の鍔でブロックするのだろうが、僕にそんなテクニックは無い。
二本目も、変幻自在のステップで惑わされ、僕の攻撃は相変わらず肩で止められる。
今度は肩で担がれない様に、すぐに竹刀を引っ込める。
首振りだけで、僕の攻撃が無効にされるとは…。
実戦の刀なら袈裟斬りになるとこなのに、残念ながら剣道には「袈裟斬り」はない。
やがて、僕の攻撃は手詰りになった。山本君には、どんな攻撃も通じないのだから。
それでも僕は、山本君の攻撃を上手く防いでいた方だろう。
山本君が離れたのを見て、僕は面を打ちに行こうとした。
そしたら、振り被ろうとした手に「小手」が入った。
またもや、何が起きたか分からないままに小手を取られて、僕は敗退した。
さすがに経験者には、歯が立たなかった。
山本君が、もっと本気で来れば、僕は瞬殺されていただろう。
それくらい「小手」は見えなかった。
小手を知って、僕はもっと剣道が好きになった。
残念ながら、二回戦敗退だったが、僕は満足だった。
(剣道、面白いな。もっとやりたいよ)
しかし、2年生になると、授業は剣道から柔道になったのだった…。
僕の父は剣道をやっていた事もあって、日本刀が好きみたいだ。イミテーションの日本刀も持っている。
「これが、胴田貫だ」
そう言って、日本刀を見せびらかされた。
そんなこと言われちゃ僕としては、仕事場の仲間たちから誕生日プレゼントに頂いた、西洋の大剣「エクスカリバー」で対抗するしかない。
重さ4.5kg。正直、振る事もできないが…。
今はもう、父は剣道やれとは言わない。
だが、父と子で、剣を交わして対決するのも悪くないか…。
ニックネーム SNJ at 03:58| Comment(0)
| Sporting Chance
2005年11月03日
Sporting Chance2 剣道なんか(前編)
「剣道なんか、でけんどー」
そう言いたい気分だった。
僕は幼少時、妹より体力が劣っていると、よく親から言われたもんだ。
そんな不甲斐ない僕に、父は剣道をやれと勧めてきた。
父自身、剣道をやっていたので、子にもやらせたかったのだろう。
しかし、小学校低学年だった僕は、「4年生になったらやるよ」と逃げていた。
剣道などという、竹刀で引っ叩き合う競技は真っ平御免なのである。
いざ、4年になると習字を習いに行った。剣道から逃げるためだ。
「中学になったら剣道やるよ」
そう引き延ばして、いよいよ中学生になった時には卓球部に入った。
これで、剣道からは逃げる事ができたのである。
中学の体育の授業で剣道があったが、数回さらっと流して終わったので助かった。
やがて高校生になると、そんな僕の前に再び剣道が姿を現した。
体育で必修科目として、1年間やらなければならなくなったのである。
竹刀の振り方から、防具の付け方、礼の仕方まで本格的に習う。
1学期は基礎、2学期は打ち合いなどの応用、3学期は対人戦を行うとの予定。
気が遠くなった。(なんで人と剣道で対戦しなきゃいけないんだ?)
1学期。
蹲踞(そんきょ)という、つま先立ちで座りながら竹刀を振るトレーニングをやらされる。
これが、かなりキツイ。
僕は中学の時にヒザを悪くしてるので、そういうトレーニングが殊更つらい。
防具は汗の臭いが染み付いている。
こんなんで剣道を好きになれるはずもない。
2学期。
人に対して打ち込む練習だ。
右から左から打ち込む。
それを竹刀で受ける方も怖い。
互いに素人だから、リズムが狂ったら頭を打たれる。防具は付けてない。
僕は適当にやっていた。
(つまらないな〜剣道なんて)
3学期。
いよいよ対人戦だ。
一人が7戦ずつ戦うスケジュールで、毎週、授業ごとに一人ずつ戦っていく。
一人目との試合、あまり長引かない内に負けた。
長引いて痛い思いをしたらイヤだし。
二人目も負けた。相手の岡本君はすごい速さで竹刀を振ってくる。
勝てるはずもない。
そして、三人目の平川君。180cm以上あり、ガタイも良い。元陸上部だ。
試しにこちらも攻撃してみた。
僕の面が決まった!
「痛って〜」
平川君がそう呟きながら、ものすごい形相で睨んでいる。よほど、僕の面が痛かったのだろう。
素人だから、キレイな面ができず、頭頂部に深く入ったのだ。
なんかとっても怖いので、ワザと負けた。
これで0勝3敗。
四人目は弓道部の前田君だ。
僕は試合開始と共に、面を打つと見せて、胴を打った。
初めて使ってみたフェイントが通用した。
前田君は、まさか僕が試合開始と同時に攻撃してくるとは思ってなかったのだろう。
二本目も、面を打つと見せて胴…と見せて面が決まり、僕が取った。
スパンと入ったので前田君は一本取られたのに気付かず攻撃してきた。
「いつの間に取られたんだ?」
前田君は不思議がったが、素人なので声を張り上げずに攻撃してたので無理もない。
四試合目で初めて勝った…。
意外だった。
(僕でも勝てるんだ…)
少し剣道が面白く感じた。
五人目は元バスケ部の白石君。動きが速い。
またも僕がフェイントをかけ、面を取った。
「痛ってェな〜」
どうやらまた、頭頂部に入った様だ…。
二本目は白石君は、こちらを場外に押し出す作戦にきた。
あまりに押してくるので、僕は白石君が怒ってるのかと思った。
2回場外に押し出され、白石君が一本取ったことになった。
(そうか、押し出されちゃいけないんだ)
三本目も白石君は押してきた。
僕も押し返したり、互いに打ち合ったりしたが、勝負はつかない。
渾身の白石君の押しがきた。
僕はそれに合わせて引きながら胴を打った。
場外に出ながらの胴だったため、無効かと思ったが、僕が一本取っていた。
これで2勝。
さらに剣道が面白くなった。
六人目は隣のクラスの、「イカンガー」というあだ名の野球部員。
何故、そんなあだ名なのかは知らないが、当時のマラソン選手「イカンガー」の様に、豊富なスタミナで、竹刀のラッシュを仕掛けてきた。
あまりのラッシュに僕は防戦一方。
周りで見てる人も笑っている。それくらいのラッシュだ。
でも、面ばかり狙ってくるので、防御はしやすい。
やがてイカンガー君は疲れた。
ラッシュがやんだのだ。
そこに僕が一撃を振り下ろした。
ガチン!!!
「うっわ〜!!」
イカンガー君は床に崩れ落ちた。
「イテテテテテ…」
かがみ込んで頭をさすっている。
どうやら、今までで一番の会心の一撃が出たようだ。
周りの友達たちもどよめいた。
二本目はイカンガー君は、もう近寄ってこなかった。
僕が面を打とうとすると、過敏に逃げる。
(そんなに痛かったのか…。悪いことしたな)
ラッシュをなくしたイカンガー君は怖くはなかった。
二本目も僕が取り、これで3勝3敗となった。
果たして勝ち越せるのか…?
〜続く〜
そう言いたい気分だった。
僕は幼少時、妹より体力が劣っていると、よく親から言われたもんだ。
そんな不甲斐ない僕に、父は剣道をやれと勧めてきた。
父自身、剣道をやっていたので、子にもやらせたかったのだろう。
しかし、小学校低学年だった僕は、「4年生になったらやるよ」と逃げていた。
剣道などという、竹刀で引っ叩き合う競技は真っ平御免なのである。
いざ、4年になると習字を習いに行った。剣道から逃げるためだ。
「中学になったら剣道やるよ」
そう引き延ばして、いよいよ中学生になった時には卓球部に入った。
これで、剣道からは逃げる事ができたのである。
中学の体育の授業で剣道があったが、数回さらっと流して終わったので助かった。
やがて高校生になると、そんな僕の前に再び剣道が姿を現した。
体育で必修科目として、1年間やらなければならなくなったのである。
竹刀の振り方から、防具の付け方、礼の仕方まで本格的に習う。
1学期は基礎、2学期は打ち合いなどの応用、3学期は対人戦を行うとの予定。
気が遠くなった。(なんで人と剣道で対戦しなきゃいけないんだ?)
1学期。
蹲踞(そんきょ)という、つま先立ちで座りながら竹刀を振るトレーニングをやらされる。
これが、かなりキツイ。
僕は中学の時にヒザを悪くしてるので、そういうトレーニングが殊更つらい。
防具は汗の臭いが染み付いている。
こんなんで剣道を好きになれるはずもない。
2学期。
人に対して打ち込む練習だ。
右から左から打ち込む。
それを竹刀で受ける方も怖い。
互いに素人だから、リズムが狂ったら頭を打たれる。防具は付けてない。
僕は適当にやっていた。
(つまらないな〜剣道なんて)
3学期。
いよいよ対人戦だ。
一人が7戦ずつ戦うスケジュールで、毎週、授業ごとに一人ずつ戦っていく。
一人目との試合、あまり長引かない内に負けた。
長引いて痛い思いをしたらイヤだし。
二人目も負けた。相手の岡本君はすごい速さで竹刀を振ってくる。
勝てるはずもない。
そして、三人目の平川君。180cm以上あり、ガタイも良い。元陸上部だ。
試しにこちらも攻撃してみた。
僕の面が決まった!
「痛って〜」
平川君がそう呟きながら、ものすごい形相で睨んでいる。よほど、僕の面が痛かったのだろう。
素人だから、キレイな面ができず、頭頂部に深く入ったのだ。
なんかとっても怖いので、ワザと負けた。
これで0勝3敗。
四人目は弓道部の前田君だ。
僕は試合開始と共に、面を打つと見せて、胴を打った。
初めて使ってみたフェイントが通用した。
前田君は、まさか僕が試合開始と同時に攻撃してくるとは思ってなかったのだろう。
二本目も、面を打つと見せて胴…と見せて面が決まり、僕が取った。
スパンと入ったので前田君は一本取られたのに気付かず攻撃してきた。
「いつの間に取られたんだ?」
前田君は不思議がったが、素人なので声を張り上げずに攻撃してたので無理もない。
四試合目で初めて勝った…。
意外だった。
(僕でも勝てるんだ…)
少し剣道が面白く感じた。
五人目は元バスケ部の白石君。動きが速い。
またも僕がフェイントをかけ、面を取った。
「痛ってェな〜」
どうやらまた、頭頂部に入った様だ…。
二本目は白石君は、こちらを場外に押し出す作戦にきた。
あまりに押してくるので、僕は白石君が怒ってるのかと思った。
2回場外に押し出され、白石君が一本取ったことになった。
(そうか、押し出されちゃいけないんだ)
三本目も白石君は押してきた。
僕も押し返したり、互いに打ち合ったりしたが、勝負はつかない。
渾身の白石君の押しがきた。
僕はそれに合わせて引きながら胴を打った。
場外に出ながらの胴だったため、無効かと思ったが、僕が一本取っていた。
これで2勝。
さらに剣道が面白くなった。
六人目は隣のクラスの、「イカンガー」というあだ名の野球部員。
何故、そんなあだ名なのかは知らないが、当時のマラソン選手「イカンガー」の様に、豊富なスタミナで、竹刀のラッシュを仕掛けてきた。
あまりのラッシュに僕は防戦一方。
周りで見てる人も笑っている。それくらいのラッシュだ。
でも、面ばかり狙ってくるので、防御はしやすい。
やがてイカンガー君は疲れた。
ラッシュがやんだのだ。
そこに僕が一撃を振り下ろした。
ガチン!!!
「うっわ〜!!」
イカンガー君は床に崩れ落ちた。
「イテテテテテ…」
かがみ込んで頭をさすっている。
どうやら、今までで一番の会心の一撃が出たようだ。
周りの友達たちもどよめいた。
二本目はイカンガー君は、もう近寄ってこなかった。
僕が面を打とうとすると、過敏に逃げる。
(そんなに痛かったのか…。悪いことしたな)
ラッシュをなくしたイカンガー君は怖くはなかった。
二本目も僕が取り、これで3勝3敗となった。
果たして勝ち越せるのか…?
〜続く〜
ニックネーム SNJ at 00:45| Comment(2)
| Sporting Chance
2005年11月01日
Sporting Chance1 序章
僕は大人になった今、フットサルを趣味としているが、学生の頃は、人は何故スポーツをするのか分からなかった。
部活にいそしむ友達を見て、なんで放課後に残ってまで体を動かすのだろうと疑問に思っていた。
ジャージを着てこれから部活動に向かう友達を尻目に、僕は制服姿で悠々と自転車に乗って帰宅したもんだ。
そして家に帰っては絵を描いたり、曲を作ったりしていた。
体を動かすよりは、そっちの方が楽しかった。
そんな自分がいつの間にか、スポーツを楽しんでいる。
観るのも、自分でやるのも好きになった。
「Sporting Chance」
人には公平なチャンスがある。
これは、僕のスポーツに対する出会いと想いを書いたものです。
どうやってスポーツ好きになったのか?
これからたまに書いていくかもしれないので、ネタの尽きかけたDrive物語と同様、気楽に読んでみて下さい。
なるべく砕けて書くつもりです。
部活にいそしむ友達を見て、なんで放課後に残ってまで体を動かすのだろうと疑問に思っていた。
ジャージを着てこれから部活動に向かう友達を尻目に、僕は制服姿で悠々と自転車に乗って帰宅したもんだ。
そして家に帰っては絵を描いたり、曲を作ったりしていた。
体を動かすよりは、そっちの方が楽しかった。
そんな自分がいつの間にか、スポーツを楽しんでいる。
観るのも、自分でやるのも好きになった。
「Sporting Chance」
人には公平なチャンスがある。
これは、僕のスポーツに対する出会いと想いを書いたものです。
どうやってスポーツ好きになったのか?
これからたまに書いていくかもしれないので、ネタの尽きかけたDrive物語と同様、気楽に読んでみて下さい。
なるべく砕けて書くつもりです。
ニックネーム SNJ at 02:51| Comment(2)
| Sporting Chance
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